↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界少年と謎の物体と研究室の仲間たち〜森で拾った箱の向こうは現代日本でした〜  作者: gachapin2223


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
66/102

第66話 記録保管室

ヴェルナーが訪れた翌朝、アルバンが客間を訪ねてきた。いつもより、少し早い時間だった。


「昨日は、すまなかった。……あの方を止めることしか、私にはできなかった」


「いえ、助けてもらいました」


「一つ、提案がある」


アルバンは、そう切り出すと、めずらしく前のめりな口調になった。


「お前のような反応を示した者が、過去にいなかったか。神殿の記録保管室を、一緒に調べてみないか」


その言葉に、ノアの胸が、小さく跳ねた。


「僕以外にも、いたかもしれないってことですか」


「可能性の話だ。だが、知らないままでいるよりは、ずっといい」


部屋の隅で、繕い物をしていたハンナが、顔を上げた。


「あたしも、行くよ」


「ハンナ殿は、ここでお待ちいただいた方が」


「いいや」


ハンナは、きっぱりと言い切った。


「あの子が知ろうとしていることを、あたしも知りたい。それだけだ」


アルバンは、しばらくハンナの顔を見つめていたが、やがて、静かに頷いた。


「……分かりました。ご一緒ください」


◇


記録保管室は、神殿の地下にあった。石の階段を下りるごとに、空気が冷たく、埃っぽくなっていく。壁一面の棚には、革表紙の分厚い帳面が、隙間なく詰め込まれていた。灯りは、天井近くの小さな明かり取りと、持参したランプだけ。薄闇の中に、古い紙とインクの匂いが、重く沈んでいた。


「ノア! こっちだ」


先に来ていたルカが、手を振った。


「アルバン殿から聞いてね。俺も、昔ここで少し勉強したことがあるんだ。案内役なら任せてくれ」


「ありがとう、ルカさん」


「礼はいいから、探すぞ。時間は、あまりないかもしれない」


ルカの声には、いつもの軽さの下に、真剣な響きがあった。


ハンナは、部屋の隅に置かれた古い椅子に腰を下ろし、三人の作業を静かに見守ることになった。


「あたしの目じゃ、細かい字はもう追えない。……代わりに、あんたたちを見ていることにするよ」


◇


ノア、アルバン、ルカの三人は、埃をかぶった帳面を、一冊ずつ開いていった。鑑定の記録は、地域ごと、年代ごとに分類されていたが、古いものほど文字が薄れ、判読が難しかった。棚から棚へと歩き回るたび、積もった埃が舞い、細い光の筋の中で、ゆっくりと渦を巻いた。


「これは、違うな」


「こっちも、ただの高位魔力の記録だ」


何十冊とめくるうち、ノアの指先は、埃で黒く汚れていった。目が乾き、時折、文字が滲んで見えた。それでも、手を止めなかった。


「疲れたら、休んでいいんだぞ」


ルカが、声をかけた。


「大丈夫。……知りたいから」


ノアは、そう答えると、また次の帳面に手を伸ばした。棚の奥に進むほど、記録は古く、脆くなっていった。指先が触れるだけで、紙の端がぼろぼろと崩れる帳面もあった。アルバンは、そのたびに、細心の注意を払いながらページをめくっていった。


「見つからないな……」


ルカが、額の汗を拭いながら呟いた。窓のない部屋では時刻の感覚が曖昧になり、どれほどの時間が過ぎたのか、誰にも分からなかった。ハンナは、椅子に座ったまま、じっと三人の背中を見つめ続けていた。


それでも、誰も、探す手を止めようとはしなかった。


「あった」


ルカの声が、静かな部屋に響いた。


三人は、一冊の帳面を囲んだ。そこには、遠い昔、赤でも青でも金でもない反応を示した者の記録が、簡潔に記されていた。


「その者は、神殿に召し上げられた後……戻らなかった、と」


アルバンの声が、低くなった。ページをめくると、似たような記述が、さらに二件、三件と見つかった。どれも同じだった。召し上げられ、記録が途絶え、そのまま消息が知れない。


ノアの手が、震えた。ハンナが、椅子から立ち上がり、そっと隣に来て、その手を握った。


「大丈夫。まだ、最後まで読んでいない」


その言葉に、ノアは、震える息を吐き出した。


◇


「怖くなったか」


ルカが、静かに聞いた。


「うん……。でも」


ノアは、一度、深呼吸をした。


「最後まで、見てみたい」


アルバンが、次のページを繰った瞬間、三人は、同時に息を呑んだ。


そこには、他とは違う一行があった。


「この者、二年の後、故郷へ帰還す」


「帰った……人がいる」


ノアの声が、震えながらも、確かな熱を帯びた。


「たった一件だが……確かに、ある」


アルバンが、食い入るようにページを見つめた。


「帰還の経緯は、記されていない。だが、可能性が、ゼロではないということだ」


ルカが、ノアの肩に手を置いた。


「見ろよ、その顔。さっきまでとは、違う」


ノアは、自分の頬に触れた。恐怖は、消えたわけではなかった。それでも、そこに小さな光が差し込んだのを、確かに感じていた。


◇


その夜、境の樹越しの枠に、ノアは今日の発見をそのまま伝えた。


「戻れた人が、一人だけ、いたって」


キョウジュの声が、しばらく沈黙したあと、静かに応えた。


「一件でも、前例があるということは、大きい。……その方法が分かれば、道筋が見える」


「記録には、経緯が書かれてなかったの」


ミオが尋ねた。


「うん。でも、諦めずに調べてみるって、アルバンさんが」


「私たちも、こちらで調べられることがないか、探してみます」


ソラの声が、いつもより力強く響いた。


「経緯が記されていないなら、その人自身の記憶か、周りの証言が残っているかもしれない。当時の記録を、こちらでも当たれる範囲で探してみる」


クドウの声も続いた。距離を隔てていても、できることを探そうとする声に、ノアは、胸の奥が温かくなるのを感じた。


「ありがとう。みんなが、一緒に探してくれるだけで……全然違う」


「当たり前です」


ミオが、笑いを含んだ声で答えた。


「あなたの謎は、もう、あなただけのものじゃありませんから」


その一言が、今日の記録保管室での重苦しい沈黙を、少しずつ溶かしていくようだった。窓の外では、王都の夜が更けていく。恐怖は、まだそこにあった。だが、その隣に、小さな希望が並んで立っていることを、ノアは初めて感じていた。明日もまた、あの薄暗い部屋で、帳面をめくる一日が待っている。それでも、もう独りでめくるわけではない。そのことだけが、確かな支えだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。