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異世界少年と謎の物体と研究室の仲間たち〜森で拾った箱の向こうは現代日本でした〜  作者: gachapin2223


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第63話 王都

馬車の揺れが変わったのは、十日目の昼を過ぎた頃だった。


それまでの道は、木の根や石ころに車輪を取られるたびに大きく跳ねていた。それが、いつの間にか滑らかになっている。ノアが窓の布をめくると、地面は踏み固められた石畳に変わっていた。


「これが……」


言葉が、続かなかった。


遠くに見えていた灰色の塊が、近づくにつれて、途方もない高さの壁だと分かった。村の柵とは比べものにならない。石を積み上げた壁は、見上げても端が見えないほどで、その向こうから、煙とも湯気ともつかないものが幾筋も立ち上っていた。


「あれが、王都だよ」


隣に座るハンナが、静かに言った。その声にも、隠しきれない緊張があった。


「ばあちゃんは、来たことあるの」


「若い頃に、一度だけね。……何十年も前の話だ」


馬車が壁の門をくぐると、音が一変した。荷車の車輪、呼び売りの声、鍛冶場らしき金属の音、どこからか聞こえる楽器の音。村では聞いたことのない音が、幾重にも重なって耳に押し寄せてきた。


道の両側には、二階建て、三階建ての建物が隙間なく並び、色とりどりの布が軒先から垂れ下がっている。人の数も、ノアが今まで見た中で最も多かった。村の全員を集めても、ここを歩く人の一部にも満たないだろう。


露店には、見たことのない色の果物や、金属を打ち出しただけの装身具、束にした薬草までもが並んでいた。薬草売りの声に、ノアは思わず耳を澄ませた。村で扱う種類とは、匂いも葉の形も違うものが混じっている。


「あれは、南方の薬草だね」


ハンナが、窓の外を見ながら呟いた。


「ばあちゃんでも、知らないのがあるの」


「そりゃあ、あるさ。世界は、村の外に、ずっと広いんだから」


その一言が、ノアの中に静かに沈んでいった。今まで、村と森だけが世界のすべてのように感じていた。だが、ここには、ハンナすら知らないものが、当たり前のように売られている。


「多い……」


ノアは、思わず呟いた。ハンナが、その手をそっと握った。


「離れるんじゃないよ」


「うん」


握られた手の温かさだけが、この見知らぬ景色の中で、唯一確かなものだった。


◇


馬車が止まったのは、中央神殿を思わせる大きな建物の脇にある、小さな門の前だった。出迎えたのは、灰色の外套をまとった中年の男だった。


「ノア殿、ハンナ殿とお見受けします。私は神殿の取次を務める者です。長旅、ご苦労でした」


丁寧な言葉遣いだったが、その目は、値踏みするようにノアを一瞥した。


「本日はまず、滞在先へご案内します。神殿からの正式な呼び出しは、追ってお伝えします」


「あの、いつ頃に」


ノアが尋ねると、取次の男は、わずかに眉を寄せた。


「それは、上の判断次第です。しばらく、お待ちいただくことになるかと」


その言い方には、答える気のなさがにじんでいた。ノアは、それ以上重ねて聞くのをやめた。


◇


滞在先へ向かう道すがら、人混みの向こうから、聞き覚えのある声がかかった。


「――ノア」


振り返ると、そこに立っていたのは、ガレンだった。供も連れず、一人で。


ノアの背筋に、反射的に緊張が走った。村を去り際に向けられた、あの疑いの視線を思い出す。


「どうして、ここに」


「領主様の用向きで、王都には定期的に来ている。……お前が召喚されたことも、耳に入っていた」


ガレンは、そう言うと、取次の男の方へ、ちらりと視線を送った。


「神殿の預かりとはいえ、この子は領内の民だ。粗略に扱うなよ」


取次の男が、わずかに姿勢を正した。


「……肝に銘じます」


短いやり取りだったが、ノアは、その一言に驚いていた。疑いを向けてきた相手が、今は、自分を守るような言葉を口にしている。ガレンの表情からは、何を考えているのか、まだ読み取れなかった。


「礼を言われる筋合いはない。領主様の面子の話だ」


ガレンは、素っ気なくそう言うと、雑踏の中へ姿を消した。ノアは、その背中をしばらく見送っていた。


「ばあちゃん、今のって……」


「さあね。あたしにも、あの人の腹の内までは分からないよ」


ハンナは、そう言いながらも、どこか安堵したような息をついていた。村での聞き込みの厳しさを知っている分、その変化は、ノアだけでなくハンナにとっても、意外なものだったのだろう。少なくとも、この王都で最初に向けられた言葉が、敵意ではなかったことだけは確かだった。


◇


滞在先の宿に近づいたところで、今度は、聞き慣れた明るい声が飛んできた。


「ノア! 本当に来たんだ!」


ルカだった。行商の荷を背負ったまま、駆け寄ってくる。


「ルカさん」


「王都に着いたって噂を聞いて、居ても立っても居られなくてね。ハンナさんも、お元気そうで何よりです」


ハンナが、微笑んだ。


「あんたが元気そうで、こっちも安心したよ」


「召喚のことは、聞いてる。すぐに何がどうなるってわけじゃないだろうけど……」


ルカは、そこで声を落とした。


「一人で抱え込むなよ。俺も、できる限りここにいるから」


その言葉に、ノアの胸の奥が、少しだけ軽くなった。知らない街の、知らない匂いと音の中で、知っている顔が二つも増えた。それだけのことが、今は、何よりも心強かった。


◇


宿は、村の家がまるごと納まってしまいそうなほど大きな建物だった。石造りの階段、磨き込まれた木の手すり、廊下に並ぶ灯りの数だけでも、ノアには圧倒される要素になった。案内された部屋には、ベッドが二つと、小さな机まで備えられていた。


「贅沢な部屋だね」


ハンナが、荷を下ろしながら、苦笑した。


「でも、居心地がいいわけじゃないね」


その言葉に、ノアも頷いた。立派な部屋ではあったが、どこか他人の家に間借りしているような、落ち着かなさがあった。窓の外を流れる無数の灯りを眺めながら、ノアは、境の樹の下で聞いた木々のざわめきを、ふと思い出していた。


夜、ハンナが休んだのを見計らって、ノアは荷袋の底から箱を取り出した。


隙間の向こうに、いつもの枠が浮かび上がる。


「ノア、着いたんですね」


ソラの声に、思わず肩の力が抜けた。


「うん。……すごいところだった。人も、建物も、音も、何もかも」


「キョウジュが、接続の強さを調べています。距離が離れているのに、思ったより繋がりが安定していると」


キョウジュの声が続いた。


「距離だけが要因ではないのかもしれない。今のところ、詳しいことは分からないが……何か分かれば、必ず伝える」


ミオの声も、遠くから届いた。


「無理しないでね、ノア。何かあったら、いつでもここに来て」


その一言一言が、遠く離れた王都の一室に、小さな灯りをともしていくようだった。ノアは、枠の向こうの声に、静かに頷いた。


「うん。ありがとう」


窓の外では、王都の夜が、村では見たこともない数の灯りで満ちていた。その眩しさに気圧されながらも、ノアの手の中には、変わらない温かさがあった。


これから、何が待っているのか、まだ何も分からない。


それでも、一人ではない。


その事実だけを確かめるように、ノアは、そっと箱を抱きしめた。

王都編、開幕です。


村しか知らなかったノアが、初めて目にする大都会。人の多さ、建物の高さ、音の洪水――圧倒される様子を、なるべく丁寧に描きたいと思いました。


そして、まさかの再会が二つ。かつてノアを疑っていたガレンが見せた、ほんの小さな庇い方。損得勘定なのか、それとも何か心境の変化があったのか。本人も、まだ言葉にできていないのかもしれません。ルカとの再会は、素直に嬉しい場面になりました。


研究室サイドとの短いやり取りも挟みましたが、距離が離れても繋がりが安定しているという小さな発見は、これから少しずつ意味を持ってきます。


ここまで読んでくださって、ありがとうございます。


評価やフォローも、励みになっています。


王都でノアを待つものは、まだ姿を見せていません。次回もお付き合いいただけたら嬉しいです。

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