↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界少年と謎の物体と研究室の仲間たち〜森で拾った箱の向こうは現代日本でした〜  作者: gachapin2223


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
62/102

第62話 断れない召喚

書状の封蝋を割ったのは、翌朝、村長の家に村人たちが集まってからだった。


ノアは、ハンナの隣に座り、村長が紙面を読み上げるのを聞いていた。


「――教会本部の名において、薬師見習いノアを召喚する。同行者は保護者一名に限る。到着は、迎えの者と共に、十日後を目処とする」


集会所が、しんと静まり返った。


「十日後……」


誰かが、小さく呟いた。あまりにも早い。ルカが告げていた「ひと月」よりも、ずっと早い。


「保護者一名、というのは」


ハンナが、静かに問うた。村長は、書状の続きに目を落とした。


「名指しではないが……普通に考えれば、お前さんのことだろう、ハンナ」


ハンナは、しばらく黙っていた。それから、小さく頷いた。


「行くしかないね」


その声には、迷いがなかった。ノアは、その横顔を見つめながら、自分の胸の内側で何かが引き締まるのを感じていた。


◇


迎えの一行が到着するまでの十日間、村は、これまでにない慌ただしさに包まれた。


「あたしとダグで、村のことは何とかするって言ったの、本気だからね」


ティナが、荷造りを手伝いながら、きっぱりと言った。


「向こうで何かあったら、境の樹に来て、ソラに言伝てすればいいんだよね」


「うん。頼りにしてる」


ダグは、部屋の隅で、黙って革紐を編んでいた。旅の荷を縛るためのものらしい。不器用な手つきで、それでも丁寧に、一本一本を結んでいく。


「王都なんて、俺も行ったことねえ」


ぽつりと、ダグが言った。


「だから、余計なことは言えねえけど……」


「うん」


「無事に、帰ってこい」


短い言葉だったが、その分だけ、重みがあった。ノアは、頷く以外、何も言えなかった。


◇


出発の二日前、ガルドさんが、家まで訪ねてきた。手には、使い込まれた革で仕立てた、新しい肩掛け袋があった。


「王都までの道は、荒れてるところもある。これなら、多少ぶつけても、中のものは守られる」


「ありがとうございます」


「礼はいい。……お前が背負ってるもんが、何なのか、俺は詳しくは知らん。だが、大事なもんだってことぐらいは、分かる」


ガルドさんは、それだけ言うと、照れくさそうに背を向けて帰っていった。


入れ替わるように、エーラさんがやってきて、干した薬草と、日持ちのする焼き菓子の包みを、ハンナの手に押しつけた。


「道中、何があるか分からないからね。使わずに済むのが、一番だけど」


ハンナが、ふっと笑った。


「みんな、同じことを言うね」


「そういう村だからね、ここは」


エーラさんも、笑って答えた。ノアは、その二人のやり取りを見ながら、村を出るということが、こんなにも多くの手に支えられていることなのだと、改めて実感していた。


◇


出発の前夜、ノアは、ハンナと二人で、境の樹に向かった。


箱に触れると、いつものように、枠の向こうに声が集まった。


「ノア、聞きました。……王都に、行くんですね」


ソラの声は、いつもより、少し硬かった。


「うん。十日後には出発する」


「距離が、離れます」


ミオの声も続いた。


「大丈夫。今までみたいに、ちゃんと繋がるよ」


キョウジュの声が、静かに割って入った。


「距離と、繋がりの強さについては、こちらでも調べておく。何か変化があれば、すぐに伝える」


「お願いします」


クドウが、いつもよりゆっくりと言った。


「向こうでも、こっちでも、できることを、それぞれやろう。今までどおりに」


ノアは、その言葉に、少しだけ肩の力が抜けるのを感じた。一人で立ち向かうわけではない。それだけは、確かだった。


◇


会話を終え、箱を革袋にしまったあと、ハンナは、しばらく境の樹の幹に手を当てていた。


「ばあちゃん」


「……ノア」


ハンナは、幹から目を離さずに、言った。


「お前の母さんも、昔、よくここに来ていたんだよ」


ノアの心臓が、大きく跳ねた。


「母さんが」


「まだ、お前を産む前のことだ。理由は、あたしにも、はっきりとは分からない。ただ……この樹の前に立つと、ほっとする、と言っていた」


ハンナの声は、静かで、どこか遠くを見ているようだった。


「今まで、黙っていて悪かったね。話すべきかどうか、ずっと迷っていた」


「どうして、今、話してくれたの」


「王都に行けば、お前の母さんに関わることを、聞かれるかもしれない。……そのとき、何も知らないままじゃ、お前が困るだろう」


ノアは、幹に触れた自分の手を見つめた。母がここに立ち、同じ木肌に触れていたかもしれない。そう思うと、不思議な感覚が、胸の奥に広がった。


「他には」


「今夜は、これだけだ」


ハンナは、そう言って、話を切り上げた。だが、その口調には、まだ何かを抱えているような余韻があった。ノアは、それ以上、無理に聞き出そうとはしなかった。急いては、いけない話のような気がした。


◇


出発の朝、村の入り口には、教会の紋章を掲げた馬車が一台と、供の者が二人、静かに待っていた。


村人たちが、広場に集まっていた。誰も、大きな声を上げなかった。ただ、それぞれのやり方で、見送ろうとしていた。


「ノア」


村長が、肩に手を置いた。


「お前は、この村の子だ。何があっても、それは変わらない」


「はい」


ティナが、駆け寄ってきて、何も言わずに、荷袋の紐をきゅっと結び直した。照れくさそうに、それだけして、また下がった。


ダグは、少し離れた場所から、片手を上げただけだった。それで、十分だった。


ノアは、馬車に乗り込む前に、もう一度、森の方角を振り返った。境の樹は、朝の光の中で、いつもと変わらず静かに佇んでいた。


「行ってきます」


誰にともなく、そう呟いた。


馬車が動き出すと、村はゆっくりと遠ざかっていった。ハンナは、隣で、まっすぐ前を見つめていた。ノアも、同じ方向を見た。


これから向かう先に、何が待っているのか、まだ分からない。それでも、確かなことが一つだけあった。


村の屋根が、木々の向こうに小さくなっていく。ノアは、肩に掛けたガルドさんの革袋の重みを、そっと確かめた。中には、箱と、エーラさんの薬草の包みが、並んで収まっている。村の誰かの手が、必ずどこかに触れている。そう思うだけで、揺れる馬車の中でも、不思議と背筋が伸びた。


一人ではない。


そのことだけを胸に、ノアは、初めて見る道を進み始めた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。