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異世界少年と謎の物体と研究室の仲間たち〜森で拾った箱の向こうは現代日本でした〜  作者: gachapin2223


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第60話 見知らぬ味方

沙汰を待つ日々は、静かで、そのぶん息苦しかった。


村を出るな、とアルバンに命じられてから、もう数日が経っていた。畑仕事も、薬草摘みも、いつもどおりに続いている。だが、街道の向こうに人影が見えるたびに、村じゅうの目が、そちらへ吸い寄せられた。


その日も、そうだった。


「――誰か、来る」


見張りに立っていたダグの声に、広場の空気が、一瞬で張りつめた。


この数日、ダグは、交代で街道の見張りを買って出ていた。誰に頼まれたわけでもない。「俺にできることといったら、これくらいだ」と、ぶっきらぼうに言っていたのを、ノアは覚えている。


村長が、真っ先に街道へ出た。ノアも、井戸の陰から、その人影を見つめた。


馬ではない。徒歩で、一人。背負った荷は大きいが、剣も、紋章もない。


「……行商人?」


ティナが、小声で呟いた。だが、村長の肩から力が抜けないのを見て、誰も、まだ安心できなかった。


◇


その若者は、村の入り口で足を止め、深々と頭を下げた。


「突然、失礼いたします。私は、ルカと申します。街で薬草と書物を商う、しがない旅商人です」


歳は、二十歳そこそこだろうか。日に焼けた顔に、人の好さそうな笑みを浮かべている。だが、目の奥には、値踏みとは違う、真剣な光があった。


「用件を、聞こう」


村長が、油断なく言った。ルカは、荷を下ろし、両手を軽く広げてみせた。


「怪しい者ではありません。……あなた方の村に、不思議な力を持つ薬師見習いがいると聞き、居ても立ってもいられず参りました」


その言葉に、村人たちの間に、さっと緊張が走った。ノアの心臓が、跳ねた。またか。また、あの噂を追ってきた誰かか。


村長が、一歩前に出た。


「その者に、何の用だ」


「用があるわけではありません。……いえ、正確には、伝えたいことがあって来ました」


ルカは、まっすぐに村長を見た。


「街で、良くない噂を聞きました。教会が、その少年を、正式に召喚するつもりだと。今度は、断れない形で」


◇


集会所に招かれたルカは、椅子に座るなり、荷から一冊の薄い書物を取り出した。手に馴染んだ、擦り切れた表紙だった。


「私は元々、王都の学舎で、薬草学と鑑定術の歴史を学んでいました。いまは商いのかたわら、各地を回って、古い記録を集めています」


ノアは、隅の椅子から、その様子を見つめていた。ハンナが、隣で、静かに耳を傾けている。


「記録の中に、稀に、こういう例があります。鑑定の儀で通常ではない反応を示した者が、その後、教会に召し上げられ――二度と、故郷へ戻らなかった、と」


部屋の空気が、冷たくなった。


「戻らなかった、というのは」


村長の声が、かすれた。


ハンナが、膝の上で、両手を固く握りしめているのが、ノアの目にも見えた。祖母のそんな仕草を、ノアは、初めて見た気がした。


「記録は、そこで途切れています。良い意味なのか、悪い意味なのか、私にも分かりません。ただ――一度、教会の内側に取り込まれれば、本人の意志だけでは、どうにもならなくなる。それだけは、確かです」


ノアの手のひらに、じっとりと汗がにじんだ。


◇


「なぜ、そんな話を、僕らに」


ノアは、思わず、口を開いていた。ルカが、初めて、ノアのほうを見た。


「君が、その子か」


「……はい」


ルカは、しばらく、ノアの顔を見つめた。値踏みするような視線ではなかった。むしろ、痛ましそうな目だった。


「私は、力のある者が、その力ゆえに、道具のように扱われるのを、何度も見てきました。……君の力が、本当は何なのか、私には分かりません。ですが」


ルカは、静かに続けた。


「それが何であれ、君自身のものです。誰かに利用されるためのものじゃない。それだけは、伝えたくて来ました」


その言葉が、ノアの胸の奥に、まっすぐ届いた。誰かに、そう言ってもらえたのは、久しぶりのことだった。


ハンナが、ふう、と息を吐いた。


「ありがたい話だ。だが――なぜ、見ず知らずの村のために、そこまでする」


ルカは、少し照れたように笑った。


「昔、恩人がいました。行き場のない私に、居場所をくれた人です。……その人が、よく言っていました。『知っていることを、黙って見過ごすのは、罪だ』と。私は、それを、実践しているだけです」


◇


「教会は、いつ動く」


村長が、話を戻した。ルカの表情が、また引き締まった。


「詳しい日取りまでは分かりません。ですが、王都で聞いた話では、鑑定官アルバン殿の報告は、すでに中央神殿の上層に届いているとのことです。……早ければ、ひと月と経たないうちに」


一月。ノアの喉が、からからに乾いた。


「そのときが来たら、私にできることは少ないですが……街での噂の動きなら、いち早く伝えられます。それが、せめてもの、私の役目です」


ルカは、そう言って、深く頭を下げた。


◇


ルカは、その夜、村長の計らいで宿に一晩泊まり、翌朝には、また街道を戻っていった。


見送りに出たノアに、ルカは、最後にもう一度、言葉を残した。


「君は、一人じゃない。それだけは、覚えておいてほしい」


その背中が、街道の向こうに小さくなるまで、ノアは、ずっと見送っていた。


その夜、ノアは、一人で境の樹まで歩いた。


村の外にも、自分のことを、道具ではなく、一人の人間として見てくれる人がいる。その事実が、まだ信じられないまま、胸の中で、あたたかく灯っていた。


けれど同時に、迫りくる足音も、はっきりと感じていた。


ひと月。長いようで、短い。


ノアは、夜空を見上げた。星は、いつもと変わらず、静かに瞬いていた。


それでも、その静けさの奥で、何かが、確実に近づいてきている。


そんな予感が、拭えなかった。


箱に触れ、ミオたちに、今日の出来事を伝えようか、少し迷った。だが、今夜は、まだやめておくことにした。ルカの言葉を、もう少しだけ、自分の中だけで、あたためていたかった。


誰かに利用されるためのものじゃない。


その一言を、ノアは、何度も、心の中で繰り返した。繰り返すたびに、少しずつ、足元が確かになっていくような気がした。


明日からも、沙汰を待つ日々は続く。それでも、今日という日は、確かに、ノアの中に、何かを残していった。


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