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異世界少年と謎の物体と研究室の仲間たち〜森で拾った箱の向こうは現代日本でした〜  作者: gachapin2223


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第6話 秘密が、ふえた


気配に気づいたのは、ミオと植物の話をしているときだった。




風の向きが変わった。


木の葉の揺れ方が、違う。




誰か、来る。


「ノア! やっぱりここにいた!」




茂みをかき分けて出てきたのは——ティナだった。


籠を持って、頬を赤くして、息を切らしている。開口一番、言葉が続いた。




「もう、どこに行ったかと思って。お母さんに頼まれた薬草、ノアなら場所知ってるかと思って——」




そこで、ティナが止まった。


僕の手の中にある箱を見て。


枠の中から流れている声を聞いて。




「……それ、なに?」


僕は、箱を背中に隠そうとした。


間に合わなかった。




ティナはもう、三歩前に出ていた。目が、箱に張り付いている。


「人の声がした。なんか、動いてる。それ——」


「ティナ、待って」


「なんで隠すの。見せてよ」


「ちょっと待って、説明する、から——」


「今すぐ見せて!」




枠の中で、ソウタが何かを言った。


ティナが、その声の方向を向いた。


箱の枠を。




動く絵の中に映る、三人の顔を。




「……え」


息を、呑んだ。


◇


「工藤さん、新しい人が来ましたよ」




颯太が身を乗り出した。


モニターに映っているのは、ノアとは別の少年——いや、少女だった。茶色い髪、明るい目。驚きで固まったまま、カメラの前で微動だにしていない。




「知り合いか」


「たぶん。さっきから二人でなんか言い合ってる」




美緒はカメラに向かって、ゆっくりと手を振った。




「こんにちは」




少女が、ぴくりと動いた。


ノアが、少女に向かって何かを言っている。説明しているのか、それとも謝っているのか——表情からは、両方読み取れた。




「ソラ、ノアの言葉、拾えてる?」


「断片的に。『秘密』に当たる語と、『大丈夫』に当たる語が聞こえています」


「秘密、か」




美緒は静かに言った。




「ノアにとって、私たちとのことは秘密だったんだね。誰にも言えなかった」


「当然でしょう。あの子だって、これをどう説明すればいいかわからない」




工藤が腕を組んだ。




「問題は——その子が信頼できるかどうかだ」


◇


「ノア。あれ——人?」


「人だよ」


「どこの人?」


「……遠い場所の、人」


「どのくらい遠い?」


「すごく」




ティナは箱から目を離さなかった。枠の中の三人が、こちらをじっと見ている。一人は笑顔で手を振っている。一人は真剣な顔で何かを見ている。もう一人は腕を組んで、こちらを観察するような目をしていた。




「しゃべれる? あの人たちと」


「少し。言葉が違うから、全部は通じない」


「魔法?」


「……魔法じゃない」




ティナがようやく僕を向いた。




「じゃあ、なに?」




答えられなかった。


正直に言えば——僕にも、よくわかっていない。あの箱が何で、どういう理屈で声が届いて、物が行き来するのか。ミオたちが「けんきゅう」と呼んでいる何かが関係しているらしいことはわかった。でも、その「けんきゅう」が何なのかも、まだ半分しかわかっていない。




「怖くない人たちなの?」




ティナの声が、少しだけ低くなった。




「うん。怖くない」


「ノアが、そう言うなら」




ティナは一度だけ深呼吸して、箱の前に膝をついた。


そして、枠の中のミオに向かって——満面の笑顔で、手を振った。


◇


「わっ、笑った!」




颯太が声をあげた。




茶色い髪の少女が、はっきりとした笑顔で手を振っている。ノアとは正反対の反応だ。ノアは最初、三日かけてようやく表情がほぐれてきた。この子は——五秒だった。




「元気な子だね」




美緒は思わず笑い返した。




「ソラ、名前聞けそう?」


「試してみます」




ソラが、ゆっくりとした発音で言葉を送り出した。少女がノアに何かを確認して、それから胸を指さした。




「ティナ」




はっきりとした声だった。




「ティナ! よろしく!」




颯太がカメラに向かって叫んだ。美緒に頭を叩かれながら。


ティナが、びっくりした顔で目を丸くした。それから——声を出して笑った。


笑い声は、こちらまで届いた。




「いい子じゃないですか」




颯太がこめかみを押さえながら言った。




「どんな子か、もう少し見てみよう」




工藤が、端末の画面から目を上げた。


◇


ティナは、怖がらなかった。


箱の前に座って、枠の中の人たちのことをじっと観察して、ときどき僕に「あの人は?」「さっきの声は?」と聞いてくる。僕が答えるたびに、ティナは「へえ」とか「ふうん」とか言いながら、また枠を見る。




「ねえ、魔法がないって、本当?」




ティナが言った。




「うん。ミオたちの世界には、魔法がない」


「じゃあ、灯りは? 水は? 全部手でやるの?」


「……違う何か、がある。僕にはよくわからないけど」




ティナは腕を組んだ。




「見せてあげたら? 魔法」


「え」


「あの人たち、魔法のない世界の人なんでしょ。だったら、見たことないんじゃないの」


僕は枠の中のミオを見た。


ミオが、首を傾けた。何か気になることがあるときの顔だ。




「ティナが、なに、か——いってる?」




ソラが翻訳した言葉は、ぎこちなかった。でも、意味は通じた。




「ティナが——まほう、見せる、って」




枠の中が、一瞬、静かになった。


◇


「魔法」




工藤が、端末から顔を上げた。




「今、魔法って言ったか?」


「言いましたね」




颯太の声が、上ずっていた。




「ソラ、聞いてた?」


「はい。ノアが『ティナがマホウを見せると言っている』と言いました」


「……本当に、あるのか」




工藤が、静かに言った。




「今まではノアの言葉から推測していただけだ。でも——実際に見たら」




美緒は口を開く前に、息を吸った。




「もし本当に魔法が存在するなら——物理法則の根本から考え直すことになる」


「そういうことだ」




誰も、何も言わなかった。




研究室に、張り詰めた静けさが落ちた。


カメラの前で、ティナが立ち上がった。


◇


ティナは、右手を前に出した。


指先を、軽く開いて。


目を閉じて——三秒。


手のひらの上に、小さな炎が生まれた。


揺れる、オレンジ色の炎。木も油もない、空気の上に——ただそこに、存在している。




「これくらいしかできないけど」




ティナが照れくさそうに言った。




「一番最初に習う、灯りの魔法の応用。うちのお母さんも言うんだけど、私、灯り系は得意で火は下手で——」




枠の中から、声が聞こえた。


叫び声、だった。


◇


「うわああああ!」




颯太が椅子から立ち上がった。文字通り、飛び上がった。




「あった! 本物だ! 魔法だ!!」


「颯太、落ち着け!」


「落ち着けるわけないじゃないですか工藤さん! 炎が! 何もないところから! 燃料なしで! 熱源なしで!」


「わかってる、俺も見てる、落ち着け!」




工藤の声も、いつもより半音高かった。


美緒は、画面から目が離せなかった。




ティナの手のひらの上で、小さな炎が揺れている。風もないのに揺れている。オレンジと、わずかに青みがかった混合色。ゆらゆらと、穏やかに。




「ソラ」


美緒はかろうじて声を出した。


「温度センサー、反応してる?」


「はい。カメラのサーモグラフィモジュールに反応があります。実際に熱を持った炎です。周囲への輻射熱も確認できます。——これは」




ソラが、珍しく、一拍間を置いた。




「現実の炎です」


「異世界だ」




工藤が、低く言った。


「転移先は——地球じゃない。異なる物理法則が存在する、別の世界だ」




静寂が、一秒だけあった。




「異世界確定!!!」




颯太の声が、研究室に響き渡った。


◇


枠の中が、大変なことになっていた。




ソウタが叫びながら跳び回っていて、クドウが何かを端末に打ち込みながら立ち上がっていて、ミオが口に手を当てたまま固まっていて——その奥で、目の周りに何かを付けた老人が、静かに、でも確かに笑っていた。




「なに、あれ」




ティナが、呆気にとられた顔で言った。




「わからない」


「ノアのせい?」


「……たぶん、魔法を見たから」


「え、魔法ってそんなにすごいの? 私のって一番基本的なやつなんだけど」


「あっちの世界には——ないから」




ティナが、口を丸くした。




「ないの? 全然?」


「全然」


「じゃあ——水とか、どうするの? 灯りは? 火は?」


「……全部、別の何かでやってる」




ティナはしばらく黙ってから、また枠を見た。


ミオが、こちらに気づいてカメラに向き直った。頬が赤い。目が、いつもより輝いている。




「ティナ。もう——いちど、できる?」


「え、うん。できるけど」


「みせて。おねがい」




ティナが、もう一度手のひらを開いた。




炎が、生まれた。




枠の奥で、またソウタが叫んだ。


ティナが、こらえきれずに笑い出した。


僕も——気づいたら、笑っていた。


◇


「ソラ、記録は」


「全部取れています。映像、熱分布、時系列のデータ全て」




工藤は端末の前に座って、すでに分析を始めていた。




「エネルギー保存則に明らかに反する。熱量の発生源が、検出できない」


「つまり?」


「私たちの知っている物理とは——根本的に別のルールが、あの世界には存在する」




美緒は静かに頷いた。




頭の中が、高速で動いていた。


転移が成功した。異なる物理法則を持つ世界が存在する。そこに、言葉を持ち、知識を持ち、植物を愛する少年がいる。魔法のある世界で、魔法を持たないその少年が——こちらと繋がった。




「なぜ、ノアのところに転移したんだろう」




美緒が呟くと、工藤が手を止めた。




「それは——まだわからない」


「でも、偶然じゃない気がする」


「根拠は?」


「ない。でも」




美緒はモニターを見た。


ノアとティナが、並んで枠の前に座っている。二人で、こちらに手を振っている。




「なんとなく」


◇


帰り道、ティナはずっと黙っていた。




珍しかった。ティナが黙っていることなんて、滅多にない。


村の入り口が見えてきたところで、ティナが口を開いた。




「ノア」


「うん」


「あの人たちのこと——誰かに言ったら、ダメ?」


「言わないほうがいい。たぶん」


「……なんで?」




僕は少し考えた。




「わからない。でも——言ったら、何かが変わる気がする。よくない方向に」


ティナは足を止めた。


「よくない方向って?」


「箱を取り上げられるかもしれない。あの人たちに、会えなくなるかもしれない」




ティナが、しばらく僕を見た。


それから——深く頷いた。




「わかった。誰にも言わない」


「ティナ——」


「その代わり」




ティナが、まっすぐ僕の目を見た。




「私も、仲間に入れて」


「……」


「ダメ?」




答える前に、枠の中でのミオの顔が浮かんだ。




「ノアも——なかま。いい?」と言ってくれた、あの顔。


「ダメじゃない」




言ったら、ティナが笑った。


今日一番の、大きな笑顔だった。


◇


夜、ソラと少し話した。




ミオたちが眠った後、枠の中に人はいなくなったけれど、声だけは残っていた。




「ソラ」


「はい、ノア」


「今日、みんな、なんで——そんなに、おどろいた?」


「魔法を見たからです」


「まほうは——そんなに、めずらしい?」


「私たちの世界には、存在しないものです。エネルギーが、説明のつかない形で現れた——それは、私たちの知っている世界の法則を超えています」


「……法則?」


「世界のルール、とでも言えばいいでしょうか。水は低いところへ流れる。火は燃料がなければ消える。私たちの世界では、そのルールが絶対です。でも——今日のティナさんの炎は、そのルールを超えていました」




僕は、しばらくそれを考えた。




「こっちでは——あたりまえのこと」


「知っています。でも、あたりまえのことが——別の場所では奇跡になることがある」


「……」


「ノアの植物の知識も、同じです」




僕は、暗くなった森を見た。


境の樹が、夜風に揺れている。




「ソラ」


「はい」


「明日も——みんな、いる?」


「います。みなさん、明日が待ちきれないと思います。特に颯太さんは」


「そっか」


「おやすみなさい、ノア」


「おやすみ、ソラ」




箱を洞に戻して、僕は立ち上がった。




空に、星が出ていた。


あちらの世界の夜空にも、同じ星が出ているのだろうか。


それとも——全然違う星が、あるのだろうか。




今度、聞いてみよう。



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