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異世界少年と謎の物体と研究室の仲間たち〜森で拾った箱の向こうは現代日本でした〜  作者: gachapin2223


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第57話 教会の目

村の入り口に立つ一行を、ノアは遠目に見つめていた。


先頭に立つのは、白い法衣に金の帯を締めた、年老いた男だった。歳の割に背筋が伸び、歩みには一切の迷いがない。両脇には、同じ紋章を胸に付けた供が二人。ガレンの一行とは、まとう空気からして違った。物腰は静かなのに、近づくだけで、肌が粟立つような気配がある。


村長が、震える声を抑えて前に出た。


「……お役目、ご苦労さまでございます。この村に、何用でしょうか」


老人は、村長を見もせずに答えた。


「私は、鑑定官アルバン。中央神殿より遣わされた」


声は穏やかだったが、耳に残る硬さがあった。


「この村に、鑑定の儀で魔力ほぼ無しと診られた者がいながら、幾つもの奇跡を起こしていると聞く。真偽を、確かめに参った」


村長の顔から、さらに血の気が引いた。


「その者に、会わせてもらおう」


村人たちが、遠巻きに、その様子を見守っていた。誰も声を上げない。ただ、白い法衣の一行が広場を横切るたび、道を空けるように、そっと後ずさっていく。


◇


村の集会所に、村長、ハンナ、そしてノアが呼び出された。


アルバンは、椅子に座ることもせず、部屋の中央に立ったまま、ノアをじっと見つめた。値踏みするようなガレンの目とは、また違う視線だった。まるで、初めて見る虫を観察するような、冷たい興味。


「お前が、噂の少年か」


「……はい」


ノアは、喉の奥が、かすかに震えるのを感じた。


「鑑定の儀では、魔力ほぼ無しと出たそうだな」


「そう、言われました」


アルバンは、ゆっくりと頷いた。


「魔法とは、神が定めた秩序だ。魔力の多寡もまた、神が各々に与えたもうた器の大きさに他ならない。……ならば、魔力を持たぬ者が、病を癒し、命を救う。それは、いったい何なのか」


問いは、ノアに向けられているようで、部屋の誰にも向けられていないようでもあった。


「異端の業か。それとも――我らがまだ知らぬ、神の意図の一端か」


ハンナが、たまらず口を挟んだ。


「この子は、ただ、薬草の知識を使って人を助けているだけです。神の教えに背くようなことは、何も」


「薬草の知識、か」


アルバンの視線が、初めて、ハンナへ動いた。


「その知識は、どこで得た」


「わたしが、若い頃に――」


「南の港街で、名もなき薬師に師事した、と。噂には聞いている」


アルバンは、そこで初めて、薄く笑った。


「よく出来た話だ。裏を取ろうにも、確かめる術がない」


心臓が、どくりと跳ねた。ガレンとは違う角度から、同じ場所を突かれている。ノアは、拳を握った。だが、アルバンの目は、すぐにハンナから離れた。まるで、その嘘そのものには、興味がないとでも言うように。


◇


「だが」


アルバンは、話の接ぎ穂を変えるように、続けた。


「私の関心は、その出所にはない。ガレン殿とは、そこが違う」


「……では」


村長が、恐る恐る尋ねた。


「私の関心は、ただ一つ。この少年が起こしていることが、教義に照らして何であるか、それだけだ」


アルバンは、ノアへ向き直った。


「もし、お前が本当に魔力ほぼ無しでありながら、これほどのことを成しているなら――一度目の鑑定は、何かを見落としていたことになる」


「見落とし……?」


「鑑定の儀とは、絶対のものではない。稀に、通常の器では測れない、特異な性質を持つ者がいる。教会の記録には、そうした前例が、わずかながら残されている」


その言葉に、ノアの胸の奥で、何かが小さく波立った。ずっと「出来損ない」と呼ばれてきた自分に、まだ知らない何かがあるかもしれない――そんな予感が、恐ろしくもあり、同時に、拒みきれない引力を持っていた。


母のことが、頭をよぎった。治癒魔法でも治せなかった、あの病。もし自分が、本当に何か特別なものを持っているのだとしたら、あのとき、何か違う結末があったのだろうか。


考えかけて、ノアは、その先を振り払った。今は、目の前のことだけを考えなければならない。


アルバンは、静かに、しかし有無を言わせぬ声で告げた。


「もう一度、鑑定の儀を受けてもらおう。お前の魔力を、改めて、正しく測る」


村長が、何か言いかけたが、アルバンは、それを手で制した。


「これは、頼みではない。神殿の名における、正式な要請だ」


部屋の空気が、冷たく張りつめた。


ノアは、ハンナの手が、自分の肩に置かれるのを感じた。震えていたのは、ハンナの手のほうだった。


それでも、ノアは、頷くしかなかった。


「……わかり、ました」


「明日、日の出とともに。村の御堂で行う。道具はこちらで用意する」


アルバンは、それだけ言うと、踵を返した。供の二人が、無言でそれに続く。


◇


一行が去った後、集会所には、しばらく誰も口を開かなかった。


やがて、村長が、深く息を吐いた。


「……ガレンとは、まるで違う手合いだ。あれは、金や地位を求めているわけじゃない」


「はい」


「あれは――正しさを、確かめに来ている。だからこそ、厄介だ」


ハンナが、ノアの肩に置いた手に、少し力を込めた。


「ノア。怖いかい」


「……少し」


正直に答えると、ハンナは、皺だらけの顔で、小さく笑った。


「怖くて、当たり前だよ。だけどね、ノア。お前がこれまでやってきたことは、何一つ、恥じることじゃない。誰が何と言おうと、それだけは、ばあちゃんが知ってる」


その言葉に、強張っていた胸の奥が、ほんの少しだけ、ほどけた。褒め言葉というより、確かめるような口ぶりだった。だが、それだけに、噓のない重みがあった。


夜、床に就いても、ノアはなかなか寝つけなかった。天井を見つめながら、アルバンの言葉を、何度も思い返す。


――お前がこれほどのことを成しているなら、一度目の鑑定は、何かを見落としていたことになる。


見落とされていたもの。それは、恐怖なのか、それとも――。


答えの出ない問いを抱えたまま、ノアは、隣の寝床で寝返りを打つハンナの気配に、そっと耳を澄ませた。ハンナも、眠れずにいるのかもしれない。


窓の外が白み始めるまで、ノアは、ほとんど眠れなかった。


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