↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界少年と謎の物体と研究室の仲間たち〜森で拾った箱の向こうは現代日本でした〜  作者: gachapin2223


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
49/102

第49話 ガレンの影

館を出た頃には、すでに日が高く昇っていた。


一晩中ロザに付き添っていたノアと、待ち続けていた村長は、二人とも疲れ切っていた。今すぐ村へ向けて歩き出したい気持ちはあったが、リント村までは、大人の足でも二日はかかる道のりだった。


「このまま歩き出しても、途中で倒れる」


村長が、疲れた声で言った。


「今夜は、街の宿で休もう。夜明けと共に、村へ出発する」


ノアも、頷くしかなかった。


館の者が手配してくれた宿は、市場からほど近い、こぢんまりとした建物だった。案内された部屋で、村長はすぐに横になり、深い寝息を立て始めた。長旅の疲れと、緊張の連続だった一晩が、一気にのしかかったのだろう。


ノアも横になったが、なかなか眠れなかった。頭の中で、ガレンの言葉が、何度も繰り返し響いていた。


──それにしても、不思議です。あなたのような、辺境の村の少年が、これほどの知識と判断力を、どこで身につけたのか。


窓の外から、市場の喧騒が、遠く聞こえてくる。ノアは、天井を見つめたまま、なかなか消えない胸のざわめきを、持て余していた。


◇


日が傾き始めた頃、宿の主人が、部屋の扉を叩いた。


「お客様に、面会だそうです」


ノアが顔を出すと、そこには、ガレンが一人で立っていた。


供も連れず、館の外套も脱いで、目立たない身なりをしている。


「少し、話がしたい」


ガレンの声は、穏やかだったが、有無を言わせない響きがあった。


村長を起こすべきか迷ったが、ガレンは「二人だけで」と、はっきりと言った。


ノアは、仕方なく、宿の一階の隅にある席に、ガレンと向かい合って座った。行き交う客の声が、遠くに聞こえる。


「単刀直入に聞こう」


ガレンが、卓に肘をついた。


「お前の知識は、どこから来ている」


「祖母から──」


「その答えは、もう聞いた」


ガレンが、遮るように言った。


「祖母から教わっただけの知識で、街の治癒師も知らない対処法を、次々と思いつくものかな。塩と砂糖を溶かした水にしろ、水源の汚染を疑う目にしろ──まるで、どこかで体系立てて学んだ者のようだ」


ノアの心臓が、大きく跳ねた。


「僕は、ただ──」


「隠し事があるなら、今のうちに言っておいた方がいい」


ガレンの目が、まっすぐノアを見据えた。


「私は、お前を罰したいわけじゃない。ただ、知りたいだけだ。お前という人間の、本当のところを」


ノアは、膝の上で拳を握った。


箱のことは、絶対に言えない。だが、下手な言い訳をすれば、かえって怪しまれる。


「祖母は、若い頃、街で薬師の修業をしていたことがあります。その頃の知識を、僕に伝えてくれました」


とっさに、口をついて出た言葉だった。半分は本当で、半分は、ノアが今作った話だった。


ガレンは、しばらく黙って、ノアを見つめていた。


「なるほど。街での修業、か」


「はい」


「祖母君の名は、なんという」


「ハンナです」


「街の、どこの店で修業したのか、覚えているか」


ノアは、一瞬、言葉に詰まった。そこまでは、考えていなかった。


「……詳しくは、聞いていません。ずいぶん昔のことですから」


「そうか」


ガレンは、卓の上に置かれた自分の手を、静かに組み替えた。何かを確かめるような、それでいて、こちらの反応をうかがうような仕草だった。


ガレンの声には、納得したような響きは、まるでなかった。


「調べれば、わかることだ」


その声には、脅しというより、事実を告げるだけの静かな確信があった。だからこそ、なおのこと、ノアの胸に重くのしかかった。


その一言に、ノアの背筋が凍りついた。


「今日のところは、これで失礼しよう」


ガレンは、静かに立ち上がった。


「だが、また会うことになる。その時までに、もう少し、納得のいく話を用意しておくといい」


そう言い残し、ガレンは宿を出ていった。


その後ろ姿が見えなくなるまで、ノアは、椅子から立ち上がることさえできなかった。


◇


部屋に戻っても、ノアの動悸は治まらなかった。


嘘をついてしまった。それも、調べればすぐに崩れるような、脆い嘘を。


村長を起こして相談しようかとも思ったが、疲れ切って眠る村長の顔を見ると、そのまま起こす気になれなかった。今、この重荷まで背負わせるのは、あまりにも酷だと思った。


窓の外は、すっかり夜になっていた。見慣れない街の屋根の連なりの向こうに、星が瞬いている。


村では、今頃、ハンナやティナ、ダグが、ノアの帰りを待っているはずだった。ソラも、境の樹で、一人、留守を守っているはずだった。


ノアは、膝を抱えて、小さくなった。


箱のことが、知られるかもしれない。


そう思うだけで、体の芯から、冷たいものが込み上げてきた。


もし本当のことが明るみに出れば、村長やハンナ、ティナやダグまで、巻き込んでしまうかもしれない。研究室のみんなにも、取り返しのつかない迷惑をかけてしまうかもしれない。


「僕のせいで……」


小さくつぶやいた声が、静かな部屋に消えていった。


こんなとき、箱があれば。ソラに、この不安を、そのまま話せたら。ミオやクドウなら、きっと、何か知恵を貸してくれる。


だが、今この部屋には、ノア一人しかいなかった。


自分の考えだけで、この不安と向き合わなければならない。


ロザを救えたことは、間違いなく、正しいことだったはずだ。それなのに、どうして、こんなにも恐ろしい気持ちになるのだろう。


誰かを救うたびに、何かを差し出さなければならないのだとしたら──それは、あまりにも、割に合わない気がした。


眠ろうとしても、目は冴えるばかりだった。


長い夜が、まだ続いていた。


窓の外の月は、村で見るものと、同じはずだった。だが今夜だけは、いつもよりずっと遠く、冷たく見えた。


ノアは、そっと目を閉じた。せめて、夜が明けるまでの間だけでも、心を落ち着けたかった。


明日には、村へ帰る。ハンナに会える。ソラの声を聞ける。


そう思うことだけが、今のノアにとって、唯一のよりどころだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。