第44話 はじめての街
森を抜け、丘を越えると、ノアは思わず足を止めた。
石造りの建物が、いくつも重なるように並んでいた。村の家よりも、ずっと高い。屋根の色も、形も、ばらばらだった。
「あれが、街だ」
村長が言った。
「村とは、何もかも違うだろう」
「はい」
近づくにつれ、音が増えていった。荷馬車の車輪の音、誰かの怒鳴り声、遠くの鐘の音。
村では、こんなに多くの音を一度に聞いたことがなかった。
門をくぐると、さらに人の多さに圧倒された。
売り子の声、行き交う人々、見知らぬ言葉のなまり。
ノアは、村長の後ろにぴったりとついて歩いた。
◇
市場に差しかかると、ノアの目は、自然と露店の品に吸い寄せられた。
見たこともない果物。色鮮やかな布。金属細工の道具。
その中に、薬草を並べた一角があった。
ノアは、思わず足を止めた。
「これは──」
見たことのない葉が、束になって売られていた。乾燥のさせ方も、村とは違う。
「兄ちゃん、薬草に興味あるのかい」
店主のおばさんが、声をかけてきた。
「これは、何に効くんですか」
「咳止めさ。山向こうから運んでくるんだよ。他にもいろいろあるよ」
ノアは、並んだ薬草を、ひとつひとつ、じっと見ていった。
匂いを確かめ、葉の形を確かめる。
村では見たことのない植物ばかりだった。
こんなに広い世界に、こんなに多くの植物があるのだと、初めて実感した。
「そろそろ行くぞ」
村長に呼ばれ、ノアは名残惜しそうに、露店を後にした。
◇
歩きながら、ノアは気づいた。
市場の隅、日陰になった路地に、痩せた男が座り込んでいた。
隣には、幼い子どもがいた。
二人とも、服はぼろぼろで、目には力がなかった。
「村長さん、あの人たちは──」
「物乞いだ。街には、ああいう人たちが、村よりずっと多い」
村長の声は、静かだった。
「治癒魔法は、誰でも受けられるわけじゃない。強い使い手にかかるには、金がいる」
ノアは、その光景を、しばらく見つめていた。
魔法がある世界。でも、魔法があっても、救われない人がいる。
その事実は、ノアの中に、ずしりと重く残った。
三年前、母が死んだときのことを思い出す。
治癒魔法でも、救えなかった命があった。
そして今、目の前には、治癒魔法にすら手が届かない人たちがいる。
魔法があるかないか、使えるか使えないか。
その違いだけでは、割り切れないものが、この世界には、いくつもあるのだと、ノアは思った。
◇
「行くぞ、ノア」
村長の声に、ノアは我に返った。
「はい」
再び歩き出すと、街の景色は、少しずつ変わっていった。
建物が、大きく、立派になっていく。
道も、きれいに整えられている。
「このあたりから、領主様の治める区域だ」
村長が、声を落として言った。
「言葉遣いに、気をつけろ。相手が何を言っても、慌てるな」
「わかりました」
やがて、ひときわ大きな建物が、視界に入ってきた。
石造りの門構え、両脇に立つ兵士。
その先に、領主の館があった。
ノアの胸の奥が、きゅっと締めつけられた。
村長の隣で、ノアは、深く息を吸った。
門の前まで来ると、そこに一人の男が、静かに立っていた。
上等な服を着た、細身の男だった。
その顔に、笑みが浮かんでいた。
「お待ちしておりました、薬師殿」
その声は、丁寧で、柔らかかった。
だが、ノアは──その笑顔の奥に、何か掴めないものを感じた。
うまく言葉にできない、小さな違和感だった。
ノアが、初めて村の外の世界を見る回でした。街の華やかさと、その裏にある厳しさ。市場の薬草に目を輝かせるノアと、物乞いの姿に立ち止まるノア、両方を書きたいと思いました。
いよいよ、次話で領主との対面です。どうぞお楽しみに。




