第41話 第二部完・それぞれの居場所
夏が来た。
疫病は、完全に収束した。ハンナは、もう普段と変わらない様子で、薬草を扱っている。ネコタビ草も、少しずつ、森に戻ってきていた。
ある日、村長が、広場に村人を集めた。
「今回の病を、この村は——自分たちで乗り越えた」
村長の声が、広場に響いた。
「ノアと、ハンナのおかげだ」
その言葉に、村人たちが、頷いた。
ノアは、少し離れたところで、その様子を見ていた。村長が、自分の名前を、こんなにはっきりと、村人の前で言うのは、初めてだった。
「出来損ない」
という言葉を、使う人間は、もう——この村に、一人もいなかった。
◇
ダグが、隣に立って、腕を組んでいた。
「お前、すごいことになってんな」
「ダグも、手伝ってくれたから」
「俺は、薬を運んだだけだ」
「それが、大きかった」
ダグが、少し気まずそうに、頭をかいた。
ティナが、ノアの袖を、軽く引いた。
「ほら、ちゃんと前向いて。村長、お前のこと話してるんだから」
「わかってる」
ガルドさんが、遠くで、静かに頷いていた。エーラさんが、目を拭っていた。
ノアは、その全部を、しっかりと、見ていた。
◇
その夜、研究室では、いつもより少し、にぎやかな空気があった。
「やっと、落ち着きましたね」
美緒が、コーヒーを配りながら言った。
「コルソさんも、メイちゃんも、ハンナさんも——みんな、元に戻った」
「落ち着いた、とは言い切れない」
工藤が、端末から目を上げて言った。
「報告書の件も、先生の決断も、まだ何も終わってない」
「それは、わかってます」
美緒が、少し苦笑した。
「でも——少なくとも、ノアの村のことは、一区切りついた。それくらいは、言わせてください」
「区切りは、確かにありますよ」
楓太が、横から言った。
「今日みたいに」
黒川が、しばらく、三人のやりとりを聞いていた。それから、静かに言った。
「ノアに、一つ伝えておきたいことがある」
◇
枠の向こうに、ノアの顔があった。
「ノア君」
黒川が、ゆっくりと言った。
「私から、お礼を言わせてほしい」
「キョウジュが、お礼を?」
「君のおかげで——私の研究人生の最後に、一番大事な出会いができた」
ノアは、少し戸惑った。
「キョウジュ、それは——僕の言葉です」
黒川が、珍しく、声を出して笑った。
「そうか。なら——お互いに、同じことを思っていた、ということだな」
「みたいです」
「いいことだ」
黒川が、頷いた。
その目は、研究室の灯りの下で、いつもより、ずっと穏やかだった。
◇
枠を閉じたあと、ノアは一人で、境の樹に向かった。
夜の森は、静かだった。
根元に座って、箱を膝の上に置いた。
光は、今夜も——弱く、ある。
「ソラ」
「はい」
「僕はここにいる。それだけで、いいんだな」
「最初から、いていい場所でした」
「うん」
ノアは、樹を見上げた。
「——でも、もっと広い場所も、あるのかもしれない」
「……どういう意味ですか」
「わからない。でも、そんな気がする」
ソラは、それ以上、何も聞かなかった。
ノアも、それ以上、何も言わなかった。
ただ、二人で、夜の森の静けさを、しばらく、共有していた。
◇
翌日、村に、見知らぬ荷馬車が来た。
荷台には、旅の荷物ではなく——測量の道具らしきものが、積まれていた。
御者の男が、村長の前に立って、書状を差し出した。
「領主様より。リント村の薬師についての、正式なお尋ねです」
村長が、書状を受け取った。
ゆっくりと、目を通していく。
それから、村長が、顔を上げて、ノアを見た。
ノアも、村長を見た。
何も言葉はなかった。でも——二人の間で、何かが、確かに通じていた。
外の世界が、本格的にやってくる。
その朝の光は、いつもと同じように、村に降り注いでいた。
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第二部、完。
疫病の危機を、ノアと村の人たち、そして研究室の仲間たちが、一緒に乗り越えました。ハンナさんが倒れたとき、何を書いても足りない気がしましたが——夜が明けたとき、少し救われた気持ちになれたなら嬉しいです。
ダグが「俺が運ぶ」と言った場面、書いていて一番好きでした。立場が、ちゃんと逆になっていく物語です。
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
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第三部では、外の世界が、いよいよ本格的に動き始めます。次でお会いしましょう。




