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異世界少年と謎の物体と研究室の仲間たち〜森で拾った箱の向こうは現代日本でした〜  作者: gachapin2223


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第38話 ノアの知らない話

疫病は、ほぼ収まった。


コルソのじいさんは、すっかり起き上がれるようになった。メイも、村の広場で、ティナと一緒に遊ぶ姿が見られるようになった。重症化した患者は、最終的に出なかった。


ばあちゃんも、床から離れて、台所に立てるようになっていた。


「もう、平気だよ」


ばあちゃんが、薄く笑いながら言った。


「無理しないでくれ」


「無理はしてないって、何度も言ってるだろう」


ノアは、その言葉に、少しだけ安心して、肩の力を抜いた。


長い危機が、ようやく終わった。


◇


ノアは知らなかった。


研究室が、大学側の目をかわすために、どれだけのことをしていたかを。


黒川が、退職を早める決断をしたことも。


工藤が、報告書の文面を、何度も書き直していることも。


ノアが知っているのは、ミオたちが毎日、枠の向こうにいてくれることと、ヤナガセが症状を一つ一つ確かめてくれることと、ソラが眠らず記録し続けていることだけだった。


その「知らない」ことを、美緒たちは、意図して隠していた。


◇


「ノアに、言わなくていいんですか」


美緒が、工藤に聞いた。


研究室には、二人だけだった。


「言う必要が出たとき、言う」


工藤が、端末から目を上げずに答えた。


「今は——向こうの仕事に集中させてやれ」


「でも——いつか、知ったら、ショックを受けると思います。私たちが、こんなに大変な状況だったのに、何も言わなかったって」


工藤は、少しの間、黙っていた。


「美緒、お前は——ノアに、これ以上、何を背負わせたいんだ」


その言葉に、美緒は、何も言えなかった。


「ノアは、村のことで必死だった。ハンナさんが倒れて、自分も眠れない夜を過ごした。そのとき——大学のことまで、伝える必要があったか」


「それは——」


「ノアが考えるべきことは、向こう側にある。こっちのことは、こっちで解決する。それが、俺たちの仕事だ」


美緒は、しばらく黙っていた。


それから、頷いた。


「そうですね。——わかりました」


◇


楓太が、報告書の下書きを、もう一度読み返していた。


「工藤さん、これ——本当に、これでいいんでしょうか」


「いい、と決めたのは先生だ」


「わかってます。でも——書けば書くほど、何か、矛盾が出てきそうで」


工藤は、椅子を回して、楓太の方を見た。


「楓太、お前、最近よく考え込んでるな」


「そりゃ、考えますよ。先生が、人生かけてきたものを、手放そうとしてるんですから」


「手放すんじゃない」


工藤が、静かに言った。


「形を変えるだけだ。先生は、これからも研究を続ける。場所と、肩書きが変わるだけだ」


「そうですけど……」


楓太が、下書きの紙を、テーブルに置いた。


「僕、最初は、ノアとの繋がりを、研究の成果として見てたんです。すごい発見だと思って、興奮してた」


「今は?」


「今は——もう、それだけじゃないです。ノアは、友達みたいなものになってる。先生にとっても、そうなんだと思います」


工藤は、何も言わずに、頷いた。


「俺も、同じだ」


それだけ言って、また端末に向き直った。


楓太は、その横顔を見ながら、もう一度、報告書の下書きに目を落とした。


◇


その日の午後、ノアはハンナと二人で、畑に出ていた。


「芽、出てきたな」


「ああ。クドウさんが選んでくれた種、ちゃんと育ってる」


土から、小さな緑の芽が、何本か出ていた。カブと、ニンジンと、それから、名前のわからない苦みのある葉の植物。


ばあちゃんが、しゃがんで、一本の芽を、じっと見つめた。


「これは、こっちの世界にない植物だね」


「うん。ソラに聞いたら、向こうでも珍しいものだって。クドウさんが、選んでくれたらしい」


「クドウさんという人は、優しい人なんだね」


ノアは、少し考えた。


「優しい言い方はしない。でも——優しいことはする」


ばあちゃんが、小さく笑った。


「面白い人だね」


「うん」


二人で、しばらく、黙って芽を見ていた。


◇


そこへ、ティナとダグが、揃ってやってきた。


「ノア、畑の様子、見に来た」


ティナが、しゃがんで芽を覗き込んだ。


「お、出てるじゃん。これがカブ?」


「まだわからない。葉の形だけじゃ、判断できない」


「ふうん。育つの、楽しみだね」


ダグが、少し離れたところから、芽を見ていた。


「俺んちでも、何か育ててみるか」


「ダグも?」


「狩りだけじゃ、食えるものが限られる。野菜があれば、足しになる」


「現実的だな」


「現実的なのが、悪いか」


ダグが、少しむっとした顔をした。ティナが笑った。


「ダグらしいよ、それ」


「らしいって、どういう意味だ」


「考える前に、まず使えるかどうかを考える」


「悪くないだろ」


「悪くないよ」


ノアは、二人のやり取りを聞きながら、ふと思った。


メルの一件から、ダグは変わった。コルソのじいさんのときも、迷わずノアの薬を信じた。それでも——根っこの部分は、変わっていない。現実的で、不器用で、でも誰かのために動ける人間だ。


「ダグ、種、少し分けてやろうか」


「分けてもらえるのか」


「クドウに聞いてみる。足りるかどうか」


「頼む」


ダグが、珍しく素直に言った。


◇


夕方、家に戻ると、村長が来た。


「ノア。一つ、話がある」


その声に、いつもとは違う、何かがあった。


「なに」


「村の外で——お前のことを聞いてきた人間がいた」


ノアの背筋が、少し伸びた。


「旅人か」


「旅人ではない」


村長が、低い声で言った。


「使者だ」


「使者って——」


「領主の使者だ」


その言葉が、ノアの胸の中で、ゆっくりと重さを増した。


旅の薬師とは、違う。行商人とも、違う。領主という言葉は、ノアにとって、ほとんど想像でしかない存在だった。


「何を聞かれたんだ」


「まだ、何も聞かれていない。だが——近いうちに、来る。それだけは、わかっている」


村長が、まっすぐ、ノアを見た。


「準備しておけ。今までとは——少し、違う相手になる」


ノアは、その言葉を、胸の奥にしまった。


外で、夕暮れの光が、ゆっくりと薄くなっていった。


村の中は、まだ平和だった。


でも——その平和の外側で、何かが、確実に近づいてきていた。


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