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異世界少年と謎の物体と研究室の仲間たち〜森で拾った箱の向こうは現代日本でした〜  作者: gachapin2223


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第37話 大学の目

報告書の提出期限が、三日後に迫っていた。


黒川は、研究室に美緒、工藤、楓太を呼んで、自分の机の前に座らせた。


「正直に言う」


黒川が、静かに切り出した。


「試作機は、異常転送によって、現在も稼働している。接続は、維持されている。報告書に、どこまで書くか——君たちとも、考えたい」


美緒が、先に口を開いた。


「中間案を、もう一度確認させてください。転送に成功したこと、接続が維持されていることは書く。でも、相手側の情報——場所も、人物も——書かない」


「それが、限界だろうな」


黒川が、頷いた。


工藤が、腕を組んだ。


「全部書けば、接続を切られる可能性があります。あちらの政府や、軍、あるいは学術界が動く。ノアが、実験対象にされかねない」


「そうだ」


「書かなければ、隠蔽になる」


美緒が、言った。


「それは——長くは続きません」


楓太が、少し考えて言った。


「中間案でも、いつかは限界が来ますよね。相手の情報を書かなくても、『接続が維持されている』ことだけで、追加の調査を求められる可能性がある」


「そうだ」


黒川が、静かに言った。


「それも、わかっている」


研究室の空気が、重くなった。


◇


「もう一つ、考えていることがある」


黒川が、ゆっくりと言った。


「私が、定年退職のタイミングを、早める」


三人とも、すぐには反応できなかった。


「先生、それは——」


美緒が、最初に声を出した。


「退職した研究者の、個人研究として、この接続を継続する。大学の資産ではなく、私個人の研究として」


黒川が、続けた。


「そうすれば、大学は関係なくなる。制度上は」


工藤が、しばらく黙っていた。それから、聞いた。


「先生、それは——本当に、できるんですか」


「試作機の所有権は、もともと大学にある。だが——研究データと、接続の維持に必要な技術的知見は、私個人のものとして整理できる部分もある。完全にクリーンとは言えないが——大学が直接介入できない形を作ることは、可能だと思っている」


「でも、それって——」


楓太が、言葉を選びながら言った。


「先生が、これまで積み上げてきた地位とか、立場とか——全部、手放すことになりませんか」


黒川は、少しの間、何も言わなかった。


それから、静かに笑った。


「楓太君、それは、間違っていない」


「先生——」


「私はもう五十五だ」


黒川が、まっすぐ三人を見た。


「長く研究をやってきた。論文も、学会発表も、地位も、それなりに積み上げてきた。だが——今になって、これほど大事な出会いを前に、それらを優先する理由が、私にはない」


「先生……」


「やれる時間より、やりたいことの方が多い。これは、選択だよ」


その言葉に、迷いがなかった。


美緒は、何も言えなかった。ただ、黒川の目を見ていた。


そこには、研究者としての誇りと、それとは別の——もっと個人的な、温かいものが、両方あった。


◇


「先生、一人で決めないでください」


工藤が、ようやく言った。


「俺たちにも、考える時間をください」


黒川が、少し意外そうな顔をした。


「工藤君」


「先生が、全部一人で抱える必要はない。俺たちも、この研究室の一員です」


楓太も、頷いた。


「僕も、そう思います。先生が大学を離れるなら——僕らも、どうするか考えないと」


黒川は、しばらく黙っていた。それから、ゆっくりと頷いた。


「わかった。だが——これは、君たちの将来にも関わることだ。簡単な決断ではない」


「わかってます」


美緒が、言った。


「だからこそ、一緒に考えたいんです」


◇


その夜、工藤の端末に、また同じ助教からのメールが届いた。


「報告書、もう提出した? 何が書いてあるのか、気になってる人、多いよ」


工藤は、その文面を、しばらく見つめていた。


「楓太」


「なんですか」


「お前、ノアに伝えておいた方がいいと思うか。接続が切られる可能性があるって」


楓太は、すぐには答えなかった。


「……まだ、早いと思います」


「なぜ」


「先生が、まだ決めてないからです。決まってないことを伝えたら、ノアを、余計に不安にさせるだけだと思う」


工藤は、頷いた。


「俺も、そう思う」


「でも——いつかは、伝えないといけませんよね」


「いつかは、な」


工藤は、端末を閉じた。


「だが、今じゃない」


◇


美緒は、その夜も、一人で研究室に残った。


モニターの中、ノアが、ハンナの様子を見ながら、薬草を整理しているのが見えた。


「ソラ、ノアは——大丈夫そう?」


「はい。ハンナさんの回復に合わせて、落ち着いてきています」


「そうか。よかった」


美緒は、椅子に深く腰掛けた。


「ソラ、私たちは——正しいことをしてるのかな」


ソラが、少し間を置いて答えた。


「わかりません」


その答えは、いつものソラらしい、誠実なものだった。


「でも——美緒さんたちは、毎回、迷いながら、選んでいます。それは、正しい人のすることだと思います」


美緒は、その言葉に、少しだけ救われた気がした。


「ありがとう、ソラ」


窓の外は、すでに夜が深かった。


研究室の灯りだけが、消えずに残っていた。


明日、黒川がどんな決断を伝えるのか——美緒には、まだわからなかった。


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