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異世界少年と謎の物体と研究室の仲間たち〜森で拾った箱の向こうは現代日本でした〜  作者: gachapin2223


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第36話 ハンナの言葉

箱を台所に置いて、蓋を開けた。


ばあちゃんが、布団の上で、少し体を起こしていた。隣に、ノアが座った。


「ソラ、ミオを呼んでくれるか」


「はい。少々お待ちください」


しばらくして、枠が明るくなった。ミオの顔が見えた。それから——美緒は、誰かに何か言っているようだった。


「ミオさん」


ばあちゃんが、静かに呼んだ。


美緒が、少し驚いた顔をした。


「ハンナさん。体は、大丈夫ですか」


「おかげさまで、楽になってきたよ。今日は——お礼を言いたくて」


ばあちゃんが、ゆっくりと言葉を続けた。


「あなたたちが、ノアを——一人じゃないと思わせてくれた」


枠の向こうで、美緒が、じっと聞いていた。


「あの子は、長いこと、一人だった。魔力のない自分を責めて、役に立てないと思って、知識だけ抱えて——一人だった」


ノアは、何も言わずに、ばあちゃんの横に座っていた。


「あなたたちが来てから——あの子の目が、変わった。知識を持っていてよかったと、初めて思えた顔になった。それを、ありがとう」


枠の向こうに、工藤と楓太の姿も見えた。少し離れた場所に、黒川教授もいた。誰も、何も言わなかった。ただ、静かに聞いていた。


美緒が、少し目を細めた。


「私たちも、ハンナさんに同じことを言わせてください」


「私に?」


「ハンナさんが話してくれた知識は——ノアの植物の知識と並んで、私たちにとって、本当に大切なものになっています。ハンナさんが話してくれなければ、今回も対処できていなかった」


ばあちゃんが、少し驚いた顔をした。


「私の知識が、そんなに」


「そんなにです」


工藤が、横から、短く言った。


「赤黒い点の症状、薬草の組み合わせ、過去の流行病の記憶——全部、ハンナさんの中にあったものです。それがなければ、診断にも、薬の調合にも、もっと時間がかかってた」


「時間がかかれば——」


「コルソさんや、メイちゃんの状態が、もっと悪くなっていたかもしれません」


ばあちゃんが、しばらく黙っていた。


それから、ゆっくりと笑った。


「そうか。じゃあ——お互いさまだね」


「お互いさまです」


美緒が、頷いた。


◇


黒川が、その様子を、後ろで黙って見ていた。


何も言わなかったが、その目は、ずっと穏やかだった。


楓太が、小さく黒川に声をかけた。


「キョウジュ、何か言いたいことありますか」


黒川は、少しの間、考えていた。


「いや——今は、いい。十分だ」


それだけだった。


ノアは、その様子を見ていて、なんとなく思った。キョウジュは、こういうとき、いつも言葉を選んでいる。すぐに何か言うより、まず、見ることを優先する人なんだと。


◇


「ノア」


ばあちゃんが、ノアの方を向いた。


「お前にも、言っておきたいことがある」


「なに」


「私が倒れたとき、お前は、すぐに動いた。怖がりながらも、薬を作って、ちゃんと飲ませた」


「あれは——」


「あれは、お前にしかできなかったことだ」


ばあちゃんが、はっきりと言った。


「私がお前に教えたことを、お前は、確かに受け継いでいた。それを、今日、確かめられた」


ノアは、何も言えなかった。


ただ——胸の中が、温かくて、少し苦しかった。


「ありがとう、ばあちゃん」


「礼を言うのは、私の方だよ」


ばあちゃんが、ノアの頭に、軽く手を置いた。


「お前がいなければ、私は、ここにいなかったかもしれない」


その言葉を、ノアは、ずっと覚えておきたいと思った。


◇


その夜、ヤナガセが、一人で研究室に残った。


ノアが、箱の前に座っていると、枠の向こうに、ヤナガセだけがいた。


「ノア君、一つだけ聞いていいか」


「なに」


「君の世界には、私のような医者がいないのか」


ノアは、少し考えた。


「イシャという人はいないけど、けがや病気の人を治すのは、治癒魔法を使える人がやる。でも、強い人は、街にしかいない」


「そうか」


ヤナガセが、少しの間、黙っていた。


「なら——私が、できることをするよ。場所が違っても」


ノアは、その言葉の重さを、すぐには測れなかった。


「ヤナガセは、忙しいんじゃないのか」


「忙しい。だが——忙しさは、理由にはならない」


ヤナガセが、眼鏡を少し直した。


「私は、病を治すイシャだ。病に苦しむ人がいて、それを助ける方法がある。距離や、世界の違いは、関係ない」


「ありがとう、ヤナガセ」


「礼を言われるようなことじゃない。これは、私が選んだことだ」


その言い方が、ばあちゃんの言葉と、少し似ている気がした。


選んでやっている。誰かに押しつけられたわけじゃなく、自分で選んでいる。


それが——本当に大事なものを、続けていく力なのかもしれない。


◇


枠を閉じる前に、ヤナガセが、もう一言、付け加えた。


「ノア君、今回のこと——よくやった」


「僕一人じゃない」


「わかっている。だが、君がいなければ、誰も動けなかった」


ノアは、少し照れたように、頷いた。


枠の明かりが落ちて、台所が静かになった。


ばあちゃんは、もう眠っていた。穏やかな呼吸が、規則的に続いていた。


ノアは、その様子を見ながら、箱を膝の上に置いた。


長い危機が、ようやく終わろうとしていた。


でも——それは、終わりではなく、また別の始まりだということを、ノアはまだ知らなかった。


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