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異世界少年と謎の物体と研究室の仲間たち〜森で拾った箱の向こうは現代日本でした〜  作者: gachapin2223


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第34話 ハンナが倒れた

その朝、ノアは台所の物音で目を覚ました。


椅子が、床に倒れる音だった。


「ばあちゃん!」


駆け寄ると、ばあちゃんが床にうずくまっていた。額に手をやると、燃えるように熱かった。


「ばあちゃん、聞こえるか」


「……ノア」


声が、かすれていた。目を開けているが、いつもより力がない。


頭が、一瞬、真っ白になった。


三年前の朝が、記憶の底から浮かび上がってきた。母が倒れた朝。治癒魔法が届かなかった朝。何もできなかった、あの感覚。


でも——違う。


今は、違う。


ノアは、震える手で、台所の隅の箱に駆け寄った。蓋を開ける。


「ソラ! 急ぎだ!」


「聞こえています。誰を呼びますか」


「ミオ! 誰でもいい、早く!」


枠が明るくなった。ミオの顔だった。


「ノア、どうしたの——」


ノアは、一言だけ言った。


「ばあちゃんが、倒れた」


枠の向こうが、一瞬、静かになった。


それから、ヤナガセの声が、すぐに来た。


「ノア君、今すぐ教えてください。症状の出始めはいつですか」


「わからない。今、僕が起きたときには、もう倒れてた」


「熱は」


「すごく熱い。普通じゃない」


「他の症状は。発疹、関節の痛み——」


ノアは、震える手でばあちゃんの脚に触れた。布をめくる。


脚の付け根に、赤黒い点が、いくつもあった。


「あった。あの点が、ある」


「わかった。間違いない。すぐに薬を」


◇


ノアは、台所の戸棚から、作っておいた薬の包みを取り出した。


手が、震えていた。


「ばあちゃん、飲んで」


ばあちゃんが、薄く目を開けた。


「……お前が作ったのかい」


「うん」


「怖くないのか」


ノアは、唇を噛んだ。


「怖い」


正直に言った。隠す余裕は、もうなかった。


「でも——ヤナガセと、ミオと、クドウと、ソラと一緒に作った。一人じゃない」


ばあちゃんが、少しの間、ノアを見ていた。


それから、薄く笑った。


「そうか。じゃあ、安心だ」


ばあちゃんが、薄い唇で、薬を飲んだ。


ノアは、その様子を見届けて、ばあちゃんの傍に座った。動かなかった。


◇


「ノア君、量は問題なかったか」


「ソラが確認した。指示通りだった」


「わかった。これから、しばらく経過を見よう」


ヤナガセの声は、いつもより低かった。


ミオが、横から言った。


「ノア、ハンナさんの様子、ずっと見てるから。何かあったら、すぐ言って」


「うん」


クドウの声も、続いた。


「ノア、お前は——今、何が一番怖い」


ノアは、少し考えた。


「ばあちゃんが、母さんみたいになることが、怖い」


枠の向こうが、静かになった。


「それは、当然の怖さだ」


クドウが、静かに言った。


「だが——今のお前は、三年前のお前じゃない。薬がある。知識がある。一緒に考える人間がいる。それが、違う」


「わかってる。でも——怖いことに、変わりはない」


「怖くて当然だ。怖くないやつの方が、おかしい」


その言葉が、少しだけ、胸の重さを軽くした。


◇


昼が過ぎても、熱は下がらなかった。


ばあちゃんは、時々浅い眠りに落ちて、また目を覚ました。意識はあった。でも——明らかに、つらそうだった。


ノアは、ばあちゃんの額に、濡れた布を当てた。何度も、絞り直した。


「ノア」


ばあちゃんが、薄く声を出した。


「なに」


「お前の母さんも——こうだったんだろうね」


ノアは、息を止めた。


「……うん」


「あのとき、お前は、何もできなかったと思ってる」


「思ってる」


「でも、本当は——お前は、何もできなかったわけじゃない。母さんのそばにいた。それだけで、母さんは——一人じゃなかった」


ノアの目に、涙がにじんだ。


「今もそうだよ」


ばあちゃんが、続けた。


「お前が、私のそばにいる。それだけで——私は、一人じゃない」


「ばあちゃん」


「だから、安心して。私は、まだ、ここにいるよ」


ノアは、ばあちゃんの手を握った。骨ばった、温かい手だった。


◇


午後、ダグとティナが、家を訪ねてきた。


ダグが、戸口で聞いた。


「ハンナさんは——」


「熱が、まだ下がってない」


ティナが、何も言わずに、家の中に入った。水の入った桶を持っていた。


「これ、使って。布を冷やすのに」


「ありがとう」


ダグが、外で何かを言いかけて、止めた。


「ノア、村の方は——コルソのじいさんと、メイは、二人とも落ち着いてる。お前は、ハンナさんに集中してくれ」


「うん」


「他のことは、俺たちが見る」


ダグが、それだけ言って、戸口を離れていった。


任せられる部分は、任せていい。


ミオが言った言葉を、思い出した。今、それを、実際にやっている。


◇


夕方、村長も来た。


ばあちゃんの様子を見て、何も言わずに、しばらく立っていた。


「ノア」


「なに」


「私にできることはあるか」


「今のところ、ない。薬は使った。あとは——様子を見るしかない」


村長が、頷いた。


「他に必要なことがあれば、いつでも言え」


「ありがとう」


「礼はいい」


その言葉に、ノアは、少しだけ笑いそうになった。こんなときでも、村の人は、みんな同じことを言う。


村長が帰ったあと、家の中は、ノアとばあちゃんだけになった。


枠の中で、ミオの声が、静かに聞こえた。


「ノア、今日はもう、夜になるね」


「うん」


「眠れそう?」


「眠れないと思う」


「そうだよね」


ミオが、少しの間、何も言わなかった。それから、静かに言った。


「私たちも、ここにいるから」


◇


夜が来た。


熱は、まだ下がらなかった。


ノアは、箱の前で、膝を抱えて座っていた。


「ソラ」


「はい」


「ばあちゃんを、守れるか」


ソラが、少しの間、答えなかった。


「わかりません」


正直な答えだった。


「でも——やれることを、全部やっています」


ノアは、何も言えなかった。ただ、頷いた。


外で、虫の声が、静かに鳴いていた。


ばあちゃんの呼吸が、浅く、続いていた。


夜は、まだ長かった。


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