第31話 数が足りない
ばあちゃんを台所に呼んで、もう一度箱を開いた。
「ハンナさん、おはようございます」
ヤナガセが、丁寧に声をかけた。
「おはよう、先生。今日は、薬の話だと聞いたよ」
「そうです。対処法は見えてきました。ですが——必要な量について、相談したいことがあります」
ばあちゃんが、椅子に座った。ノアもその隣に座った。
「対処に必要なものは、二つあります」
ヤナガセが、ゆっくりと説明した。
「一つは、安静と水分補給、それから特定の食べ物を避けること。これは知識だけで伝えられます。すぐに、村中に伝えてもらって構いません」
「もう一つは」
「薬です。虫が媒介する感染症の場合、初期に適切な薬を使うことで、重症化を防げる可能性が高い。ですが——」
ヤナガセが、少し言葉を切った。
「今、メイちゃん一人なら、転送窓で送れる量で足ります。でも、これから患者が増えたら——量産はできません」
クドウの声が、続いた。
「転送窓は手のひら大だ。一回で送れる量は限られている。電力にも限りがある。ソーラーと水力で動いているが、連続で使い続ければ、いつか足りなくなる」
ノアは、頭の中で考えた。
「一日に、何回くらい送れる」
「正確な計算はまだだが——数回が限界だと思う。それも、毎日続けられるわけじゃない」
数が足りない。
その言葉が、重く落ちてきた。
◇
「材料だけ、送ってもらえないか」
ノアが言った。
枠の向こうで、一瞬、沈黙が落ちた。
「材料を送って——僕が作る。ばあちゃんと一緒に」
ヤナガセが、少し考えるような表情をした。
「ノア君、それは簡単なことじゃない。素材から薬を調剤するのは、専門的な知識と技術が必要だ。量を間違えれば、効果がないだけでなく、危険になることもある」
「わかってる。でも——ばあちゃんには、薬の知識がある」
ばあちゃんが、静かに言った。
「私は、薬草の調合はできる。でも——先生の言う薬が、薬草でできるものなのかは、わからない」
「そこが問題です」
ヤナガセが言った。
「今回必要な薬は、いわゆる抗菌薬に近いものです。植物由来の成分で代用できる部分もありますが、効果の確実性という点では、こちらの薬には及びません」
「全部を、薬草で作れって言ってるわけじゃない」
ノアが言った。
「足りない分だけ。送れる量で足りる分は送ってもらって、足りない分を——僕たちで、なんとかする方法を考えたい」
ヤナガセが、ノアをじっと見た。
「君は、ハンナさんの知識を、信じているんだね」
「信じてる。それに——ばあちゃんが一人で考えるわけじゃない。先生が、教えてくれるなら」
ヤナガセが、少しの間、黙っていた。
それから、ゆっくりと言った。
「わかった。一つずつ、確認していこう。慎重に、だが——前に進む方法を探そう」
◇
「先生、本気ですか」
楓太が、横から小さく聞いた。
「素材からの調剤は、リスクが高いって、いつも言ってましたよね」
「リスクは、ある」
ヤナガセが、端末に向かいながら言った。
「だが——転送窓の制約は、現実だ。量産できない以上、何か別の手段を考えなければならない。完全に安全な道は、もうない」
工藤が、腕を組んだ。
「先生、これまでの自分たちで決めたルールが、また壁になりますね」
「ルールは、必要だから決めたものだ。だが——ルールを守ることが、目の前の命より大事になったら、それはルールの意味を間違えている」
美緒が、頷いた。
「素材で代用できる部分を、できるだけ広げましょう。ヤナガセ先生が監督して、ハンナさんとノアが、慎重に作っていく。それが、今できる最善の形だと思います」
工藤が、端末を叩きながら言った。
「俺は、転送の効率を上げる方法を考える。一回の転送で、もう少し量を増やせるかもしれない」
「お願いします」
ヤナガセが、頷いた。
「では、始めよう。ハンナさん、ノア君——一つずつ、確認していく」
◇
ヤナガセが、必要な材料を一つずつ説明した。
「まず、解熱と炎症を抑える効果のあるもの。村の薬草で、近いものはありますか」
ばあちゃんが、少し考えた。
「ヒリタ草の根が、熱を下げるのに使える。サルベ草は、炎症に効く」
「成分の傾向としては、近いと思います。ただ——効果の強さが足りない可能性があります。そこを補うために、いくつかの成分を、こちらから送ります」
ノアが、地面に絵を描くように、台所のテーブルに木の棒で図を描いた。
「ヒリタ草の根。サルベ草の葉。それと——」
「私が送るもの。粉末状のものを送ります。少量で効果が出るものなので、転送窓でも問題ありません」
「混ぜる割合は」
ヤナガセが、慎重に数字を伝えた。
「これより多いと、子どもには負担が大きくなる。少なすぎると、効果が出ない」
ばあちゃんが、その数字を繰り返した。
「ソラ、覚えてくれてるか」
「記録しています。何度でも確認できます」
ヤナガセが、もう一つ付け加えた。
「最初に作る量は、少なくしてください。確認のために。多く作って、間違っていたら——取り返しがつかない」
「わかった」
ノアは、緊張しながら答えた。
◇
材料が、転送窓から少しずつ届いた。
小さな袋に入った粉末。透明な小瓶に入った液体。それぞれに、ソラが説明を読み上げた。
ばあちゃんが、慣れた手で、薬草を刻んでいく。ノアは、その手元を見ながら、量を確認した。
「ヒリタ草の根、これくらいか」
「ソラ、量を確認してくれ」
「ヤナガセ先生の指示と一致しています」
ばあちゃんの手が、少しだけ震えていた。
「ばあちゃん、大丈夫か」
「大丈夫だよ。ただ——人の命に関わる薬を作るのは、いつになっても、緊張するものだね」
「僕も緊張してる」
「そうだろうね」
ばあちゃんが、小さく笑った。
「でも——緊張しなくなったら、それは怖いことだ。緊張しているうちは、ちゃんと気をつけられる」
ノアは、その言葉を、胸の中にしまった。
粉末を量って、薬草と混ぜていく。匂いが、台所に広がった。普段の薬草の匂いとは、少し違う匂いだった。
「ソラ、これでいいか」
「ヤナガセ先生、確認をお願いします」
しばらくして、ヤナガセの声が来た。
「色と、匂いの強さを教えてくれ」
ノアが説明した。ヤナガセが、何かを考えるような沈黙のあと、言った。
「いいと思う。それで——最初の薬が、出来上がった」
台所のテーブルの上に、小さな包みが一つ、できていた。
ばあちゃんが、それをじっと見つめた。
「これで——本当に、効くんだろうか」
「わからない。でも——確かめなければならない」
ヤナガセが、静かに言った。
「最初に投与するのは、メイちゃんでいいか」
ノアは、頷いた。
それから、すぐに思い出した。
メイの家に行く前に、まず確認しなければならないことがある。コルソのじいさんと、メイの両親に、これが何の薬で、どこから来たものなのかを——どう説明するか。
包みを手に取って、家を出ようとしたとき、外で誰かが走ってくる足音が聞こえた。
「ノア!」
ダグの声だった。
息を切らして、戸口に立っている。
「コルソのじいさんが——かなりひどい」




