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異世界少年と謎の物体と研究室の仲間たち〜森で拾った箱の向こうは現代日本でした〜  作者: gachapin2223


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第27話 最初の兆し

コルソのじいさんは、羊小屋の前にしゃがんで、一頭の羊の首のあたりを確かめていた。


「じいさん」


顔を上げた。目の周りが、少し疲れていた。


「ノアか。見てたか」


「外に出てる何頭か、様子がおかしい」


「ああ。二日前から、何頭かが食欲をなくした。熱があるのかもしれん。触ると、体が少し熱い気がする」


「草は食べてるか」


「食べない。水も、あまり飲まない」


ノアは、群れの様子をもう一度見た。


元気のある羊と、そうでない羊が、はっきり分かれていた。元気のない羊は、頭を下げたまま動かない。目がぼんやりしている。


「何頭くらいだ」


「三頭。でも、昨日より一頭増えた」


広がっている、ということか。


「他に、変わったことはなかったか。最近」


「変わったこと……」


コルソのじいさんが、少し考えた。


「旅の薬師の馬が、一晩うちの柵の近くに繋いであったな。ティナの母さんの宿が満杯で、うちに頼みに来た」


「その馬は、どんな様子だったか」


「普通に見えた。元気そうだったが——今思えば、少し疲れた感じがあったか」


ノアは、胸の中でひっかかりが大きくなるのを感じた。


コラルの腹下しのとき。メルの高熱のとき。何かが起きる前に、必ずこういう感覚がある。


「じいさん、ばあちゃん——僕のばあちゃんに、話を聞きに行ってもらえるか。羊の症状を、詳しく」


「ハンナさんに? 羊の病気も、わかるのか」


「わかるかどうか分からない。でも——聞いておきたい」


コルソのじいさんが、ゆっくり立ち上がった。


「わかった。夕方にでも行く」


◇


森へ向かいながら、頭の中で考え続けた。


水じゃないかもしれない。


前の病は、水が原因だった。だから、水の確認を先にしようとする癖がついている。でも今回は、濾過システムを整えた後で、水源も定期的に確かめている。異常は出ていない。


羊から人へ。


旅の馬が来て、羊に接触して、羊が具合を悪くした。そして——次に人が具合を悪くするとしたら。


「ソラ」


「はい」


「急いで聞いていいか。ミオでもクドウでも、誰でもいい」


「美緒さんがいます」


「呼んでくれ」


境の樹の根元まで来て、袋から箱を出した。枠に明かりが灯る。ミオが、少し急いだ顔で来た。


「ノア、どうしたの。声が緊張してる」


「コルソのじいさんの羊が、二日前から具合が悪い。三頭から四頭に増えてる。旅の薬師の馬が、一晩コルソの柵の近くにいた」


ミオの顔が引き締まった。


「症状は」


「食欲がない。水を飲まない。熱がある気がする。頭を下げて動かない」


「他の村の動物は」


「まだ確認してない。今日気づいたから」


「わかった。ソラ、記録してる?」


「はい。全部記録しています」


「柳瀬先生に連絡を入れます。ノア、今から森の中を少し見てきてもらえる? 他の動物の様子を」


「それをしようとしてた」


「やっぱり」


ミオが、少しだけ口元をゆるめた。


「ノアが緊張してるとき、たいてい正しい方向を向いてる。注意深く見てきて」


◇


獣道を外れて、森の奥へ少し入った。


鳥の声を聞きながら歩く。いつもなら、木の上のあちこちから声が重なっている時間だ。でも今日は——少し、静かな気がした。


気のせいかもしれない。でも、気のせいかどうかを確かめるのが、観察だ。


しばらく歩いて、地面に目が行った。


木の根元に、小さな鳥が一羽、じっとしていた。逃げない。近づいても、羽を広げようとしない。目が、ぼんやりしている。


羊と、同じ目だ。


もう少し先へ進むと、また一羽。こちらは、横に倒れていた。生きているが、動かない。


ノアは膝をついて、近くで観察した。触れはしなかった。羽の状態。呼吸の速さ。足の向き。


「ソラ、見えてるか」


「見えています。記録しています」


「鳥が二羽、具合が悪い。羊と似た様子だ」


「美緒さんに伝えます」


立ち上がって、さらに奥へ進もうとして——足が止まった。


視線の先に、見慣れた草があった。アルダの森のそこかしこに生える、細い茎の草。


でも——色がおかしかった。


緑のはずの葉が、端から褐色になっている。枯れかけている。いや、何本かはもう完全に枯れていた。


「ネコタビ草だ」


独り言のように、声が出た。


ばあちゃんから聞いたことがある。ネコタビ草が枯れるときは、森の虫の具合が悪い。虫の具合が悪いときは、何か大きなことが起きている、と。


昔から言われていた言い伝えで、ばあちゃんも確かなことは分からないと言っていた。でも——羊が具合を悪くして、鳥が倒れて、ネコタビ草が枯れかけている。


三つが重なった。


「ソラ」


「はい」


「ネコタビ草が枯れかけてる。ミオに伝えてくれ」


「伝えます。——美緒さんが、すぐ話したいと言っています」


◇


境の樹まで戻って、枠を開いた。


ミオだけでなく、クドウも画面の前に来ていた。楓太も後ろに立っている。


「ネコタビ草というのは、どんな草か教えてほしい」


クドウが、すぐに聞いた。


「細い茎で、丸い葉が交互についてる。葉は明るい緑で、触るとざらざらしてる。村の近くの森にも生えてるけど、アルダの奥の方が多い」


「いつもの季節と比べて、枯れる時期が早いか」


「早い。今の時期に枯れるのは見たことがない。秋になってから枯れる草だ」


「ソラ、記録されてるか」


「はい」


クドウが、何かを書き留めていた。


「ノア、もう一つ聞く。その草は、今日見た場所以外にも生えてるか」


「生えてる。でも、全部確認はしてない」


「明日、できる範囲で見てきてくれ。どのあたりが枯れていて、どのあたりが枯れていないか」


「わかった」


「無理はするな。森の奥まで一人で入るな」


「わかってる」


ミオが、少し心配そうな顔で言った。


「ノア、今日の発見——羊も鳥もネコタビ草も——全部、つながってる気がする。柳瀬先生に連絡を入れたから、明日の朝には返事が来ると思う」


「ヤナガセは、こういう話がわかるのか」


「柳瀬先生は感染症の専門家だから。動物から病気が広がる話は、詳しいと思う」


ノアは、膝の上の箱を少し見た。


「水じゃないかもしれないと、来る途中から思ってた」


「なんでそう思った?」


「水源と濾過は、ちゃんと確認してる。異常がない。でも、何かがおかしいという感覚があった」


「その感覚が、大事だよ」


ミオが言った。


「ノアが『おかしい』と感じるとき、たいていおかしい。それは、ずっとそうだった」


「気のせいの可能性もある」


「でも、確かめたでしょ。気のせいかどうかを」


「うん」


「それが観察だよ」


◇


家に帰ると、ばあちゃんが夕食の支度をしていた。


コルソのじいさんが来た話を聞いたらしく、ノアが入るなり聞いてきた。


「羊の話、聞いた。森はどうだった」


「鳥も、具合が悪そうなのが二羽いた。ネコタビ草も、枯れかけてた」


ばあちゃんの手が、少し止まった。


「ネコタビ草が」


「うん」


「この時期に?」


「見たことない時期だよな」


ばあちゃんが、ゆっくり振り返った。


「昔、ネコタビ草が枯れたとき——村で大きな病が出たことがある。私が若いころの話だ。母から聞いたのか、自分で見たのか、もう混ざってしまってるけど」


「どんな病だったか、覚えてるか」


「熱が出て、体が痛くなる病だったと思う。何人か、寝込んだ。でも、みんな治った」


「治ったのか」


「治った。時間はかかったけど」


ばあちゃんが、また鍋の方を向いた。


「ソラに話しておいた方がいいな、その話を」


「今夜、聞かせてもらえるか」


「もちろん。——ノア」


「なに」


「怖いか」


ノアは少し考えた。


「少し。でも——気づいたのが早い。それだけは、よかったと思う」


ばあちゃんが、小さく頷いた。


「そうだね。気づいたなら、動ける。動けるなら、間に合う」


窓の外で、夕暮れの光が薄くなっていた。


翌日、コルソの子どもが「頭が痛い」と言いだした。


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