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異世界少年と謎の物体と研究室の仲間たち〜森で拾った箱の向こうは現代日本でした〜  作者: gachapin2223


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第26話 守るということ



眠れなかった。


眠れないのは、怖いからじゃなかった。答えを探していたからだ。


クドウの問いが、頭の中でずっと回っていた。


その箱を——誰かに奪われそうになったとき、お前はどうする。


箱を守るために戦うか。


そうじゃない気がした。ノアには剣もなければ、魔法もない。体の大きな大人が来れば、力ではどうにもならない。


逃げるか。


どこへ。森の奥へ持って逃げるのか。でも森に入られたら、境の樹の場所が知られる。


壊すか。


——それは、考えたくなかった。


◇


夜中すぎ、起き上がって台所へ行った。


箱を引き寄せて、蓋を少し開ける。


「ソラ、起きてるか」


「起きています」


「眠れなくて」


「クドウさんの問いを、考えていますか」


「うん」


ソラが、少し間を置いた。


「話しますか」


「聞いてほしい。答えは出てないけど」


「わかりました」


ノアは、考えながら話した。言葉にすることで、もう少し整理できる気がした。


「箱を守ることと、箱があることで誰かが傷つくこと——両方が怖い。どっちが怖いか、まだわからない」


「どういう意味ですか」


「箱を守ろうとして、誰かが傷つくかもしれない。ばあちゃんとか、ティナとか、村長とか。そうなったら——箱を守った意味がない」


「でも、箱を失うことも怖い」


「怖い。ミオたちと話せなくなる。ソラとも。それだけじゃなくて——これまで積み上げてきたものが、全部なくなる」


ノアは、膝の上の箱を見た。


「箱より、人の方が大事。それは、わかってる。でも——捨てたくない」


「その二つは、矛盾しないと思います」


ソラが、静かに言った。


「どういうことだ」


「箱より人が大事、だから人を守るために箱を捨てられる。でも、捨てたくない、だから守る方法を考える。両方、本当のことです」


ノアは、少し考えた。


「捨てたくないということは——守る理由があるということか」


「そう思います」


窓の外で、虫が鳴いていた。


夜が、少しずつ明けようとしていた。


「ソラ」


「はい」


「ありがとう。少し、整理できた気がする」


「眠れそうですか」


「もう少ししたら」


◇


翌朝、旅の薬師が村を出ていった。


ノアは家の窓から、その背中を見送った。馬の足音が遠ざかって、静かになった。


いなくなったのに、何かが残っている感じがした。


次は、もっと目的がはっきりした人間が来るかもしれない——村長の言葉が、また頭に浮かんだ。


「ノア」


ばあちゃんが、台所から呼んだ。


「クドウさんが来てるよ」


枠に明かりがある。クドウが映っていた。


「眠れたか」


「少し」


「顔色は悪くない。考えてたんだろ」


「うん」


「答えは出たか」


ノアは、椅子を引いて座った。


「出た。たぶん」


「聞かせろ」


「箱より、人の方が大事。だから——人を守るためなら、箱を手放せる。でも、そうなる前に、守る方法を全部考える。逃げることも、隠すことも、ごまかすことも含めて」


クドウが、黙っていた。


「戦わない、ということか」


「戦えない。力でどうにかできるとは思ってない。でも——戦う以外の方法を、全部使う。それが僕にできることだと思う」


「悪くない」


クドウが、短く言った。


「欲しかった答えとは少し違うが——お前らしい答えだ」


「欲しかった答えって、なんだったんだ」


「さあな」


クドウが、少し目を逸らした。


「俺も、正解を知ってるわけじゃない。ただ——お前が何も考えていないよりは、何かを考えておく方がいい。それだけだ」


「クドウ」


「なんだ」


「この箱を作ったのは、クドウだよな」


「そうだ」


「なんで作ったんだ。転送の研究をしたかったから、だけじゃないと思う」


クドウが、少し間を置いた。


ばあちゃんが、音を立てないようにして台所を出ていった。気を遣ってくれているのがわかった。


「俺がこれを作ったのは——転送技術を完成させたかったからだ。それは本当だ」


「うん」


「でも、今は違う意味で、作ってよかったと思ってる」


「どういう意味で」


クドウが、枠をまっすぐ見てきた。


「お前と繋がれたから、じゃない。この機械が——誰かの役に立てたから、だ。メルが助かった。ハンナさんの知識が記録された。村の水がきれいになった。機械を作った人間として、これ以上のことはない」


言葉が、少なかった。でも——だからこそ、重かった。


「クドウが作った機械が、ばあちゃんの知識を記録してる。それは、僕には作れなかったことだ」


「お前には作れないが、お前にしかできないことがある」


「なんだ」


「ハンナさんに話を聞けるのは、お前だけだ。村の植物を知っているのも、お前だけだ。俺たちがどれだけ機械を作っても、そこには届かない」


ノアは、少し黙った。


「お互いにしかできないことがある、ということか」


「そういうことだ」


「それが——一緒にやってる意味だな」


クドウが、短く頷いた。


何も言わなかったが、それで十分だった。


◇


「工藤さん、ノアと話してましたね」


楓太が、研究室に入ってきながら言った。


「ソラから聞いた。昨日の夜から、ずっと考えてたみたいで」


「当然だ」


工藤が、端末に向かいながら言った。


「あの問いは、簡単に答えが出るものじゃない」


「でも、出しましたね。一晩で」


「ノアはそういうやつだ」


楓太が、モニターを見た。画面の中で、ノアが肩掛け袋を担いで森へ向かっているところだった。昨日は出られなかった分、今日は早い。


「工藤さん、試作機を作ったこと、後悔してないですか」


「してない」


即答だった。


「こんなことになるとは思ってなかったけど——こんなことになって、よかったと思ってる」


「こんなこと、って」


「異世界に繋がって、あの少年と話すことになって、村の水がきれいになって、羊飼いのばあさんの知識が記録されてる——そういう全部が、想定外だった」


楓太が、少し笑った。


「想定外の方が、面白かったですね」


「研究なんて、大体そうだ」


工藤が、端末から顔を上げないまま言った。


「考えた通りになることより、考えてなかったことが起きる方が多い。それが嫌なら、研究者には向いてない」


楓太は頷いた。


モニターの中で、ノアが森に入っていった。木々の間に消えていく背中が、心なしか昨日より軽く見えた。


◇


森の中は、落ち着いた。


木の根を踏みながら、いつもの道を歩く。鳥の声がした。風が、葉を揺らした。


昨日は来られなかったから、一日ぶりだ。でも——森は変わっていなかった。当たり前のことだけど、それが少し嬉しかった。


境の樹の根元に着いて、袋を下ろした。


箱を取り出す前に、少しだけ樹を見上げた。


この樹の根元に、箱は現れた。偶然なのか、そうじゃないのか、まだわからない。でも——ここが始まりの場所だということは、変わらない。


「ソラ」


「おはようございます、ノア」


「ミオはいるか」


「います。呼びますか」


「頼む」


しばらくして、枠が明るくなった。ミオが、少し急いで来た顔をしていた。


「ノア、昨日一日来なかったから、心配してた」


「心配かけてごめん。旅の薬師のことは、ソラから聞いてると思うけど」


「聞いた。何事もなくてよかった」


「うん。——ミオ、一つ報告がある」


「なに?」


「クドウに問われたこと、考えた。答えが出た」


ミオが、少し真剣な顔になった。


「聞かせて」


「箱より、人の方が大事。だから人を守るためなら手放せる。でも、そうなる前に守れる方法を全部使う。それが答えだ」


ミオが、少しの間、黙っていた。


それから、やわらかく言った。


「ノアらしい答えだね」


「クドウも同じことを言ってた」


「そうだと思う」


ミオが、枠の向こうで少し笑った。


「私はね、ノアがそういう答えを出してくれてよかったと思う。箱を絶対に守る、じゃなくて——人が大事、だから考える、っていう順番で」


「順番が大事なのか」


「大事だと思う。何が一番大切かを知ってる人は、判断を間違えにくい」


ノアは、その言葉を少し考えた。


何が一番大切か。


それは、考えれば出てくるものじゃない。ずっと前から、知っていたことだ。ただ——言葉にするのに、一晩かかった。


「ミオ」


「うん」


「今日、ティナが畑を見に来る。昨日も来てたけど、僕がいなかったから」


「そっか。芽、出てるかな」


「まだ早い気がするけど、ティナが確かめたいって言ってた」


「そういう気持ち、わかる。種を撒いたら、毎日見たくなるよね」


ミオが、少し楽しそうに言った。


その顔を見ていたら、昨夜の重さが、少し軽くなった気がした。


◇


昼すぎ、ティナが来た。


「芽、出てた?」


「まだだと思う」


「見てみよう」


二人で家の裏に回った。


土の表面を、二人でしゃがんで覗き込んだ。


何もなかった。ただの土だった。


「やっぱり、まだか」


「当然だよ。撒いてから何日も経ってない」


「でも、見たくなるじゃない」


「そういうものか」


「そういうものだよ」


ティナが、土を少しだけ指でつついた。


「ねえ、ノア」


「なに」


「昨日、旅の薬師が来たでしょ。あれから、顔が少し変わった気がする」


「変わった?」


「なんか——落ち着いた。前より」


ノアは、少し考えた。


「考えたことがあった。夜に」


「なんの?」


「箱のことと、守ることと。いろいろ」


「答えは出た?」


「出た」


「教えて」


「人の方が、箱より大事」


ティナが、少し笑った。


「当然のことじゃない」


「当然のことを、ちゃんと確かめた。それが大事だったんだと思う」


ティナが、土から顔を上げた。


「そうだね。当然のことでも、確かめないと、いざというとき出てこないから」


「ティナ、それはどこで覚えたんだ」


「お母さんが言ってた。宿屋は、当たり前のことを当たり前にやり続ける仕事だって」


なるほど、と思った。


当たり前のことを確かめ続けることが、根を張るということなのかもしれない——種を撒いた朝にも、そう思った気がする。


◇


畑の土を眺めながら、ティナが急に立ち止まった。


「ねえ、ノア」


「なに」


「あそこの羊、様子が変じゃない?」


畑の先に、コルソのじいさんの羊の群れが見えた。


柵の外に、何頭かが群れから離れて、草も食べずに立っていた。元気なく、頭を下げたまま動かない。


ノアは、立ち上がった。


「何頭か、おかしい」


「病気かな」


「わからない。——コルソのじいさんに聞いてみる」


胸の中で、何かがひっかかった。


小さな、でも確かな、何かが。


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