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異世界少年と謎の物体と研究室の仲間たち〜森で拾った箱の向こうは現代日本でした〜  作者: gachapin2223


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第25話 よそ者

村長に呼ばれたのは、昼前のことだった。


「今日は森へ行くな」


それだけだった。理由は言わなかった。でも——村長が理由を言わないときは、たいてい、言えない理由がある。


「わかった」


「薬草の管理は家でできるか」


「できる。乾燥中のものがある」


「それをやっていろ。夕方になったら教える」


村長が戻っていった。


ノアは家に引き返した。


台所の棚に並んだ薬草の束を見ながら、外の音を聞いた。広場の方から、知らない声がした。荷物を下ろす音。ティナの母の宿屋の扉が開く音。


旅の人間が来た、ということだけは、わかった。


◇


ハンナばあちゃんが、昼すぎに出かけた。


「少し、話してくる人がいる」


「旅の薬師か」


ばあちゃんが、少し目を細めた。


「お前は賢いね。そう、薬師だよ。礼儀正しい人らしい。ティナの母さんが言ってた」


「会うのか?」


「同じ仕事の人間が来たなら、話さないのも不自然だよ。でも——聞かれたくないことは、聞かれないようにする」


「ばあちゃんが行くのか。僕じゃなくて」


「お前はここにいなさい」


ばあちゃんが、静かに言った。


「薬師見習いが話すより、薬師が話す方が自然だ。それに——お前の顔は、噂になってるかもしれない。私の顔は、なっていない」


なるほど、と思った。


ばあちゃんは、いつも考えてから動く。


◇


昼過ぎの家の中は、静かだった。


乾燥中のサルベ草をひっくり返しながら、ノアは箱の蓋を少し開けた。


「ソラ、聞こえるか」


「聞こえています」


「ミオはいるか」


「います。呼びますか」


「頼む」


しばらくして、ミオの声が来た。


「ノア、どうしたの? 森に来てないから気になってた」


「旅の薬師が来た。村長に、今日は外に出るなと言われてる」


「旅の薬師——どんな人か、わかる?」


「まだ会ってない。ばあちゃんが話しに行ってる」


枠の向こうで、クドウが椅子を引く音がした。


「ノア、そいつは噂を聞いて来たのか」


「わからない。でも、村長が警戒してる。それだけで、ある程度は想像できる」


「正解だ」


クドウが、静かに言った。


「こういうことが、これから増える。一人来れば、二人来る。二人来れば、十人来る。噂はそういうふうに動く」


「わかってる」


「わかってるだけじゃ足りない。どう動くか、決めておく必要がある」


ノアは少し考えた。


「村長とばあちゃんは、もう考えてると思う。今日のやり方を見てると」


「村長がいるのは、大きい」


ミオが言った。


「ノアが一人で判断しなくていい。村長がいて、ハンナさんがいて、ティナちゃんがいる。信頼できる人たちが、動いてくれてる」


「うん」


「私たちもいる」


その言葉が、すとんと落ちてきた。


いつも言ってくれる言葉なのに、いつ聞いても、ちゃんと届く。


◇


「美緒さん、ノアは落ち着いてますね」


楓太が、モニターを見ながら言った。


「うん。家の中で薬草の管理をしながら、ちゃんと状況を整理してる」


「昔のノアと違う」


「違うね」


美緒は、モニターの中のノアを見た。台所の棚の前に座って、乾燥中の葉の状態を確かめながら、時々ソラと言葉を交わしている。焦った様子がない。


「最初のころは、知らない人に怯えてたのに」


楓太が言った。


「今は、知らない人が来たら、どう動くかを考えてる」


「それが、育ってるってことですよね」


工藤が、端末から顔を上げずに言った。


「当然だ。一年前と同じなら、何も学んでいないことになる」


美緒は頷いた。


ノアは変わっていた。でも——変わったと感じさせないくらい、自然に変わっていた。それが、本当に変わったということなのかもしれない。


◇


夕方、ハンナばあちゃんが帰ってきた。


「どうだった」


「普通の人だよ。悪い人じゃない」


ばあちゃんが、椅子に座った。


「でも——噂は聞いてた。リント村に、不思議な薬を使う薬師がいると。それを確かめたくて立ち寄ったと、遠回しに言ってた」


「遠回しに」


「直接は聞かなかった。礼儀正しい人だから。でも、聞きたいことは透けて見えた」


「ばあちゃんは何て言ったんだ」


「うちの村は、薬草をよく使う村です、と言った。それだけ」


「それだけか」


「それだけで十分だよ。嘘をつかずに、答えない方法はある」


ノアは、少し考えた。


「その人は、何か言ってたか。他に」


「一つだけ、気になることを言ってた」


ばあちゃんが、少し声を落とした。


「治癒師を呼ばなくても病を収めた村がある、という話が、街でいくつか出ているって。リント村だけじゃない、と」


「他にも?」


「たぶん、全部同じ噂が形を変えて広まってるんだよ。でも——知らない人が聞けば、いくつもの村でそういうことが起きてると思う」


ノアは黙った。


噂というのは、人より先に歩く——そう思ったのは、ベルクが来た朝だった。でも噂は、走りもする。気がつけば、遠くまで行ってしまう。


「村長に話しておく」


「もう伝えた。今夜、うちに来ると言ってた」


◇


夜、村長が来た。


ティナも一緒だった。


「旅の薬師は、明朝出発する。今夜は宿に泊まるだけだ」


村長が言った。


「今回は何事もなかった。でも——次は、もっと目的がはっきりした人間が来るかもしれない。そのために、決めておきたいことがある」


「どういうことですか」


「ノアは、薬師見習いだ。それ以上でも、それ以下でもない。誰かに何かを聞かれたら、そう答えろ」


「わかった」


「薬の話を詳しく聞かれたら——ハンナに習ったと言え。嘘じゃない」


「嘘じゃない」


「知らないことは、知らないと言え。薬師見習いが全部知ってる必要はない」


村長が、テーブルの上で指を組んだ。


「箱については——見せない。話さない。存在を知っている者以外には、永遠に話さない。これは今も変わらない」


「わかってる」


「ノア」


村長が、まっすぐ見てきた。


「お前は、村の薬師見習いだ。それが全てだ。それ以外のことは、俺が守る」


言葉が、少し重かった。


村長は、こういうことを軽く言わない人だ。言ったなら、やる。


「ありがとうございます」


「礼はいらない。当然のことだ」


ティナが、横で小さく笑った。


「村長も、ばあちゃんも、ガルドさんも、みんな同じこと言うね」


「当然のことだから、当然そう言う」


村長が、珍しく少し語調をゆるめた。


◇


みんなが帰ったあと、台所に一人で座った。


箱の蓋を開ける。


「ソラ」


「はい」


「今夜、クドウはいるか」


「います」


「話したい」


しばらくして、枠に明かりが灯った。クドウの顔が映った。


「聞いてた」


「旅の薬師の話か」


「全部。ソラが音を拾ってた」


「ばあちゃんが、うまくかわしてくれた」


「ハンナさんは、頭がいい」


「うん」


クドウが、少し間を置いた。


「ノア、一つ聞いていいか」


「なに」


「その箱を——誰かに奪われそうになったとき、お前はどうする」


予想していなかった問いじゃなかった。でも、急に出てきたから、答えがすぐには出なかった。


「……今夜、考えてもいいか」


「考えろ。急がない。ただ——答えを持っておいた方がいい。いざというとき、迷わないために」


「わかった」


クドウが、頷いた。


「今夜はよく眠れ。旅の薬師は、明日には出る」


「うん」


枠の明かりが落ちた。


台所に、静けさが戻った。


ノアは、箱を膝の上に置いたまま、少し考えた。


奪われそうになったとき。


答えは、まだなかった。でも——考える価値がある問いだということは、わかった。


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