第24話 種を撒く
夜、台所のテーブルに箱を置いた。
ばあちゃんが、向かいの椅子に座った。今夜もソラとの話の時間だ。
「ソラ、今夜はスズカ草の採取時期から聞いていいか」
「はい。ハンナさん、よろしくお願いします」
「こちらこそ。どこから話せばいい?」
「スズカ草は、現在のサンプルが今の季節に採取されたものです。他の季節ではどうなりますか」
「スズカ草は、夏の終わりが一番香りが強くなる。葉が大きくなって、油分が増えるから——触ると手に匂いがつくくらいだよ」
「夏の終わり、ですか。今よりあとですね」
「うん。今の季節は、香りはあるけど、まだおとなしい」
「成分が変わると思いますか」
ばあちゃんが、少し考えた。
「変わると思う。今のうちに採ったものと、夏の終わりに採ったものとで、薬の効き方が違う気がしてた。確かめたことはなかったけれど」
「それが、向こうの分析でわかるかもしれませんね」
ノアがソラに言った。
「そうです。ハンナさんの経験と、分析の結果が合わされば、もっとはっきりします」
「じゃあ——夏の終わりに、もう一度送ればいいんだな」
「はい。採って送ってもらえると、比較ができます」
「わかった」
ばあちゃんが、湯呑みを包むように両手で持った。
「ソラ、一つ聞いていいかい」
「はい」
「向こうで、私の話したことはどういう形で残るんだい」
「音声の記録と、内容を整理したものの両方で保存しています。何十年分でも、残せます」
ばあちゃんが、少し黙った。
「そうか。……記録に残る、か」
「ハンナさんの知識は、とても大切なものです。記録しておけば、誰かの役に立てる日が来るかもしれない」
「私が死んでも、か」
ノアが「ばあちゃん」と言いかけた。でも、ばあちゃんは穏やかな顔をしていた。
「死ぬのは当然のことだよ、ノア」
「……うん」
「でも——残るものがあるなら、それはいいことだ」
ばあちゃんが、ソラに向かって言った。
「ソラ、よろしくね。私が話せるうちに、全部話しておきたい」
「はい。こちらこそ、よろしくお願いします」
ばあちゃんが、少し笑った。
「じゃあ、続けようか。スズカ草の次は、ヒリタ草の話をしよう。あれも、採取の仕方で大きく変わる」
「お願いします」
台所の灯りが、テーブルを照らしている。
外では虫が鳴いている。春から夏へと変わる、夜の音だ。
ばあちゃんが話し始めた。ソラが聞いていた。ノアも、一緒に聞いていた。
知識が、声になって、記録になっていく。それが——根を張るということなのかもしれない、とノアは思った。
◇
次の朝、種を撒いた。
ティナが早くから来ていて、もう土の準備を始めていた。
「早い」
「眠れなかった。楽しみで」
「種を撒くのが?」
「そう」
ノアは、昨夜ソラに確認した内容を頭の中で整理しながら、種の入った小さな袋を取り出した。
カブ。ニンジン。それからもう一種類、クドウが「これも試してみろ」と一言添えてきたもの——ソラが「葉を食べる植物です。苦みがある」と説明したもの。名前は教えてもらったが、ばあちゃんもティナも知らない野菜だった。
「こっちの世界に、ない植物かもしれない」
「じゃあ、名前がないね」
「育ってから、ばあちゃんに聞いてみる。似たものがあれば、それに近い名前をつければいいと思う」
「なければ?」
「そのとき考える」
ティナが、笑った。
間隔に気をつけながら、一粒ずつ穴を作って埋めていく。深さは指の第一関節まで——ソラが読み上げた説明の通りに。
全部埋め終えて、水をやった。
何もない土の表面になった。
「これで、いいんだよな」
「育ってみないとわからないけど——でも、ちゃんとやった」
ティナが、土を眺めながら言った。
「ちゃんとやったからって、うまくいくとは限らないけどね」
「そうだな」
「でも、ちゃんとやらなかったら、うまくいかない」
「……当たり前のことを言うな」
「当たり前のことが、一番大事なんだよ」
ティナが、立ち上がって土を払った。
その言葉が、なんとなく胸に残った。
当たり前のことを、当たり前にやり続ける。ばあちゃんがそうしてきたように。母がそうしていたように。
それが、根を張るということなのかもしれない。
◇
種を撒き終えた後、ティナとゆっくり歩きながら村の方へ戻っていった。
石畳の上に、朝の光が落ちている。
ふと、村の入口の方に目が行った。
「ティナ」
「うん?」
「あれ——」
村の入口の木の柵に、見慣れない馬が一頭、繋いであった。
村の馬じゃない。荷物の載っていない、旅馬の格好をしている。でも——行商人ではないようだった。
「誰か来てるのかな」
ティナが首をかしげた。
村長の家の方から、声がした。
知らない声だった。




