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異世界少年と謎の物体と研究室の仲間たち〜森で拾った箱の向こうは現代日本でした〜  作者: gachapin2223


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第22話 ヤナガセという人

夜、家に帰って箱を台所に置いた。


ミオが、向こうで別の誰かと話している声が聞こえた。知らない人の声だった。


「ミオ、誰か来てる?」


「あ、ノア。えっと——柳瀬先生が来てます」


「ヤナガセ?」


「メルのとき、相談した先生です。感染症の専門家で。今日、後でまた全部話すって言ってて——」


枠の向こうで、がたっと音がした。ミオの横に、別の顔が入ってきた。男の人だ。目の周りに付けているのは、ミオが言っていたメガネというやつだな。キョウジュと同じだ。


「この子か」


男の人が、真剣な顔で枠を覗いてきた。


「えっ——」


「ノア君と言ったね」


ソラが翻訳した。


「は、はい」


「私は柳瀬。黒川くんの古い友人だ。君のことは——聞いている」


ノアは、身が固まる感覚があった。


秘密を知っている人間が、また一人、増えた。


「全部、聞いてるんですか」


「全部じゃない。でも——メルちゃんのことは聞いた。水系感染症の治療に立ち会ったことも」


「立ち会ったって——向こうから、ですよね」


「向こうから、だ。でも——診断には十分だった」


ヤナガセが、目を細めた。


「感染症が水源由来だったこと。経口補水液と抗菌薬で対処したこと。その後、水源の除染と濾過の設置まで行ったこと。報告を受けている」


「ヤナガセは——怒ってますか」


「なぜ怒る」


「秘密にしてることに、巻き込んでしまったから」


ヤナガセが、少しの間、枠を見つめた。


「怒ってない。ただ——一つ、頼みがある」


「なんですか」


「これからも、何かあれば知らせてくれ。医療の判断が必要なときは、私を呼んでくれて構わない。一人で抱え込まなくていい」


「でも——ヤナガセに、迷惑が」


「迷惑は、かかってから言う」


ヤナガセが、短く笑った。


「後で全部話してもらう、と黒川くんに言ってある。その『全部』の中に、君のことも含まれていた。だから今日——来た」


枠の向こうで、クドウが静かに立っていた。フウタが複雑な顔でヤナガセを見ていた。


「ノア、怖かったら無理に答えなくていいですよ」


ミオが、横から言った。


「怖くはないです」


ノアは、一度深呼吸した。


「ありがとうございます、ヤナガセ。もしまた——誰かが、病気になったとき、頼んでいいですか」


「もちろんだ」


ヤナガセが、頷いた。


「それから——君の村の水の話。詳しく聞かせてもらえるか。感染症の予防という観点から、参考にしたいことがある」


「わかりました。できることを話します」




◇




「柳瀬先生が、ちゃんとノアと話してくれた」


楓太が言った。


「想定内だ」


工藤が、腕を組んだ。


「先生は——最初からこうするつもりだったと思う。話を聞いた時点で、ただの傍観者には戻れないと、わかってた人だ」


「専門家が一人、味方についた」


美緒は、モニターを見た。


柳瀬先生がノアに質問していた。水源の場所、汚染の経緯、村の人口、これまでどんな病気が出ていたか。ノアが答えていた。丁寧に、順番に。


「ノアは——話すのが上手くなってきましたね」


楓太が言った。


「昔は、言葉を探しながら、でしたけど。最近は、自分の言葉で、順番に話せてる」


「情報の整理の仕方が身についてきた」


「そうですね」


美緒は頷いた。


ソラとの会話が、毎日積み重なっている。研究室の人間と話すことで、「何を伝えると相手に伝わるか」を、ノアは少しずつ学んでいる。


知識だけじゃなくて——考え方が、変わってきている。




◇




ヤナガセが帰ったあと、ミオと少し話した。


「ヤナガセが来たこと、びっくりしました?」


「少し」


「ごめんなさい。突然だったから」


「いえ——来てくれてよかったと思う」


「そう思ってくれる?」


「うん。ヤナガセのこと、ちゃんと知りたかった。声を聞けてよかった」


ミオが、少しほっとした顔をした。


「ヤナガセは、信頼できる人ですよ。黒川先生の長年の友人で——感染症のことを、誰よりも真剣に考えてる人だと思います」


「さっきの話、聞いてて思ったんだけど」


「うん」


「ヤナガセが怒らなかったのは——メルが助かったから、じゃないと思う」


「うん?」


「正しいことをしたから、だと思う。秘密にすることが大事だとわかって、それでも命を優先した。それが——正しかったから」


ミオが、少し驚いた顔をした。


それから、やわらかく笑った。


「ノア、そういうこと、ちゃんと考えてたんですね」


「あの夜は、ずっと怖かったから。後で、なんでうまくいったのかを考えてた」


「なるほど」


「答えは出ないけど——正しいことをした人のそばには、正しい人が集まってくる気がした」


ミオが、少し間を置いた。


「私も、そう思います」




外が暗くなってきていた。


境の樹が、夜風に揺れていた。


「明日、ハンナさんに聞きたいことがあります。スズカ草の採取時期について」


「伝えておく」


「よろしくお願いします」


「ミオ」


「うん?」


「今日、噂のことを心配してたけど——ヤナガセと話して、少し落ち着いた」


「どうして?」


「一人で抱えなくていいって、ヤナガセが言ってくれたから。それは——ミオたちも、ずっと言ってくれてたことだけど。知らない人にも言ってもらえると——もっと、本当だと思えた」


ミオが、目を細めた。


「一人じゃないよ、ノア。ここに、ちゃんといるから」


「うん」


夜の森に、虫の声が戻ってきていた。


季節が、少しずつ動いていた。


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