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異世界少年と謎の物体と研究室の仲間たち〜森で拾った箱の向こうは現代日本でした〜  作者: gachapin2223


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20/102

第20話 少年の居場所

朝、ガルドさんが来た。


扉を叩く音がして、出てみると、大きな手に革の塊を持って立っていた。


「ノア。少し、いいか」


「はい」


「これを——受け取ってくれ」


差し出されたのは、茶色い革でできた、肩掛けの袋だった。


蓋がついていて、中に布が張ってある。縫い目が細かくて、丁寧だった。馬具職人の、仕事の顔だった。


「箱を入れるものだ。サイズは、ハンナさんに聞いた」


「……」


「メルを、ありがとう」


ガルドさんの声が、低くなった。


「俺は——お前を、ひどく邪険にした。扉を閉めた。出来損ないの言うことを聞かなかった。それは、変わらん事実だ」


「ガルドさん——」


「詫びを言いたいわけじゃない。詫びだけじゃ、足りないから」


ガルドさんが、袋をノアの手に押しつけた。


「馬具職人にできることは、これくらいだ。使ってくれ」


 


箱を入れてみると、ぴったりだった。


高さも、幅も、奥行きも——ちょうど。革の蓋を閉めると、外からは何が入っているかわからない。肩に掛けると、両手が空く。


「ソラ」


蓋を少し開けて、話しかけた。


「聞こえますか」


「聞こえています。ノア、今の袋——外から見てもわかりませんね」


「うん。ガルドさんが作ってくれた」


「ダグさんのお父さんが」


「うん」


しばらく、間があった。


「よかったですね」


ソラが、穏やかに言った。


言葉は短い。でも——その短さの中に、何かがあった。


「うん。よかった」


 


◇


 


「ノア、箱を家に持って帰ることにしたんですね」


村長に話してから三日後、美緒がモニターを見ながら言った。


「洞に置いておくより、安全だと思って。ばあちゃんも、知っているし」


「それは正しい判断だと思います。何かあれば、すぐに話せますし」


「ガルドさんが袋を作ってくれたから、持ち運びも楽になった」


工藤が端末から顔を上げた。


「外から見てわからない、か。それはいい」


「目立ちたくない」


「当然だ。好奇心を持つ人間が増えてきたからな」


「村に、ですか?」


「メルの件が広まっている。遠くの知恵者の薬、という話が一人歩きし始めているとソラが記録していた」


楓太が、少し眉を寄せた。


「ノアが気をつけないといけない場面が増えてきますね」


「そうだ。でも——今日は、別の話をしよう」


美緒が、画面に向き直った。


「ハンナさんが、今日から一緒に話してくれると聞いています」


 


◇


 


夜、台所のテーブルに、箱を置いた。


蓋を開けると、枠に明かりが灯った。ミオが、こちらを見ていた。


ハンナばあちゃんが、向かいに座った。


「ハンナさん、こんばんは」


ミオが言った。ソラが翻訳した言葉が、台所に流れる。


「こんばんは。今日は、お願いがあって」


「はい。ソラから聞いています。薬草の知識を、一緒に整理したいと」


「そうです。ノアから話は聞いていたけれど——私が直接、話したほうが早いと思って」


ミオが、嬉しそうに頷いた。


「ぜひ。ハンナさんの知識を、ソラが記録させてもらっていいですか」


「構いません。何を聞きたい?」


「まず——サルベ草から教えてもらえますか。ノアが送ってくれたものを分析しましたが、採取の季節や、乾燥の仕方で成分が変わるかどうかを知りたくて」


ハンナばあちゃんが、少し目を細めた。


「よく気づいた。変わるよ。秋の根と、春の葉では、効き方が違う」


「どう違いますか」


「春の葉は、傷の膿を出す力が強い。秋の根は、痛みを鎮める力が長続きする。うちではずっと、使い分けてきた」


枠の奥で、クドウが何かを叩き始めた。フウタが前のめりになっていた。


「それは——採取の記録として残してもらえますか」


「ソラが記録してくれるんでしょ?」


「はい。今もしています」


「じゃあ、話すよ。サルベ草だけじゃなくて、他のものも」


ばあちゃんが、椅子に座り直した。


長い話になる、という顔だった。


 


◇


 


「工藤さん、見てください、このデータ」


楓太が端末を持って来た。


「ハンナさんが話してくれた採取時期と成分の関係——こちらで分析していたサルベ草の季節ごとのサンプルと、完全に一致しています」


「経験則が、分析と一致した」


「何十年分の観察が、データになってる」


工藤は、しばらく端末を見ていた。


「ハンナさんは、何年この村で薬師をしていると言っていたか」


「四十年以上だそうです」


「……四十年分の観察を、一晩で記録できる」


美緒は、モニターを見た。


台所のテーブルで、ハンナが話し、ノアが時々補足し、ソラが翻訳して記録している。枠越しに、美緒たちも聞いている。


「ソラがいれば、研究者が起きていなくても、記録は続けられる」


「そうです。時差も、睡眠も関係ない」


楓太が言った。


「ハンナさんが話せるとき、ソラがいる。それだけでいい」


美緒は静かに頷いた。


二つの世界を繋いでいるのは、箱だけじゃない。ソラという、眠らない記録者がいる。それがどれほど大きなことか——今夜、改めて実感した。


 


◇


 


二刻ほど話し続けて、ばあちゃんが湯呑みを置いた。


「今夜はこのくらいにしようか。続きはまた今度」


「ありがとうございました、ハンナさん」


ミオの声が、心から言っているように聞こえた。


「いいえ。私の知識も、こうして整理されるなら——無駄にならない」


「無駄なんかじゃありませんでした。最初から」


「そうかもしれないね。でも——確かめてもらえると、安心するよ」


ばあちゃんが、枠をじっと見た。


「ミオさん。ノアをよろしくね」


「もちろんです」


「この子は——長いこと、一人だった。それが、今は一人じゃない。あなたたちのおかげで」


「私たちも、ノアのおかげです」


「お互いさま、か」


ばあちゃんが、笑った。


枠の向こうでも、ミオが笑っていた。


 


◇


 


翌日の昼、ティナが来た。


「ねえ、袋! かわいくない?」


革の肩掛け袋を、ティナがじろじろと眺めた。


「ガルドさんが作ってくれた」


「いい仕事だ。触っていい?」


「どうぞ」


ティナが袋を手に取って、縫い目を確かめた。


「丈夫そう。これなら森でも安心だね」


「うん。両手が空くから、草を採りながらでも動ける」


「箱、今は家に置いてるんだよね」


「うん。洞に隠しておく必要も、なくなったから」


「村長が守るって言ったし」


「そう」


ティナが、袋をそっと返した。


「なんか——ちゃんとしてきたね」


「ちゃんと?」


「前は、全部こっそりだったじゃない。森で隠れて、誰にも言えなくて。それが今は——村長も知ってて、ばあちゃんも一緒に話してて」


「そうだな」


「ノアって、最初からそういうふうになれると思ってたよ。私は」


「……なんで」


「なんとなく」


ティナが、にっと笑った。


「逃げなかったでしょ、あの日。箱を見ても」


「怖かったけど」


「怖くても逃げない人は、たいてい、ちゃんとなるんだよ」


根拠のない話だと思った。でも——なんとなく、ティナが言うと信じられた。


 


その夜、ノアは家の灯りの下で箱を開いた。


ミオたちはいない時間だった。でも——ソラはいた。


「ソラ、昨夜のばあちゃんの話、全部記録できてた?」


「はい。音声も、センサーのデータも、全て残っています。美緒さんたちが起きたら、整理して共有します」


「ばあちゃん、また話したいって言ってた」


「嬉しいです。ハンナさんの知識は、私たちにとってもとても大切なものです」


「ソラは、ミオたちがいない時間も、ずっとここにいるんだよな」


「います。眠りませんから」


「じゃあ——少し話してもいいか」


「もちろんです」


ノアは、椅子に座り直した。


台所の灯りが、テーブルを照らしている。箱が、その上に静かに置いてある。革の袋から出してあるから、枠がよく見える。


「ソラ、僕はここにいていいんだと思う」


「どうして、今夜そう思ったんですか」


「ばあちゃんが話してくれた。村長が守ると言ってくれた。ティナが——逃げなかったから、ちゃんとなると思ってたって」


「みんなが、言葉にしてくれた」


「うん。言葉にしてもらうまで、わからなかった」


「人は、誰かに言葉にしてもらって、初めてわかることがありますからね」


「ソラも、そう思う?」


「私は——ノアを最初から見ていたので、ずっと思っていました。でも、言うタイミングを待っていました」


「なんで」


「ノアが、自分でそう感じるまで、待ちたかったから」


ノアは、しばらく黙っていた。


台所の窓から、夜風が入ってきた。


「ありがとう、ソラ」


「どういたしまして」


「明日、ミオたちが来たら——濾過の水を一週間後に確かめるって、伝えておいて」


「伝えます」


「おやすみ」


「おやすみなさい、ノア」


 


◇


 


三日後、ティナが広場から駆けてきた。


「ノア! ちょっと来て」


急いでいる顔だった。


広場の端に、荷馬車が一台止まっていた。行商人だ。月に一度くらい、遠くの街から来る。


「何が——」


「聞いてた。あの行商人、誰かと話してた」


ティナが、声を落とした。


行商人が、村の老人と話しているのが見えた。陽気な声で、荷物を広げながら。


「……リント村に、すごい薬使いの少年がいるって聞いたんだが」


老人が、首をかしげている。


「治癒師も来ていないのに、死にかけの子どもを救ったと——街では、そういう噂が出始めてるんだが」


ノアの足が、止まった。


街で、噂が出ている。


「ノア」


ティナが、小声で言った。


「まずい?」


「……わからない。でも」


手の中の革の袋が、少し重く感じた。


「村長に、話さないといけない」


村の外へ。


噂は、もう、出ていた。

第一部、完。


第一部を読んでくださったこと、本当にありがとうございます。

★評価やフォローをしていただけると、書き続ける力になります。まだしてくださっていない方、ここが一区切りの今こそ——よろしければ、ぽちっとしていただけたら嬉しいです。


次は、第二部でお会いしましょう。

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