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異世界少年と謎の物体と研究室の仲間たち〜森で拾った箱の向こうは現代日本でした〜  作者: gachapin2223


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第18話 村の秘密

村長の家は、広場の北側にある。


石造りの、一番大きな建物だ。村で生まれた子はみんな、一度はあの扉に緊張する。鑑定の儀のとき、税の申告のとき、何か悪いことをして呼び出されたとき——。


今日の僕も、緊張していた。でも——来るまで感じていた恐さとは、少し違った。


逃げるつもりで歩いているのか、向かうつもりで歩いているのか。今日の僕は、確かに向かっている。


「ノア」


ハンナばあちゃんが、隣を歩きながら言った。


「今日は、私も一緒に話すよ」


「うん」


「お前だけに言わせない。薬師として、私も責任を持つ」


「ありがとう、ばあちゃん」


「礼を言わなくていい。当たり前のことをするだけだよ」


ばあちゃんの足取りは、いつもよりしっかりしていた。関節が痛むはずなのに、それを感じさせない歩き方だった。


広場の向こうに、ティナが立っていた。


それから——ダグが。ガルドさんとエーラさんも、一緒にいた。


「なんで——」


「村長に話すなら、受け取った側も一緒にいるべきだと思って」


ティナが言った。


「ガルドさんたちも、知る権利があるって。箱のことを」


ダグが、目をそらしながら腕を組んだ。


「俺は……メルの件で、もう半分知ってるようなもんだからな」


ガルドさんが、静かに頭を下げた。


「ノア。一緒に話を聞かせてくれないか」


「……わかった」


六人で、村長の家の扉を叩いた。


◇


村長は、六十を超えた年配の男だ。


白髪交じりの短い髪。日に焼けた顔。表情をほとんど変えない。この村で生まれ、この村で育ち、この村のために生きてきた人間の顔をしている。


「座れ」


短く言って、自分も椅子を引いた。


全員が座ると、村長はノアを見た。


「話してくれ。順番通りに」


その目が、責めていないことはわかった。でも、探っていることもわかった。現実主義者。嘘を嫌う。おかしいと思ったことは、必ず調べる。


ノアは、息を吸った。


「一月ほど前に、森で箱を拾いました。境の樹の根元に落ちていた。見たことのない、黒い箱です」


「うん」


「触れたら、光が走って、声が聞こえた。動く絵の中に、人が映っていた」


村長の眉が、わずかに動いた。


「人?」


「はい。遠い場所の——たぶん、とても遠い場所の——人たちです。魔法のない世界の、研究者だと言っています」


「魔法のない世界」


村長が繰り返した。


信じていない声ではなかった。ただ、確かめている声だった。


「言葉が違うので、最初は話せませんでした。でも——箱の中に、翻訳をしてくれるものがあって、今は少し話せます」


「メルの薬も、そこから来た?」


「はい」


「ハンナ」


村長が、ばあちゃんを見た。


「薬は、本物だったか」


「本物です。私が見て、判断して、使いました」


村長は少しの間、黙っていた。


「その箱を、見せてもらえるか」


◇


「ノアが村長に話している」


楓太が、モニターを見ながら言った。


「ソラが音声を拾っています。今のところ——ノアは順番通りに、落ち着いて話しています」


「緊張しているのに、落ち着いて話せる子だ」


工藤が、低い声で言った。


美緒はモニターから目を離さなかった。


村長の家の中が、ぼんやりと映っている。ノアが箱を持って、石造りの建物の前に立っている。建物の中はカメラの角度からはよく見えないが、複数の声が聞こえた。


「準備はできてます」


楓太が、椅子を引き寄せながら言った。


「いつ呼ばれてもいいように」


「普通にしていろ。特別なことをする必要はない」


工藤が言った。


「あちらから見れば、私たちがここにいる——それだけで十分だ」


美緒は頷いた。


何百光年分もの距離かもしれない。言葉も、重力も、夜空の星の並びも違う。それでも——この画面一枚を通じて、繋がっている。


今日は、その繋がりを、新しい人に見せる日だ。


◇


村長の家の前まで戻って、箱を取り出した。


手のひらを表面に当てる。光が走った。


枠が開いた。


ミオが、真剣な顔でこちらを見ていた。その後ろにクドウ、フウタ、そして——目の周りに何かを付けた老人の顔も見えた。


全員が、揃っていた。


「村長」


僕は、枠を村長の方へ向けた。


「この人たちです」


村長が、前に出てきた。


枠の中を、じっと見た。


ミオが、頭を下げた。静かに、丁寧に。


「はじめまして」


ソラが翻訳した言葉が、空気に流れた。


村長は動かなかった。


何秒か——沈黙があった。


それから、村長が口を開いた。


「……お前たちは、どこにいる」


「遠い場所です」


ソラが翻訳する。


ミオが、少し考えてから答えた。


「どのくらい遠いかは、私たちにもまだわかりません。でも——ノアが信頼してくれたから、こうして話せています」


村長が、ノアを見た。


「こいつらが、メルを救った薬を寄越したのか」


「はい」


「なぜだ」


「ノアが……こちらのことをよく知っていて、話してくれたからです。メルのことも、コラルのことも、村の水のことも。私たちは、できることをしたかった」


村長が、また枠の中を見た。


ミオの目を、クドウの顔を、フウタの様子を、老人の表情を——ひとつずつ、確かめるように。


現実主義者の目が、静かに動いていた。


「……ハンナ」


「はい」


「この者たちは、信じていいか」


ばあちゃんが、迷わず答えた。


「私は信じています。ノアの目を長年見てきたから。この子が信じるものを——私は疑わない」


村長は、長い間、黙っていた。


誰も、何も言わなかった。


ガルドさんが、妻の手を握った。ダグが、唇をかんで前を向いた。ティナが、息を殺して立っていた。


村長が、ゆっくりと顎を引いた。


「……わかった」


◇


「今、村長が頷いた」


楓太が、小声で言った。


美緒は息を詰めたまま、モニターを見た。


ノアが、箱を持ったまま立っている。村長が、何かを言っている。ソラが翻訳を拾っていた。


「これは——村の秘密だ」


村長の声が、低く、静かに響いた。


「外に漏らすな。家族にも、旅人にも、誰にも言うな。死んでも守らねばならん」


全員が、黙って頷いた。


「この箱は、ノアが管理する。誰かに取り上げられそうになったとき、俺に言え。村長として、守る」


ノアが、小さく頷いた。


「それから——」


村長が、ノアを見た。


「ノア。今日から、お前をハンナの薬師見習いとして、村の帳簿に記す」


静かな声だった。でも——その言葉の重さが、部屋の中に満ちた。


「村の薬師見習い、とは——」


「一人前の扱いだ。村の仕事に参加できる。薬草の管理も、お前の責任になる。それだけの働きをしたと、俺は判断した」


ダグが、目をそらした。でも——その耳が、赤くなっているのが見えた。


◇


「聞こえましたか、工藤さん」


楓太の声が震えていた。


「聞こえた」


工藤が、静かに言った。


「薬師見習い。正式に、認められた」


美緒は、目の奥が熱くなるのを感じた。


モニターの中で、ノアが立っている。表情は変わっていない。でも——背筋が、少し、伸びていた。


「よかった」


美緒は、声に出した。


誰に言うでもなく。でも——ちゃんと、届いてほしいと思いながら。


◇


帰り道、ティナが隣を歩いていた。


「ノア、聞いた? 薬師見習いだって」


「聞こえてた」


「すごくない? あの村長が、正式に認めたんだよ」


「……うん」


「もっと喜べばいいのに」


「嬉しくないわけじゃない。ただ——」


言葉が、すぐには出てこなかった。


ティナが、少し待ってくれた。


「なんか、実感がない。村長に認められることを、ずっと夢に見てたわけじゃないから」


「じゃあ、なんのために頑張ってたの?」


「ばあちゃんの手を、楽にしたかった。コラルが、またお腹を壊さないようにしたかった。メルに——生きてほしかった」


「それが全部、繋がったんじゃない」


「……そうかもしれない」


ティナが、空を見上げた。


夕暮れが近い。橙色の光が、村の屋根を染めている。


「ミオたちには、話した?」


「あとで話す」


「喜ぶと思うよ」


「うん」


境の樹の方角を見た。


あの洞の中に、箱がある。今夜、声をかけたら——ミオが出てくる。ソラが答えてくれる。フウタがうるさく騒いで、クドウが黙って頷いて、老人が静かに微笑む。


それが——当たり前になっていた。


「ノア」


ティナが、真剣な顔で言った。


「これから、もっと大変になるかもしれないよ。薬師見習いって、責任があるでしょ」


「そうだな」


「怖くない?」


「怖い。でも——一人じゃないから」


ティナが、笑った。


「そうだね。一人じゃないね」


夜、箱の前に座った。


光が走って、枠が開く。ミオが、こちらを見た。


「ノア。今日、どうだった?」


「村長に、認められた」


ミオの目が、大きくなった。


「薬師見習いとして、村の帳簿に記してもらった」


「……ほんとうに?」


「うん」


枠の向こうで、フウタが何かを叫んだ。クドウが黙って立ち上がった。ミオが、口に手を当てた。


「よかった。ノア——ほんとうに、よかった」


「ミオたちのおかげだ」


「違う。ノアがやったことだ」


「……半分ずつ、だよ」


ミオが、少し笑った。


「そうだね。半分ずつ」


風が、境の樹を揺らした。


葉が、さわさわと鳴った。


「ソラ」


「はい、ノア」


「僕、ここにいていいんだな」


少しの間があった。


「最初から、いていいんです」


ソラが、静かに答えた。


「ノアは、ずっとここにいていい」


夜の森に、星が出ていた。


あちらの世界とは違う、知らない並び方の星が——でも、同じ夜に輝いている。

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