第9話 ナマズ大将
大岩を離れ、煉瓦の道沿いをすこし進む。しばらくすると人が作ったと思われる広めの道があった。遠くに冒険者たちが歩いていく姿がみえた。
「彼らについていけば、たどり着けそうだね」
冒険者の後を追っていくと、洞窟の入り口についた。洞窟前は開けた場所となっていた。洞窟の入り口前には衛兵が二人。その手前に何組かの冒険者がいた。
洞窟から一組の冒険者が出てきた。胸を押さえながらうなだれている男が、肩を借りながら歩いている。衛兵が手助けをして入り口横に寝かせていた。
「あれは魔素にやられてるな。どうする? 魔物は大した奴がいないって話だけど、あの感じじゃあな。魔素の薄いところはほとんど魔石は残ってないって話だぞ」冒険者のパーティーが話しているのが聞こえてきた。
カイルたちが倒れている人に近寄ろうとすると衛兵が近づいてきた。
「君たち、ここは危ないから近寄らないように。子供がこんなとこに来てはいけないよ」衛兵はやさしい声で言った。
「私、ポーションを持ってるのであの人のところに行っていいですか」エレナが聞いた。
「そうか……そういうことならどうぞ」
エレナは倒れている人のもとに向かった。カイルはチャンスとばかりに衛兵に話しかけた。
「実は、自分たちは近くに住んでいる者なんですが、最近ここに人が良く集まるという話を聞いて、弁当の販売でもしようかな?と思って見に来ました」
「そうか、それは助かる。ルナフォールから近いとはいえ私たちも毎日の食事を用意するのが大変だったところなんだよ」
「毎日どのくらいの冒険者がくるんですか?」
「最近は五、六組くらいくればいいほうだけど、先月まではもっといっぱいいたな」
「でも、魔石をもって出てくるパーティーはほとんどいなくなった。持ってきてもお目当ての魔石じゃないな」
「お目当ての魔石ですか?」
「そうだよ。黒い魔石なんだが、魔石の中がきらきら輝いてるんだ。あんな魔石は自分も初めて見たよ」
「そうなんですか。ありがとうございます。僕もちょっと向こうの様子をみてきます」そう言ってカイルはエレナのほうに向かった。
「ありがとう……急に体調が良くなった。すごいなこのポーション。全然まずくないし、いや、むしろ美味い。効き目もすごい」
「お嬢ちゃん、ありがとう。ポーション切らしてたから助かったよ」肩を貸していたガタイのいい男のほうが言った。
「いえ、たまたま持ってただけなので、治ってよかったです」
倒れていた男が、空になった瓶を手の中で回した。
「……これ、どこで手に入れたんだい」
「えっと……知り合いから」男はしばらく瓶をみていた。
「……そうか」それ以上は聞かなかった。
エレナが話しているとカイルが追いついた。
「エレナ、大丈夫だった?」
「エレナさんというのか、君はこの子の連れかい? ありがとう。もう体調は大丈夫だよ」倒れていた男のほうが言った。
「すまない。まだ名前を名乗ってなかったね」泥を払うと、詰襟に銀の留め具が並ぶ上衣が覗いた。
「私はストール、こっちのほうは、グラスといいます」
「はじめまして、カイルと言います。こっちはエレナです。お二方は、やはり魔石を取りに来たんですか?」
「ええ、そうです。自分たちはルナフォールの商人ギルドの者なんですが、黒い魔石を求めてきました……でも、慣れないことはするもんじゃないですね。全然だめでした」
「たぶん、もう黒い魔石はとれる範囲は全部取られたんじゃないかな」グラスは言った。
「あれより奥は、魔素が弱くなってからでないと無理ですね」ストールはそう言い、カイルたちのほうを向いた。
「お二方、もし機会があればルナフォールの商人ギルドまで来てください。いまは何も持っていませんが、必ずお礼いたします」
そう言われ、二人と別れた。少し歩いてから振り返るとストールはこちらを見ていた。目が合うと、軽く手を上げた。
――商人ギルドのお礼か……こりゃ楽しみだ。
カイルたちは正面入り口は無理そうなので、計画通り裏口に回ることにした。
迂回するルートは沼地があるという話だった。おそらく魔素の強い沼地だろうと思う。ルナフォールで聞いた話では、東の洞窟は、もともとは鉱山で、百年前の大地震で魔素と沼地が増え、廃坑となった場所らしい。カイルは防魔素マスク以外は、これという対策を考えていなかった
――とりあえず行ってみよう。
やがて、じめじめとした空気と腐敗臭があたりを包むようになった。
――ここは泥底村ほど浄化されていないな。
カイルが考えながら歩いていると沼地が見えてきた。沼地に近づくにつれ、息が苦しくなってきた。
「防魔素マスクを着けよう。息が苦しくなってきた」
「え、私は全然大丈夫よ」
予想はしていたが、エレナはピンピンしている。やはり、なんらかの形で魔素を浄化しているのだろう。
「エレナは歩く浄化装置みたいなものだからな。でも万が一を考えて防魔素マスクをつけておいてね」
「なに浄化装置って。失礼ね」と言いながらも、マスクを着けてくれた。
沼地に着くと、二人は呆然とした。大きな沼地だった。
「これは、参ったな。とてもじゃないが渡れない」
「カイル……私を背負って渡って……」
カイルは沼を見た。それからエレナを見た。
「いや無理、沈んじゃいます。……ん?……エレナを沼地に漬けとけば勝手に浄化するかも……」
「……すまんな、エレナ」真顔でエレナの肩に手を置いた。
「なに言ってるのよ。絶対にイヤ」
しょうもない会話をしていると、ふとテオの言葉を思い出した。
「二つの入り口、沼地とナマズ大将」
「ナマズ大将ってなに?」
「知らない。テオが言ってた」
そのとき、沼の遠くが泡立ちはじめ、急に泥が盛り上がった。
泥にまみれた大きな巨体が姿を現した。カイルはあまりの大きさに腰をぬかして倒れこんだ。
「おまえら、浄化の力、もってるな」巨大な生き物は声を発した。その声は子供のような高い声で逆に怖さを半減させた。
二人はあっけにとられて動けなかった。エレナは立ちながら震えている。
――浄化の力?
カイルは必死に考えをめぐらし、立ち上がって答えた。
「え、えっと、じょ、浄化の力ですか?」
「わしはナマズ大将。浄化の力、ほしい。わしはずっとみていた。大岩で、そこの女が浄化した」
「えぇ、ど、どういうことでしょうか?」
「そこの女、大岩をふれた、浄化した。あいつが寝返りうった。いずれみつかる」
「あいつ、おまえらを狙う。そのまえに浄化のちから、ほしい」
カイルは少し冷静さを取り戻した。話が通じる相手のようだ。
「なぜ、浄化の力が欲しいんですか?」
ナマズ大将は、しばらく黙っていた。
「昔、たくさんいた」
「……たくさん?」
「なかま、沼、たくさんいた」
泥がゆっくり波打った。
「泥がきた、よごれた泥、百年まえ」
「しんだ、にげた、のこったのわしだけ」
カイルは真剣な表情で黙った。
「わし、大将。大将、待つ。みんな戻る場所、つくる」
エレナが横で涙を流している。
カイルは沼をみた。誰もいない、広い沼。なぜか泥底村を思い出した。
理由は分からなかった。
「……沼を浄めればいいんですね」
「そうだ」
「わかりました。一度には無理です」
「……」
「でも、少しずつなら、それに魔素も徐々に空気に吸収されますから」
「エレナ、月一回くらいなら来れるよね」
「うん、ナマズ大将さん、私、お手伝いします」
「おまえたち、いい人間。大将の子分にしてやる」
――ナマズ大将の子分とはいったい何なのか……とりあえず、先に進まないと……
「大将、沼地を渡りたいんですが、どうすればいいですか」
「ん? かんたん、大将のうえ、乗れ」
そういうと、大将が頭を近づけてきた。人が六人は座れそうな、平たい頭だった。
「乗れ」
――乗れって、頭泥だらけじゃん……
「ちょっと待ってね。ウォーター」泥が流され、灰色の肌が現れた。
「ヒール」淡い光が宿り、ナマズ大将の頭の一部が綺麗になった。
「カイル、乗りましょう」




