第10話 紫色の血
ナマズ大将は沼地をゆっくり進んだ。魔素が強く生物はいないようだった。大将の頭の上はぶつぶつが細かくあり、滑らなかった。意外に座りやすい。しばらく行くと左手に三方を木の枠で囲まれた四角い坑道の入り口らしきものが見えてきた。
「あれじゃない」エレナが指をさしていった。
「うん、あれだ。大将! あの四角い穴のところまでおねがい」
「わかった」ナマズ大将はそういい、穴の前まで移動した。
ズサッ、ズサッ……地面に足をのせると魔素を含んだ枯れ葉で足が沈んだ。
「ありがとう」カイルとエレナがお礼を言った。
「わし、しばらく、まってる」
「うん、大将さん、帰りもお願いね」エレナが優しく言った。
「まかせておけ、まってる」といって沼へもぐり始めた。
少し嬉しそうにみえた。エレナの魅力は大将にも通じているようだった。
入り口から中に入ると、トロッコの線路があり、三方枠の支柱が等間隔で作られていた。持ってきておいた魔道ランタンに火を灯して前に進んだ。しばらく進むと入り口からの光はなくなりランタンの灯りだけになった。あたりが静けさに包まれた。
ピチャ、ピチャ、トス、トス、水滴の音とカイルたちの足音がこだましはじめた。
「カイル、なんだか、怖い」エレナはカイルの服をつかんだ。
「うん。夜の暗闇は慣れてるけど、また違った感じだね。魔物もいるみたいだから気を付けて、慎重に歩こう」
夜の暗闇とは違った静けさの恐怖をカイルたちは感じはじめた。
中ほどまで進むと、少し広めの場所に出た。壁際に何かがおいてあった。
「何かあるね」カイルが近寄ってみると、鍋、薪、片方だけの靴があった。
「靴だね。片方しかない……」
「うん。変ね。急いで逃げたのかしら。鍋も食べ残した後みたい」
「キキッ、キッ」カイルは何かの鳴く音を聞き逃さなかった。
「何かいる」ランタンを手にあたりを見回した。ランタンの光が届かない先、天井付近に無数の赤い光が見えた。
「あそこ、上のほう」そう言いながらカイルは炎の短剣を引き抜き、エレナは身構えた。
バサバサバサッ、キキキッ……赤い光の大群がカイルたちに押し寄せた。
「蝙蝠だ」カイルは短剣を振った。空を切った。もう一度振った。また空を切った。速い。目で追う前に、もう横をすり抜けている。腕に、鋭い痛みが走った。
「痛っ」一匹が食いついていた。振り払おうとして、また別の一匹が肩に当たった。
「カイル、伏せて!」
「ウォーターニードル」
カイルが頭を抱えてしゃがみ込むのと、エレナが呪文を唱え終わるのは同時だった。
天井付近に無数の水の針が浮かび上がり、そのまま赤い目の大群に襲い掛かった。ズババババ、ギー、キキキッ、バンッ。ウォーターニードルが蝙蝠を貫く音と蝙蝠の鳴き声、外れたニードルが壁に激突し、音は重なり合い響きあい巨大な音となった。
蝙蝠の攻撃が収まった。というか、エレナの攻撃で死に絶えている。
エレナが少し肩で息をしていた。カイルは気づかなかった。
「すごいね、今の呪文」カイルは冷や汗をかきながら言った。
「すごいでしょ。ガン爺が教えてくれたの」
――いやいや、ガン爺が使っているのを見たことあるけど、こんなにすごくなかったぞ。
「助かったよ。やっぱりエレナはすごい。皆殺しだ」
「イヤッ、その言い方止めて~」
カイルは自分の腕を見た。噛まれた跡が三ヵ所。
――短剣、一度も当たらなかった……
「それにしても蝙蝠って人を襲うのかしら?」
「これは魔物だと思う。蝙蝠にしては大きいし」
「ここで休もうとしてた人たちも蝙蝠に襲われて急いで逃げ出したのね」
「さすがに、これだけ大群だとビックリするよね」
カイルは、傷をさすりながら、話を合わせていた。
生まれて初めての戦闘は、何もできないまま終わった。
ランタンを持ち直し、カイルは床に落ちた蝙蝠の死骸をみた。
やはり普通の蝙蝠より明らかに大きかった。どの死骸も血の色が紫色だった。
――何かがおかしかった。




