第7話 龍脈盤
朝露が芋の葉から滴り落ちる。教会前の畑にテオはいた。カイルがテオに近づいていく。テオは芋の葉を食べていた。
「テオ、おはよう。おいしいですか? 収穫前に葉っぱ食べないでください」カイルは朝の寒さで両腕をさすりながら言った。
「ううん?」テオは顔を傾けて芋の葉を食べた。
「カイルは東の洞窟へ行くのか~い?」
ドキリとした――なぜ、聞こうとしたことがわかったのか?
「なぜ、そう思うの?」
「東の山の岩の奥~、瘴気にまみれて光る石~、呼べよ龍の言霊、光る石~♪」
テオは歌いだした。
――ちょっと怖いな……
「そう、それ、光る石があるんですよね? なんでテオは知っているんですか?」
「おれは何もしらな~い。見えるだけ」
「見える? どうやってみえるんですか?」
「ううん? おれ、夢のなかにいる。入り口二つ。泥沼とナマズ大将。光る石あった。黒く光る石。危険な石……きっとそう。あいつの腕が……」
テオの表情が急にこわばった。目を大きく見開き、震え始めた。
「だ、大丈夫ですか? すこし休みましょう」
カイルはテオのただならぬ姿をみて、聞くのを止め、テオを寝床の小屋へ連れて行った。
テオからは結局それ以上聞けなかった。
――入り口が二つか……ナマズ大将?
今日はルナフォールへエレナと買い出しに行く日だった。テオはちょっと怖かったがカイルは心躍っていた。露店街はいつも通りだった。エレナがいつも通り声をかけられ、カイルがいつも通り邪魔者扱いされる。
今日は目的があった。よろず屋である。よろず屋は、カイルが修理した魔道具を売りにいく店だった。
四本の竹に布を張っただけの露店には、剣も、鍋も、干し肉も雑多に並んでいた。
そして今日のお目当ては、地図だった。
「ラッファさん、ルナフォール東の詳しい地図はある?脈路がちゃんと載ってるやつね」若めのヒューマンの店主に聞いた。
「あるよ、ちょっと待ってな」
店主はそういうと奥のほうで何枚も重なっている紙束を一枚づつめくり、何枚か取り出したあと綺麗なものをカイルに渡した。
「どこか行くのか?」
「新しい畑を作りたくて。なるべく地脈から近いところがいいなと思っててさ」
「最近、ほら、東の洞窟で魔石がとれるみたいな騒ぎもあるみたいだし。洞窟に行く通り道も避けたいから。ラッファさんは、場所知ってる?」
「そうか。子供がたくさんいるからな。大変だな。東の洞窟か、行ったことはないけど太古の大岩が目印みたいだよ。その近くらしい」ラッファはエレナに顔の向きをかえた。
「いつもお世話になってるからサービスであげるよ」エレナに微笑んだ。
「ありがとう。ラッファさん!」エレナは、満面の笑みだ。
「いいってことよ!」と言って嬉しそうにした。
よろず屋は中古品がメインでラッファの店はカイルのお気に入りだった。
――いつも、相手しているのは自分なのに、この対応の差は……魔力入れてるのエレナだし、うん、うん、そういうことにしておこう。
カイルは自分を納得させた。
よろず屋にいったあとは冒険者ギルドに向かった。
「ラッキーだったね。脈路入りの地図って安くはないよね」
「うん。エレナがいてよかったよ。ちょっと自分がみじめになるけど、結果オーライだね。ラッファの奴、鼻の下のばしてたぞ~」
「やだ、からかわないで。こんど売りにいくときちゃんとお礼しようね。ところで、脈路入りの地図ってどうやって使うものか知ってるの?」
「知ってるよ。地図だけじゃあまり意味ないけどね。それをこれから見に行くのさ」
「えぇ、何を見に行くの?」エレナは興味津々だ。
「龍脈盤だよ。ラザロも持ってたでしょ」
「ああ、あの首からぶら下げる丸いやつね。金細工がついていてすごく綺麗。上のボタンを押すとパカって開いて、子供のころラザロの机の上でずっとパカパカしてた」エレナは楽しそうだ。
「あの中に盤面があったでしょ。あれで龍脈と地脈――脈路を読むことができるんだ。それをもとに地図から現在地がわかるんだよ」
「そうなんだ。何に使うものか知らなかった」
巨大な木造の建物に着いた。入り口の両開き扉の横には看板を壁からぶら下げていた。盾の上に剣が二本クロスしている絵が描いてある。冒険者ギルドのマークだ。カイルとエレナは扉を開けて入った。
扉を開けると、酒と汗と鉄の匂いがした。テーブルはほとんど埋まっている。奥の壁際で立ち話をしているパーティもいた。左の壁の掲示板には依頼書が幾重にも貼り重ねられ、古いものが端から捲れている。カイルはまっすぐ右奥へ向かった。
カイルが右奥のカウンターに向かおうとすると何人かの冒険者が話しかけてきた。
「よう、カイル……と、この子はだれ?」
「こんにちは、エレナっていって、おれの連れです」
「ちょ、ちょっとカイル、連れって」エレナが顔を赤らめた。
「連れだと!こんなかわいい子が!ふざけるなよ、カイル。何があったかは知らないが許さん! いつも許してないけど」
エレナに変な虫がつかないようにとカイルが言った言葉が逆効果だった。周りから囲まれててんやわんやになった。
「その子は、同じ孤児院の子だろ」一人の顔見知りの冒険者が言った。
「なんだよ、単なる仲間か、はい、解散!」皆が去っていった。
やっと抜け出して右奥のカウンターへ行った。中年のドワーフが座っている。ルナフォールではドワーフは珍しかった。
「ガークさん、こんにちは。前に話した龍脈盤なんですけど」
カイルは腕巻き型の龍脈盤をカウンターに置いた。先月ゴミ馬車から拾ったものだ。
ガークは裏蓋を開け、片目にルーペを着けた。
「ふむ……歯車の摩耗と、魔石スロットの接点だな。直せんことはない」
「よかった」
「ただな」ルーペを外した。「直っても、あんたには動かせんぞ」
「……え」
「これは裏蓋から装着者の魔力を借りて動く。ちょいとでいいが継続して必要だな」
カイルは黙った。
考えれば分かることだった。考えないようにしていたんだ……
隣でエレナが何か言おうとして、やめた。
ガークは顎で右奥を示した。ガラスの蓋のついた木箱に、掌ほどの丸い金属が並んでいる。
「懐のやつは魔石で動く」
カイルは値札を見た。見なかったことにした。
「……ですよね」
「まあ、そういうもんだ」
ガークはカウンターの下から小さい箱を出した。中には龍脈盤のガラクタが沢山入っていた。歯車。割れた盤面。曲がった針。
「頼まれてたやつだ。全部壊れとる。部品取りにしかならん」
カイルは箱を覗き込んだ。
盤面が三つ。魔石スロットのついた裏蓋もある。
――組める。
「サンキュー、ガーク。いけそうな気がする。じゃあこれはお礼に」
カイルがヴァルナスペシャルを三本渡すと、ガークは少し笑った。先ほどの冒険者が後をついてきていたのか話しかけてきた。
「それ、ヴァルナスペシャルだよな。いいなぁ。いまはもう大人気でどこも手に入らないんだよな。カイルはいくらでも手に入るからいいよな」
「えっ?……」ヴァルナスペシャルは顧客保護契約で製造元は隠されてるはずだ。
「なんでそれを知ってるんですか?」
「みんな知ってるよ。この間酒場でラザロが話してたんだよ。俺の隠されていた魔力とヴァルナ神の力で奇跡を起こしたって言って、みんなに酒を奢ってたな」
――……おい、ラザロ、お前って奴は……うちらが貧乏してるのに……
その後カイルは、ヴァルナスペシャルを餌に、ギルドの冒険者から東の洞窟の情報を集めた。
「これはとっておきの情報だがな……」周りに聞かれないように小声になった。
「入り口が二つあるらしいぜ。そっちのほうが最深部にいくのに近いらしいが、大回りして魔素の強い泥の沼地を通らないといけないみたいだ」
……二つの入り口……テオを思い出した。
その日のうちに、腕巻き型の龍脈盤は直せた。懐型のものは二、三日かかったが、使えるようにできた。――やった。
腕巻き型はエレナに、魔石で動く懐型はカイルがもった。
カイルの部屋でエレナに腕巻き型の龍脈盤を渡すと、とても喜んでくれた。
「ずっと大事にするからね」エレナはそう言った。
カイルにとっては懐型のほうが良かった。懐型は魔石で動き、しかも空きスペースがあるため、独自で追加機能を加えられるのだ――これから何追加しよう?カイルは胸躍った。
「これで二人で行けるね」エレナが龍脈盤のついた腕を嬉しそう眺めながら言った。
「やっぱり付いてくるの? 危ないからやめたほうがいいよ」
「だめよ。カイル一人で行くんならラザロに言うから」
「そりゃ勘弁!?」
「わたし、ラザロからヒール魔法以外もいろいろ教わってるし、連れて行けば役に立つわよ」
「ヒールか。確かに必要だな。ヴァルナスペシャルだけじゃ心もとないしな……本当に危ないと思ったら、すぐに引き上げる。これは約束事にしよう」
二人は地図を広げた
「太古の岩の近くだと、やっぱり家から近いね。入り口はどっちから入るつもり?」
「遠回りのほうだね。多分正面のほうは人が多いだろうし、今は衛兵もいるみたいだから、うちら二人じゃ止められちゃうと思う」
「それに、魔素の強い泥の沼地があるなら、先に防魔素マスクを試せるし」
「うん、そうね。カイルに任せる」
「それとこれだな」カイルは棚から二つの短剣を取り出した。
いつか使う日が来ると思って、売らずに置いてあったものだった。
「一つは魔素を充填して柄の根元を回すと炎を帯びた短剣になる。もう一つは、自由に魔力を充填できる変わりものみたいなんだ。エレナの魔素を込めたら聖剣になるかも」嬉しそうに言った。
「わかった。やってみるね」エレナが柄を両手で握り魔力をいれ始めた。
刃の周りが、ボウっと白く輝き始めた。
カイルは息を止めた。
こんな光り方をする魔道具は見たことがない。
「……エレナ」
「なに?」
エレナは不思議そうな顔をしていた。自分が何をしたか分かっていない。
「……いや、本当に聖剣かもな」カイルは白い光をみながら言った。
「これは二つともカイルが持ってて」
「一本いらないの?」
「わたしは魔法もあるし大丈夫。カイルが聖剣で私を守って」
「たぶん……エレナのほうが強い」
「なによ~!カイルったら男でしょ。女の子を守ってよ」エレナはプリプリしている。
でも事実だし……楽しい夜だった。
その夜、カイルは夢を見た。
泥だった。
沼の底から、何かが立ち上がろうとしていた。
黒いきらきらした光がうごめく……
目が覚めた時、シーツが汗で濡れていた。
——ただの夢だ。
カイルはそう思うことにした。




