第6話 防魔素マスク
カイルはラザロの部屋で机に座り、本棚から拝借した本を眺めていた。
本の中には、頭から布をグルグル巻きにして、口元まで布を隠した剣士が描いてある。ターバンと呼ばれるものらしく、砂漠の暑い地方では必須のものらしい。
「布に浄化の魔素をしみこませれば……」
ルナフォールでは頭を隠せるマントをしている冒険者は沢山いるが、ターバン姿の人は見たことがなかった。ターバンの剣士はポンチョというものを羽織り、リュートを背負っていた。
「これはいけるかもしれない……」ターバンを改めてみたカイルは呟いた。
「なに読んでるの?」掃除をしていたエレナが部屋に入ってきた。
「お、ちょうどいいところに来た」
「なになに、またラザロに怒られるようなことしようとしてるの?」
カイルは最近、ラザロの持っていた魔道人形の禁術が載っている本を持ち出した。その後、魔術式を真似て描いているのが見つかり、こっぴどく叱られていた記憶が蘇った。
「禁術には安易に手をだすんじゃない」
「はい」
「術を発動したものが、その魔術に支配されてしまうこともある。狂戦士の呪文を知ってるか」
「はい」
「自分で呪文をかけた奴が死ぬまで暴れる。かけた本人しか解除できない」
「はい」
「はい、じゃない。そうなったら救いようがない。自殺行為だ」
「はい」
ハァ……ラザロはため息を付きながら続けた。
「なあ、カイル、魔道人形は確かに魅力的だ。でもよく考えてみてくれ、人ではないものが勝手に意思をもって動き始めるんだぞ」
ラザロの目は、真剣になっていた。
「彼らは一体何者だ? 人でもなければ動物でもない」
「……」
「魔物に近い存在なんじゃないのかと、俺は思ってる」
いつもの酒のみラザロは消えていた。
「魂の冒涜だ」
カイルは、何も言えなかった。
「意思を持った存在は、制御が効かない。自我があるからだ。人を襲い始める可能性も十分にある。だから禁術になったんだと思う……」
「俺たちは神じゃない」
ラザロの言葉は重みがあった。カイルはラザロの言っていることがすべて理解できたわけではなかったが、ラザロが単なる酒飲み神父ではないことは理解していた。
その言葉を思い出しながらもカイルは諦めてはいなかった。魔力がほとんどないカイルにとって、魔道具は好きなものというだけではなく、救世主のようなものでもあったからだ。
「エレナ、頼みがあるんだ……」
真剣な顔で言った。
「なに? 私にできることなら、なんでもするよ」
カイルの真剣な表情に、エレナも応えた。
「……エレナ……」
「エレナのいま着ている洋服をちょっと下さい。お願いします」
「えぇ……絶対にイヤ、なに急にいいだすのよ。カイルはそんな趣味があるの?」
エレナは顔を赤らめて言った。カイルが立ち上がりエレナに顔を近づけた。
「俺はお前の……お前の……」
「な、なに?……どうしたの急に……」
エレナは赤い顔で恥ずかしそうに言った。
「魔素がほしい」
カイルの顔に人の手のマークが浮かび上がった。
エレナはカイルに自分のベッドシーツを分けてくれた――エレナはやさしい。
夜にカイルは自室でターバンを作り始めた。
布を重ねた。息ができない……
枚数を減らした。息が通る……
エレナのシーツでよかった……
新品の布じゃダメだ。エレナに毎回魔力を込めてもらうことになる……
寝ている間、何年も肌に触れ続けた布……
これなら浄化の力が染み込んでいるはずだ……
そもそも頭に巻く必要があるのだろうか……
口元だけ隠せれば問題ないはずだ……
でも、隙間があっては魔素が入り込んでくるはず……
浄化布も量に限りがある。うまく口と鼻回りだけ隠せればいい……
ヘルムにマスクをつければいい? いやいや頭だけヘルム被ってても変人だ……
顎回りにぴったり合うプロテクターを作ってみよう……
カイルはガン爺からもらった魔力粘土で成形し始めた。鼻の付け根から顎の下まで、顔の形に沿って湾曲させる。息を吐いても曇らないよう、内側に少し空間を持たせた。
問題は布だ。プロテクターに縫い付けてしまえば簡単だが……
汚れたら? 浄化の力が薄れたら?
カイルは手を止めた。
……付け替えられるようにすればいい。
口と鼻に当たる部分をくり抜き、その上に薄いカバーをもう一枚。二枚の間に布を挟み込む。カバーを外せば布だけ取り替えられる。
プロテクターの端に紐をつけた。
夜遅くに、防魔素マスクは完成した。
翌日、ガン爺にプロテクターの骨組みに膜の土魔法をかけてもらった。
「なんじゃこりゃ」
「マスクです」
「……ふむ、わからん」
ガン爺は文句を言いながらも、丁寧に膜を張ってくれた。ガン爺の膜が魔素を弾き、抜けてきた分をエレナの布が吸う。顔に密着したプロテクターが隙間を塞ぐ。
——三重だ。これなら、たぶん。
たぶん、というのが自分でも気に入らなかった。でも試す場所は一つしかない。
防魔素マスクをつけた姿をエレナに見せると必死に笑いをこらえていた。
「なにやってるのカイル……カイルって本当に面白い」
口元を押さえながらそういうエレナの姿は可愛かった。
カイルはマスクのカバーを外して見せた。中から白い布が出てくる。
「これ、お前のシーツ」
「……私のシーツ、そんなことになってたの」
「汚れたら替えられる。何枚か作っておきたい」
エレナはしばらく黙ってマスクを見ていた。
「……ねえ」
「ん?」
「私の分は? 何か企んでるんでしょ」
カイルは固まった。




