第5話 魔力弁
沼のほとりに円形に森林を切り開いた場所がある。ガン爺の作業場だ。カイルは切り株椅子に座りながらガン爺の教えを受けていた。
「ここの沼の土は結構な魔素を帯びているから魔力のないカイルでも問題なく土人形を作ることができるぞ」ガン爺は手先も器用でみるみるなにかを形作っていく。
「ほれ、熊の土人形じゃ」
「おぉ、本物の熊みたいに精巧ですね」カイルは話しつつ自分の作った熊と見比べた。カイルの作った熊は丸と楕円の土玉の組み合わせで、頭、胴、手足と、それぞれ繋がっていた。目もまん丸だった。
「ハハハっ、これはこれで可愛いぞ」ガン爺はカイルの作った熊人形をみていった。
「魔力がないのは仕方ないとして、手先もダメみたいだね」
「イヤ、これは本当に可愛い、こういうもののほうが子供は喜ぶ。それに手足と首が動くようになってる。これはなかなかだぞ」
カイルは、ガン爺から土魔法を教わっていた。ほとんど魔力がなかったが、魔道人形の話を聞いて以来、土人形の作り方を教わるようになっていた。
「リリィにでもあげてみるか、ガン爺、土に膜を張る魔法をお願い」
「おおぅ、任せとけ」
ガン爺が呪文を唱えると土で作られた人形は、光に包み込まれ表面に魔法の膜を形成した。こうすることで押すとブヨブヨした袋に詰めたような手触りなり、手も汚れなくなる。
「ところで、昨日の話だけなんだけど」
「ん? 昨日……酒の記憶しかない……」
「いや、治癒ポーションの話ですよ。憲兵団からの依頼の話です」
「うーん、知らん」ガン爺が言った。カイルはため息をつき全部を説明し直した。
「なるほど、五百本か……確かに薬草も足りなければ、エレナの魔力も問題じゃな」
「薬草は代用できる草を探せそうじゃが、エレナの魔力は別だな」
ガン爺は、煙草に魔法で火をつけ、珍しく難しい顔をしていた。
「カイル、わしはポーション作りは、あまり勧めん……」
真剣な表情だった。
「わしは昔、エレナのあの力を見たことがある」
「え……」
「王宮魔導士として駆け出しだったころじゃ、東の龍泉郷に派遣されてな」
「龍泉郷?」
「若かったわしは、通りすがりとばかりに無謀にも蒼龍嶺に挑んだんじゃ。屈強なドラゴンたちに大けがを負わされたよ」
ガン爺は、袖をまくった。肘から手首まで、傷跡が残っていた。
「……無謀すぎですね」
「若かったんじゃ。命からがら龍泉郷にたどり着いたとき、そこの王女さまがわしを助けてくれたんじゃ」
ガン爺は、何かを考えていた。
「エレナの力は、あのときわしを救ってくれた王女様の力と同じじゃ。普通のヒューマンは持ち合わせていない」
「エレナは、王女の血が流れているの?」
「わからん。ただエレナが魔力熱を出したとき、ラザロが使った魔法は古代魔法じゃった。ラザロはお前たちに何かを隠している」
カイルは突然の話に頭がこんがらがった。蒼龍嶺は東の蒼龍ライルーンがいる場所として聞いたことはあるが、龍泉郷?は知らない。
「エレナの力は……そう簡単に使っていいものではないかもしれん」
しばらく黙った。
「しかし……子供たちの生活もあるし、お前がそこまで考えているなら……」
煙草をふかした。
「酒代も必要じゃしな」
カイルは、ラザロに今度聞いてみようと思いながら、ガン爺に話し始めた
「実は、すでにエレナの魔力を貯蔵する考えがあるんです」
「貯蔵する?魔石か?」
「違います。魔道具です」
「まず密閉性の高い箱を作ってもらって内側と外側に魔力の膜を張ってもらう」
「ほう……それで?」
「その箱に魔道具の入口弁と出口弁を付けます」
「なるほど……」ガン爺は腕を組んだ。「しかしカイル、一つ問題がある」
「なんですか?」
「空気に触れないようにしたいのはわかった。でも——魔力を入れる時に蓋を開けたら空気が入るじゃろ」
カイルは少し間を置いた。
「だから二つの弁に付けるんです。入口弁は高密度の魔力だけ通す魔力弁を、出口弁は低密度の空気だけ通す魔力弁を付けます」
「……それだけか」
「エレナが入口弁に魔力を押し込む。すると中の低密度の魔素を含んだ空気が出口弁から押し出される。最終的に中は高魔力だけが残る」
ガン爺が黙った。
煙草を一口吸った。
「……わしは魔法で空気を抜こうとして失敗した」
「魔法だと空気を抜いた瞬間に蓋を開けないといけない。でも構造なら——蓋を開けずに空気を出せる」
ガン爺はまた黙った。
長い沈黙の後——
「……カイル」
「はい」
「お前は本当に魔力がないのか」
カイルは苦笑した。
「ないから、こうなったんだと思います」
ガン爺はそれ以上何も言わなかった。




