第4話 カラコロ
大きな満月に向かって焚火が火の粉を舞い上げる。暗闇に舞う火の粉は無数のまばゆい星たちと重なりオレンジ色の暖かい灯りを形作った。
酒場のない泥底村にとって晴天の満月は月見酒の合図だ。焚火を囲い、皆が思い思いの話をしている。
「そこでわしはブレスを吐いたドラゴンの前にアースウォール、土の壁を作ったんじゃ」赤ら顔のガン爺が酒を片手に雄弁に語った。
「知ってる」
「何度も聞いた」
「前回はアイスウォールでしたよ~」
ラウタ、テッサク、ハンスがそれぞれいった。
「すごい、すごーい!」拍手をしながらリリィだけが目を輝かせて聞いていた。獣人特有の耳が、ピンと立っている。
「すーごい、すーごい、すーごい、ごい♪」テオがリリィと一緒に拍手している。
ナル婆が、巨大な鍋の前で鍋をかき混ぜながら煮立てていた。
「ヒヒヒ……もうちょっとお待ち」鍋の前で待ちわびる子供にいった。
カイルはラザロの持っていたおとぎ話の本にでてくる魔女を思い浮かべていた。
――どう見ても毒薬か何かを作っている悪い魔女にしかみえない……その鍋、いつも薬草つくりに使ってるやつだよな……まあ、毒ではないからいいか。
ラザロが酒を片手に
「今日もヴァルナ神様のご加護に感謝して……」
「飲むんですか? ヴァルナ教は禁酒ですよ」カイルが言った。
「ヴァルナ神様はそんなことでは怒らなーい。決めたのは教会連中だ」
「カンパーイ!!」ラザロは始まる前から酔っぱらっていたようだ。
焚火の周りを走ってはしゃぐ子供たち。
「あ、カラコロ!」
リリィが草むらを指した。
ほおずきの形をした小さなものが、ふわりと浮き上がった。人の形に似た何かが、ゆっくり夜の中に流れていく。
「触るんじゃないよ。すぐ消えちまうから」ナル婆が言った。
リリィが手を振った。カラコロは、振り返らなかった。
カイルの隣にいたエレナが笑顔で見つめていた。オレンジ色の灯りに照らされたその横顔をみて、カイルはドキリとした。
日に日にエレナは大人びている。ルナフォールに頻繁にいくようになって気づいたが、エレナほどかわいい子はみたことがなかった。子供っぽいカイルとは大違いだった。
エレナと目が合った。
「カイル、何か話したいことがあるの?」
近くで酒を飲みながら二人をみていたベルトがニヤニヤした顔で話し始めた。
「カイルはな、いまエレナちゃんに見とれていたのさ。鼻の下延ばしてたぜ~、ハハハ」
「えぇ、イヤ、恥ずかしいから茶化さないでよ」エレナのオレンジの顔が真っ赤に染まった。
「ベルト、次は背後からの三年殺し確定ですね」同じく顔を真っ赤にしたカイルは冷静に言った。
「ひぃぃ~」ベルトが青ざめた。
恥ずかしいけど、楽しい空間だった。
エレナが先導し、子供たちが整列して歌を歌い始めた。テオがリュートを合わせて引き始める。
♪ 大いなる光よ 見守りたまえ
星の海より この地に注ぐ
全ての命に 恵みをもたらし
宇宙の調和よ 我らを包め ♪
ラザロが昔カイルとエレナに教えてくれた唯一の歌だった。今日のためにエレナがひっそりと子供たちに教え準備していた。焚火の前で二番を歌い始めると、ロザが子供たちに合わせて歌い始めた。あたりの空気が変わり、夜空に歌声が響き始めた。
♪ 大いなる静けさよ 降りそそぎたまえ
深き闇より 光を紡ぎ
迷える魂に 道を示して
宇宙の調和よ 我らを導け ♪
静寂があたりを包み、歌が終わったのかと思ったが、ロザがゆっくりと息を吸った。ロザだけが歌い始める。
♪ 大いなる深みよ 飲み込むなかれ
底なき深淵 口を開けど
抗う者に 力を与えよ
宇宙の調和よ 我らと在れ ♪
カイルたちは二番までしか知らなかった。ロザの澄んだ歌声は魔力を帯びている。みながうっとりしているとき、歌声で人を誘惑する魔法もあることをカイルは思い出した。
ロザはガン爺と同じ時期に泥底村に住み始めた。エンカリアの歌姫だったと自分では言っているが、カイルが知るロザは、畑を手伝うか酒を飲んでいた。肩までの黒い髪は、畑仕事のとき以外は束ねなかった。
それにしてもリュートの音はずっと続いていた。テオは三番まであることを知っていたのだろうか?
――底なき深淵 口を開けど……何のことだろう?
「もう一曲歌え~!」そんな疑問は歌が終わった後の拍手喝采と喧騒で忘れ去られてしまった。
歌が終わるといつもの光景だった。ガン爺を中心に武勇伝が語られていた。エレナはロザと何か話し込んでいた。
皆が飽き始めたころ、カイルが立ち上がり本題を話し始めた。
「実は、この間ルナフォールへいったとき、すごい商談がありました」
皆が注目した。
「なんと、あの憲兵団から治癒ポーションの製造依頼がありました。その数、な、なんと五百本です。納期は半年です」
「五百本!?」ナル婆が驚いていた。
「五百本で酒何本かえるんだ?」
「よくわからないけどやったな兄ちゃん!」
予想通りの反応だ。
「ラザロとエレナとは既に話しましたが、まとまったお金が手に入るチャンスなのでやってみようと思います。五百本をどうやって作るか、みんなと相談です」
「そもそも五百本分の薬草がたらんぞ」ナル婆が言った。
「魔法で生やせババア~」ラザロが酔っぱらって暴言を吐いた。
「できるわけないじゃろ!」
「私の魔力もそんなに持つかな。いまの私だと一日に二本くらいが限界だから。町の冒険者に卸す分もあるし……」
「それに私の魔力って時間が経つと薄くなっている気がするの」
「……薄くなっている?」カイルが固まった。
「それは、あれだ、あれ」ガン爺が言った。
「魔素は空気に触れると徐々に吸収されて薄まるんじゃよ。ポーションを瓶に入れるのは空気に触れさせないためじゃ」
「ん? それじゃあ、ロザさんの歌声はなんで遠くまで届くんですか?」
「私の声は、澄んだ魔力を声に変えて届かせてるのよ。魔力を込めた声は劣化が遅くなるの」
――空気に触れると魔素が吸収される。澄んだ魔力は劣化が遅くなる。
カイルは何かのイメージが沸きつつあった。




