第3話 ヴァルナスペシャル
瓦屋根の下に、赤い布の日除けが連なっていた。
ルナフォールの露店街は今日も人でごった返していた。
人族、獣人族、精霊族が入り混じって、怒鳴り声と笑い声と値段交渉の声が混ざり合っている。
「エレナちゃん、今日もかわいいねぇ。抱きしめたい!」露店の獣人のおばちゃんが言った。
「ありがとうございます。おば様もとてもお綺麗ですよ」
「あらぁ、うれしいわ」おばちゃんはエレナにキツイ抱擁をしていた。エレナが苦しそうだ。
「エレナちゃん、おはよう」
「エレナちゃん、これはおまけだ。持っていきな」
「エレナちゃん、うちにお嫁においで」
「エレナさん、あなたは僕の天使だ。付き合ってくれ」
「エレナちゃん、いつでも困ったときには俺のところにくるんだよ、フフフ……」
エレナの周りは、いつもこうだった。孤児院暮らしのため、みすぼらしい服装なのに、なぜか汚れて見えない。薄い水色の髪は、どこか神聖な雰囲気が出ていた。魔力が強まってからは、さらに人を引き付ける不思議な力を宿していた。
「カイル、何しに来た。とっとと帰れ」
「買わないんだったら、商品に触るんじゃないよ」
「またお前か、金は持ってるのか?」
「四の五の言わずに金出しな」
カイルは、エレナと歩いていないと薄ら汚いガキでしかなかった。泥で汚れた黒い髪。爪の汚れは落ちきれていない。丈を詰めたズボンは、ベルトのお下がりだった。この違いはなんだカイルは天を呪った。
ルナフォールへは、エレナが魔力を充填した魔道具を売りいくのと、そのお金で食料の買い出しが主な目的であった。ラザロたちがうるさいので酒買いも忘れていない。
「エレナが魔力を充填しているのは秘密しなさい」ラザロが言った。
「なんでですか?」
「エレナがチャージしたってバレたら悪い連中に狙われるかもしれないからだ。エレナを守るためにも絶対に言ってはいけない」
「なるほど、わかりました。じゃあ、チャージした人を聞かれたらなんて答えればいいんですか?」
「そうだな……ラザロ神父さまがチャージして、その後にヴァルナ神様に祈祷した。そうしたら神聖な力が生まれるようになった、とか適当に言っておけばいいさ」
――適当すぎるぞ、ラザロ……
カイルはそう思いながらも、エレナのために従うことにした。
いまは魔道具だけでなく、治癒ポーションも露店街に流している。あるとき、孤児院近くの小屋に奇妙なヒューマンが住み始めた。ナル婆であった。最初は流れ者かと思われていたが違った。
「ここの近くの森は、特殊な薬草が生えとる。南では取れないからここまできたが、住む場所がなくて困っていてな。ちょうど使ってないボロ空き屋があってよかったわい、ガハハハッ」
「それは、俺が住めるように直した家なんだけど……」ラザロは言いながらも、薬草の知識があるようなので、住むことを許可した。
あるとき、エレナは沼のゴミから拾ってきたポーションの空き瓶を一輪挿しに使っていた。
それを見たラザロは「ヴァルナ神の啓示がきた!!」といって、以後カイルに空き瓶を拾ってくるようにさせた。
「エレナちゃん、ちょっといいかな……」不敵な笑みのラザロは、エレナにヒール魔法を教え、ナル婆から仕入れた薬草を混ぜて治癒ポーションを作った。それを露店街の魔法屋に流したら、冒険者の間で評判になり、いまでは憲兵団までも買い求めるようになっていた。ポーションは「ヴァルナスペシャル」という名をラザロが付けて販売されていた。
「今年からは冬も難なく過ごせそうだな」ラザロは酒を片手に満面の笑みだ。
――この人は、本当に神父なんだろうか……
「おっ、カイル待ってたよ」魔法店の店主がカウンターで記帳している手を止めた。
「マスター、いい商品入荷した?」大きいバッグを背負ったカイルは真っ先に商品棚へ向かっていた。
魔法店の棚にはきらびやかな魔道具がずらりと並んでいた。壁の上部には漆黒の弓が立てかけてあった。それにカイルは目を付けた。
「おぉ、この弓、なにか特殊な魔法が入ってますね」
「いや、仕入れるのはうちのほうなんだけど……」店主は苦笑していた。
「しかし流石だな。その弓は特殊な照準器が付いててな、射ると矢が自動追尾するんだ」店主はさらりと言った。
「なにそのやばい弓!」カイルは目を輝かせてジロジロみている。
――画期的すぎる……どういう構造になっているんだろう。
弓に手を伸ばそうとした。
「三百万ゴールドだぞ、それ」
「ひえっ……」カイルは手を止め、固まった。
「マスター、今日は、頑張って五十本持ってきたよ。重かった」背負ったポーションの四角い積み荷を降ろした。
「ありがとう。五十本か……最近、飛ぶように売れるから、すぐなくなっちゃってさ……」
「すこし値上げしてみましょうか」カイルは商売モードで言った。店主とは売買価格を契約で決めていた。
「うん、そうだな、独占販売はいいんだが、ポーションの製造元の問い合わせがすごいから大変で大変で……この間もフード姿の異国の剣士がしつこく聞いたきてさ」
「まさか、教えたんですか」
「いやいや、顧客保護契約だから言えないって断ったよ。でも、しつこかったよ」店主はボヤいていた。
そう話すと、店主は、急ににやけ顔になった。
「名前がヴァルナスペシャルだろう。あのあとヴァルナの教会にでも聞きに行っただろうな」ニヤニヤしながら言った。
「しかし、ラザロがこんなすごい治癒ポーション作れるとはな。軽い傷なら瞬く間に治っちまうらしい。アルコールでも混ざってんのかな」
「ラザロなら、やりかねませんね」
――ラザロは何もしてない。ただ、酒を飲んでるだけだ……
店主は笑い、カイルは苦笑した。
「一本、千五百ゴールドで販売してみましょうか」カイルは言った。
「そうだな、ちょうどいい時期かもしれない」
「ん?」カイルは店主をみつめた。
「実は憲兵団からまとめた購入依頼がきてるんだよ。五百本だって。どうする?」
「五百本!」カイルは驚いたが直ぐに頭の中はどうやって作るか、先を考え始めていた。
「うーん、ラザロと相談してみますが、空き瓶の確保とか、運送手段をどうするかとか……」
「そもそもそんなに大量に作れるのかわからないです。納期はあるんですか?」
「半年後だってさ。憲兵団で大規模な魔物の掃討作戦があるらしくて、そこで使うそうだ。まぁ、憲兵団ならいいお客になるだろうから、ラザロと相談してみてくれ」
ポーションは一本、千ゴールドで販売していた。カイルたちの取り分は三分の二。一本、千五百ゴールドになれば取り分、千ゴールドだ。顧客保護契約も結んでいるので破格の待遇だった。
――小遣いがもらえるかも。
カイルは、淡い期待をした。
店で清算を済ましていると、カウンターのガラスケースに入れられた。十センチ程の魔石に目がいった。その魔石は漆黒で、内側から星空のような煌びやかな輝きがあった。
「マスター、この綺麗な魔石はいくらですか?」
「うん? それは高いぞ。百万ゴールド」
「えぇ! なにそれ、すごいものなんですか?」
「うーん、自分も初めて見たんだけど、霧閻山脈近くで取れるのと同じくらい純度の高い魔石みたい。東の方の洞窟で取れたみたいだ」
「……確か、カイルの家から二十キロくらいの場所だと思う……」
「へー、東の洞窟か、行ってみようかな……」
「いまは冒険者の間ではこの魔石の話題で持ちきりでさ。一攫千金狙いの連中であふれかえってるみたいだぞ。でも結局みんなあきらめて帰るみたいだ」
「なんでですか?」
「結構強い魔物もいるのも理由なんだが、どうやら、奥に入ると魔素が強力で先にいけないみたいだな。死人もでてるみたいだからカイルは止めたほうがいいな」
「なるほど。ありがとう、マスター」商品の清算を終えて店をでた。
急ごうと足を踏み出したときフードを着た剣士とぶつかった。カイルが反動で尻もちをついて倒れた。
「気をつけろ!」剣士は言った。
「すみません」とカイルは言って立ち上がろとしたとき、剣士の剣についている紋章が目に入った。龍と波が絡み合う意匠だった。
――どこかで見たぞ……
カイルは立ち上がりながら記憶の端を探った。でも思い出せなかった。
剣士はもう人ごみの中に消えていた。




