第20話 一目連
大蛇の運搬は、二日間を要した。二日後には村中が臭くなり、ナル婆が本気で怒っていた。そのままでは、完全に腐ってしまうので、エレナが氷魔法で凍らせて、匂いは落ち着いた。やっとスタートラインに立てたが、運がいいのか悪いのか、必要以上に材料が手に入ってしまった。カイルが、裏庭でどうするか考えているとガン爺がやってきた。
「ガン爺、ちょうどいいところに来た。この蛇で魔力タンクの皮は大丈夫?」
「なんじゃこれは?」ガン爺は何本かに切られた大蛇の死骸を見て驚いた。
「何とか倒せたんですが、持ってくるのが大変でした。一つ目の蛇みたいですね。目と頭は無くなりましたが」
「一つ目の蛇?……」
「一つ目だとしたら、これは、恐らく一目連じゃな。滅多にお目に掛かれない代物じゃぞ。倒せたとはなんじゃ?」ガン爺は不思議そうな顔をしていた。
「南の森で襲われたんです」
「どういうことじゃろう? 一目連は人を襲わんぞ」さらに考え込んでいる。
「一目連はな、グリムヴァという緑龍の眷属じゃ。ここの土地は、もともと緑龍の支配下だが、この千年、グリムヴァを見た者はいない。龍脈が生きている以上、どこかにいるはずじゃが……」
ガン爺が何かを言おうとしたとき、カイルの腰ポーチが震えて、ルーンが飛び出してきた。ルーンはそのまま地面に落ちた。
「プクプクプク」ルーンは、鳴きながらぴょんぴょんと跳ねていた。
「なんじゃこれは……」ガン爺の動きが止まった。
――まずい、見られた。
「これは……大蛇を倒したときに近くにいたんです。なんなんでしょう?」カイルは、苦し紛れに聞き返した。
「うむ、これも初めてじゃな。カイルといると、いろいろ面白いことがあるな」顎髭に手を当て、また考え始める。
「一目連の近くにいたのなら、土の妖精かもしれん。土の妖精は多種多様じゃ。ノームのような者ばかりではなく、小さい姿の土や岩のゴーレム、砂の妖精、草の根や溶岩の妖精とか、わしらの知らんものもたくさんある」
――むむ、なんか勝手に解釈してくれているぞ。
「龍に近い形をしているから、グリムヴァの眷属の可能性もあるな。いずれにしても、妖精と出会い飼いならせるヒューマンは、そうそういない。縁と思って育ててみることじゃな」
「妖精は気まぐれじゃ。悪さする者もいるから気をつけぇい」ガン爺は言った。
「わかりました。育ててみます。可愛いですし。すでにルーンという名前を付けました」
「うむ、古代文字じゃな」
――何となく付けたけど、古代文字だったか……感づかれるとまずい、話題を変えよう。
「ところでガン爺、この一目連……この皮で魔力タンクを作れますか」
「なに? 皮のタンク? 何の話じゃ」
――この爺、また忘れてる。これならルーンの件も安心できるかな。この間、少し酒を飲んでいたっけか……
「わし、なんか言ったっけ?」
「魔力タンクを皮で作る話ですよ」
「うーむ、覚えておらんが、これだけ大量にあれば作れるぞい。一目連の皮で作れるなんて、相当上等なものじゃ」
「それにしても、臭いな。鍋もいるのう……」ガン爺が言った。
――鍋。ラザロに頼んでいたものだ。
ラザロは食堂にいた。ラザロと同じ修道服を着た人と座って話をしていた。
「なんか臭いですね。孤児院が、こんな匂いの場所だと思っていませんでした」修道服姿の男が言った。
「いや、いつもはもっとお酒のいい香りが、ぱぁっと……」とまで言ってラザロは、しまったと口を閉じる。脂汗をかいている。
「お酒ですか?……」修道服姿の男は怪訝な顔をして言った。
カイルが食堂に入ってきた。
「あれ、お客さんでしたか」
「おお、カイル。こちらは、教会の方だ」ラザロが、助かったとばかりに言った。
「あなたがカイルさんですか。私は、ネスタと申します」ネスタは、椅子から立ち上がり言った。
「初めまして、カイルと申します。話はラザロ神父から伺っています」
「それは、話が早い。今度、大司教様がこちらに視察に来られるので、下見に来た次第です」ネスタ司祭は、人の好さそうな笑顔で話した。
――これは、意外だ、とても丁寧でいい人そうだ。まずは情報収集だな。
「当日は、大司教様とネスタさんで来られるのですか?」
「いえ、私を含めて四人できます。なにかご都合が悪いですか?」
「せっかくお越しになられるとのことでしたので、お茶菓子でも用意しようかと」
「そんなお気遣いなく……と言いたいところですが、私より上の司教様も二名同行しますので、ご用意いただけると幸いです」ネスタは苦い顔で言った。
――ヴァルナ教は、原理派と善意派がある。原理派は教義に忠実で、ヴァルナ神以外認めない。善意派は、他の神や宇宙的な広がりも認める。今は原理派が優勢で、だから善意派のラザロは、支援が来ない。ラザロがそう言っていた。
――おそらく、上の司教二人は原理派だろう。
カイルは算段をつけた。
「そうですか、了解しました。用意しておきますね。ところで、ラザロ、鍋の件はどうなりました?」
「え、鍋? なんのことだ」とぼけた顔をしてラザロは言った。
――ラザロ……助けようとしているのに……とぼけてるな……
「ラザロ、今日は一杯やらないんですか? いつもならこの時間からですよね?」カイルは、ニヤニヤしながら、コップを口に当てる仕草をして言った。
「お前……カイルくん、何を言っているんだい?」ラザロは笑顔を保ちつつ、顔が引きつっている。
「それじゃあ、これで、失礼します」カイルは、笑顔で立ち去った。
ネスタの表情が変わった。
「ラザロ神父。少しお話をしましょうか」ネスタの厳しい声が背後から聞こえた。




