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第19話 なまくら

巨大な頭が現れた。だが、こちらを見ていない。ギイィィと言いながら、首を振っている。その顔は半分えぐれていて、目がなかった。そこにカイルの放った矢が刺さっている。ヌメヌメと動きだす。それは、巨大な蛇だった。

「動くな」ベルトが言った。全員が止まった。大蛇は一旦止まり、今度は、ゆっくりと首を左右に動かした……探している。

「音を立てるな。ゆっくりと下がれ」ベルトが小声で言った。

ハンスが後ずさった。小石に足を取られ、ドサッと尻もちをついた。

目のない大蛇が、カイルたちのほうに顔を向けた。

「走れ!」ベルトが剣を抜いた。

大きな尻尾がベルトに向かって振り下ろされた。

カキィン! ベルトが尻尾を払いのける。

「ウォオオ!」ベルトは声を上げて、魔力を右手に集中した。剣が魔力による闘気を帯びた。大蛇の尻尾が速度を上げて迫る。

キン、キン、キン……ベルトは速度が上がり続ける大蛇の攻撃を同じく速度を上げながら何度も跳ね返す。剣と尻尾は、目に見えない速度になり、剣戟音だけになった。

――硬ぇ……まるで歯が立たない……ヤバいぞ……

パキーン……ベルトの剣が折れて吹き飛んだ。

「このなまくらが……」そう言った瞬間、大蛇の尻尾の攻撃が飛んできた。

とっさに左腕が動きかけた。

腕がなかった。

ベルトの頭の中に一瞬、過去の映像がよぎった。


青空の下の処刑場。

「第三師団長、双剣の騎士ベルトよ。今回の裏切り行為、まことに残念だ。評議会により裁きは下された。第三師団長の任をはく奪し、国外追放とする」

ベルトは、鎧を着た騎士団総帥を見つめていた。

「罰として、お前の片腕を切り落とす。今までの数々の功績に応じ、処刑まではしない」騎士団総帥は、目を閉じた。そのまま振り返り、その場を後にした。

ベルトは屈強な騎士団員に連れられ、無理やり腕を台の上にのせられた。

「ベルトさんよ、ざまぁねえな」部下だったジョイスが嫌味ったらしく言った。

「俺が切ってやるよ。ぺっ!」ジョイスは、ベルトに向かって唾を吐いた。

「くそったれが……」ベルトがジョイスを見ながら言った。


ベルトは、大蛇の尻尾に叩きつけられ吹っ飛び、木にぶち当たってずり落ちた。

「なまくらだ……いや、なまくらは俺だ」折れた剣をみながら言った。

「カイル、逃げろ! 俺がおとりになる」ベルトは叫んだ。

ハンスを助け起こし、呆然と見ていたカイルは、ベルトの言葉に反応し必死に頭を巡らせた。

――このままだとベルトがまずい。どうする、ベルトの攻撃が全然効いてない……

大蛇の頭のえぐれている部分に矢が刺さっていた。

――あそこか。

カイルは、大蛇に向かって走り出し、すぐ近くの川へ入った。


ベルトがカイルを見ていた。

――立てない……

カイルが走っている。方向が違う。川へ降りた。

――音を消したのか? そこまで見ていたのか、あのガキは。


水が、膝まで来ていた。

冷たい。足の感覚がなくなってきた。

流れの音が、足音を消してくれる。

――音を立てるな。

カイルは自分に言い聞かせた。

石を踏んだ。ぐらりと体が傾き、水が跳ねた。

大蛇の頭が、こちらを向いた。

カイルは、止まった。

息を止めた。

大蛇の頭が、目の前にあった。

――見えていない。見えていないはずだ。

――このままじゃ、詰む。

大蛇が顔を上げ、向きを変えようとした。

カイルは息を吸った。

――テッサク、ごめん。

「テッサク、右に走れ!」カイルは叫んだ。

「え」テッサクが戸惑う。

「走って、弓で木を叩け」カイルは再び叫んだ。

テッサクは近くの木に近づき、弓で木を叩いた。

大蛇は、瞬時にカイルのほうを向いて襲い掛かろうとした。そのとき、バッグの中のルーンが再び震え始めた。

一瞬、大蛇が動きを止めた。首を下げながら、何かを確認しようとしていた。

ヒュッ、パン、ヒュッ、パン、テッサクが木を叩いた。

大蛇は、すぐに音の鳴るほうに向きなおった。

――今だ。

走った。感覚がマヒしてきた足がもつれた。そのまま前のめりに転んだ。大蛇の頭が、下がってくる。すぐに起き上がる。

――外すな、三回外した。今度こそ……


ベルトはまだ動けなかった。

――あの傷口か、あそこしかない。

――行け。


カイルは、爆轟竹を両手で強く握った。下がってくる大蛇の頭の傷口に向かって、爆轟竹を突き立てた。

ズバン! 大蛇の頭が爆発し、あたりに血が飛び散った。

顔に、生暖かいものがかかった。

目を開けられなかった。口の中に入った血は、鉄の味がした。

カイルは立っていた。目を拭った。手も真っ赤だった。

頭のなくなった大蛇は、動かなかった。爆発の反動で立ち上がっていた太い体がゆっくりと倒れた。地面が揺れた。


誰も口を利かなかった。カイルは、先端が破裂した爆轟竹を片腕で握っていた。ラウタが泣いていた。しばらく沈黙がつづいた。

テッサクが走ってきた。「兄ちゃん。すげぇ。俺、何もできなかったよ」といって固まった。カイルが血まみれだった。

「兄ちゃん、それ蛇の血?」

「たぶん」

「たぶんってなに……」

「兄ちゃん、見直したよ」泣きながらラウタが言った。

「助かりました。兄さん」ハンスはそう言った後「……ごめんなさい」小さく言った。

「お前、無茶するな」立ち上がって、蛇の死骸を見ながらベルトは呆れていた。

「ところで、これ、どうやって持って帰るんだ?」ベルトはカイルを見ながら言った。


「みんな遅いな」エレナが集合場所の荷車の前で待っていた。リリィとテオは荷台で寝ていた。

遠くのほうから五人が歩いてくるのが見えた。

「やっと来た。みんな遅いよ~」エレナが叫んだあと、言葉を失った。

全身血だらけのカイルが歩いていた。

「きゃ~」エレナは悲鳴を上げた。


その後、カイルは大蛇の皮を取るために、南の森を何往復もすることになったのだった。

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