第16話 ルーン
ガン爺と話した夜からカイルは魔法陣を描く練習をしながらも悩んでいた。
ラザロとガン爺、どちらも魔道人形にはいい返事をしなかった。
魔道具への情熱は、魔力の乏しいカイルにとって希望でもあった。そして、するなと言われるとしたくなる欲求……
――何が問題なんだろう?
――意思? 魂? 命?
――してはいけないことが、なぜ本に残されている?
――何か、解決策はあるのか?
カイルは、いくら考えても答えが出なった。
指が血だらけだった。
窓辺に椅子を移動し、窓を開け、外を眺めた。
「カランコロン、コロンカラン」外には、カラコロが飛んでいた。カラコロは、ほおずきが成長すると人の形のように変形して飛び立つ。意思があるのかわからない。力が弱く、誰かを傷つけることもない。子供の頃、カラコロに話しかけていた。今はリリィがそうしている。
カラコロは、ただ、飛んでいるだけだった。
「小さいものなら、問題ないのか……」カイルは呟いた。
「カイル」エレナが部屋に入ってきた。
赤い色で滲んだ魔法陣が机に散らばっていたのを見たエレナが驚いた。カイルのほうを向いた。指が赤く濡れていた。
「なに、これ、血?」
勘のいいエレナは、カイルに近づき手を取った。指先が切れていた。古いものも新しいものもあった。
「何してたの……説明して」
「これは……何というか、あれだ、あれ……あの……すみません」
カイルは正座していた。
一部始終をエレナに説明し終えたところだった。エレナは、椅子に座り腕組みしていた。
「それで、後は魔力供給だけのところに来ています……窓からカラコロをみて、小さいものなら問題ないと思ってたところです」
ハァー、とエレナはため息をつき、沈黙した。
「わかったわ。私もやる」
「え? いいの?」
「カイルがやるなら私もやる。私たちずっと一緒だったでしょ」
カイルは何か言おうとした。
「カイルは止めたってやるんだし、だったら一緒にやりましょう」
エレナは、はにかみながら言った。
翌日、カイルは朝から机の上で魔力粘土と格闘していた。
――俺の目指すものは、龍……ドラゴンだ。まずは、魔石だな。苦労して回収したこの黒い魔石の破片を胴体の中に入れよう。爪は……暴れても困るから適当でいいか。顔は……ちょっと平べったくなったな。目は……どんなんだっけ……困ったら丸だ、丸い目にしよう……ここを、こうして角を生やせば……これは……どこから見てもドラゴン。間違いない。
「できた!」
カイルの部屋でラザロから貰った本を読んでいたエレナが近づいてきた。
「かわいい! ナメクジね」
「え……」
「え?……」
カイルとエレナは、見つめ合った。
――これを、ナメクジと言われたのか。
「エレナ、これはね、ドラゴンや龍と呼ばれている生き物だよ」
「龍? 龍ってあの町の広場や神殿にある大きな像のこと?」
「そう! それそれ」
「アハハ! 確かに、言われればそうかも。じゃあ、ナメクジ龍ね! 名前を決めようよ。カイルは何がいい?」
「えぇっ……ナメクジは決まりなの?」
「うーん……」
頭を掻いた。
「ルーン……」
「ルーン? なんで?」
「わからない、なんとなくそう思った」
「ふーん、私はかわいいから好き、ルーンちゃんにしよう。決まりね」
エレナは笑顔で土人形を撫でた。
部屋の床に魔法陣を描いた紙を広げた。紙は貴重であったために、練習で一番よく描けているものを使った。カイルとエレナは床に座り、土人形を魔法陣の上に置いた。
「いよいよだな」
「いよいよね」
カイルは、最後にラザロの本を入念に確認した。魔法陣に間違いはない。あとは、魔力供給と呪文だ。呪文は古代語だった。読み方は分かるが、うまく発音できるだろうか?
「やろう」
「うん」
エレナは両手を組み、祈るようなポーズをとった。全魔力を放出するために目を閉じ集中していた。エレナの髪がふわりと浮き、体からは白い光がうっすらと浮かび上がった。そのまま魔法陣に両手をかざした。
血で描かれた赤い魔法陣の線は、所々白くキラキラと輝きだした。
――ここだ。カイルは古代語を唱え始めた。
「 ヴァルナ・エス・イル
カル・ナ・ルーン
エト・ヴェ・シル
ナ・ター・ヴァルナ 」
辺りが白い光に包まれた。それと同時に土人形が黒い光を放ち始めた。
白と黒、光と影。二つの光が混ざり合おうとしていた。土人形の真上の空間が小さく歪み始める。その歪みは、空気を切り裂き徐々にアーモンド型の縦長の形を成した。歪みがゆらゆらと流れるように色を付け始める。
歪みは、流れる虹色の流体となった。
――なんだ、これは……本にこんなことは書いてなかったぞ。
一瞬のことだった。流体の中から、白く尾を引いた光の玉が飛び出し、土人形の中に入り込んだ。土人形は強烈な発光と風を巻き起こす。カイルの目が眩んだ。それと同時に土人形の中から黒い小さい影が浮かび上がった。光と風圧で髪が逆立つ。
影は風圧とともに開けられていた窓から飛び出した。
…………………………………
カイルの視力が戻りはじめた。
魔法陣の上で何かがニョロニョロ動いている。
土人形とカイルの目が合った。
土人形は「プクプク」と鳴き声のような音を立てた。
「成功だ!」
「やったね!」
カイルはエレナに抱きついた。
「やったな! やったよな!」
「うん、うん」
「プクプク」
二人の動きが止まった。ルーンがこちらを見ていた。二人は固まり顔が赤くなった。カイルはそっと腕を離した。エレナはうつむいて髪を直していた。
孤児院の裏。モヤモヤとした黒い影が形を成し蠢いていた。ゆっくりと這いずるように南へ動きはじめた。




