第15話 対価
一ヵ月くらいが過ぎた。いつも通りの日常が戻っていた。その中でカイルだけが興奮していた。ラザロからもらった本である。
「エレナ、やっぱりこの本すごいよ」本を片手にカイルは熱弁していた。
「古代魔法のことがいっぱい書いてあるんだ。魔道人形のこともね」
「解読すればするほど発見がいっぱいあるんだ」
食堂の厨房で食事の支度をしていたエレナにカイルは必死に話していた。
エレナは鍋をお玉で回しながら面倒くさそうに言った。
「はいはい。カイル、最近、本に夢中で畑仕事手伝ってないでしょ。子供たちが文句言ってるよ。少しは働いて」エレナはため息をついた。
「いや、自分はほら、この本からポーション作りのためのアイデアを探してるんだよ」
「そうね。私はポーション作り手伝うから、カイルは畑仕事を手伝って」
「はい。分かりました」
カイルはバツが悪くなり、その場を後にしてガン爺のもとへ向かった。
ガン爺は、いつも通り泥沼のほとりの切り株を椅子にして座り、酒を飲んでいた。カイルはガン爺の横に座り、エレナとの話をした。
「エレナには、男のロマンがわからないんです」
「働かざる者、食うべからず」ガン爺は少し赤い顔で言った。まだそこまでアルコールは回っていなかった。
「ガン爺が働いている姿をみたことないですけど」
「わしは酒を飲むのが仕事、ラザロと一緒じゃ」
「ラザロは酒を飲みながらも少しは働いてますよ」
よく考えてみると不思議だった。
カイルは指折り数え始めた。
ロザは、畑仕事を手伝う代わりに空き家に住んでいるし、最近は、エレナや子供たちに歌も教えている……
ナル婆は、近くで薬草を取りつつ、提供したりする代わりに空き家に住んでいる……
ベルトは、自分は用心棒だと言って勝手に空き家に住み酒を飲んでいる……
ガン爺は、酒ばかり飲んでいるが、お金を持っているのか、ラザロに定期的にお金を入れているようだ……
テオは子供と遊んでいるだけで論外だ……
ラザロはポーションが当たってからは酒ばかりを飲んでいる……
――まともに働いているのは、女子供だけだ……気づかなかったことにしよう。
カイルは、額に汗をかいた。
「ところで、ガン爺は昔、王宮魔導士だったんですよね」
「うーん。どうだったかな。覚えていない」酒を片手に話した。アルコールが回ってきたようだ。
「この本なんですが」カイルはガン爺に本を渡した。
本をしばらくめくったあと、顔色を変えてガン爺が反応した。アルコールが引いたようだ。
「この本、どこで手に入れた?」
「ラザロからもらいました。自分たちをラザロに預けた人が持っていた本だって」
「うーむ。あいつは、こんなものを持っていたのか。これは、古代魔法の本じゃが、こんなに状態のいいものを見るのは初めてじゃ。わしの知らないものもある」
「ここに載ってる魔法陣について聞きたいんですが、そもそも魔法陣自体が良く分かってなくて」
「魔法陣か。魔法陣はな、主に召喚魔法で使われるものなんじゃ。魔法陣に魔力を流すと動物や精霊が召喚される。なかには、悪魔を呼び出す魔法陣もあるんじゃ」
「面白そうですね」
「悪いことは言わん。やめとけ。召喚魔術は、聞こえはいいが対価が必要じゃ」
「対価ですか」
「うむ。彼らは、対価を差し出す代わりに力を貸してくれるんじゃ。一番多いのが、召喚者の魔力じゃな。対価は契約者のものなら何でもありじゃ」
ガン爺は、煙草に火を点けた。
「手足、臓器、五感……その人の命」ガン爺はカイルを見た。
「悪魔なんかと契約して破滅した話なんてごまんとあるぞ」ガン爺は思いつめた感じで言った。
「召喚術は、上位の存在を呼び出そうとするほど、高い魔力と血が必要になる」
「血ですか?」
「うむ。魔法陣はな、契約みたいなものだ。契約者の血で描かなければならない。上位の存在の場合、魔法陣も複雑じゃし、多くの血を使うのじゃ」
「前に一回、描いてみたんですけど、何も起きなくて」
ガン爺の手が止まった。
「……描いた?」
「はい、何も起きませんでした」
「何で描いた?」
「墨ですけど」
ガン爺は長い息を吐いた。
「それで良かった」
「魔道人形については? 命を付与するみたいですが」
「魔道人形か……太古にそのような魔法陣があったのは知っているが、今は残っていないと思うぞ」
――この本に書いてあるのは何なのだろう……
「禁術や禁書の類は、人の命に関わることが多い。禁術の一つである死霊術の中には、死んだ人を蘇らせるという術があった。しかし、蘇っても元の人間にはならん。意思を持たない操り人形じゃ」
フー、ガン爺が煙草を吹かした。
「結局、魂が戻らんのじゃよ。禁術になるには理由がある。安易に行わないことじゃな」ガン爺は、ラザロと同じことを言った。
――これ以上は聞かないほうがいいかな。
「ありがとう」カイルは部屋へ戻った。




