第12話 闇のプリンス
二人は無言で青白い光へ向かって歩いた。エレナはカイルの洋服をつかんで後ろから付いてきている。つかむ手に力が入っていなかった。
ピチャ、ピチャ、近づくにつれ水滴が垂れる音が大きくなっていった。行き止まりと思われる壁に着いたとき、二人は目を見張った。
最奥の空間が黒くそして魔石と同じくきらきらと輝いていた。壁と天井には黒い魔石がいたるところから飛び出し、それは夜空の星のような輝きに見えた。
ピチャ、ピチャ、床は濡れて泥のようになっていた。そして、泥から何かが盛り上がり始めた。
「カイル、何かがいるよ」エレナの洋服をつかむ手が強くなった。
盛り上がり始めた泥は、魔石と同じように細かくキラキラ輝き先端から丸くとがり始めた。キラキラとした輝きが少しずつ大きくなり、それはやがて眼の形になり始めた。
無数の目をもった泥の化け物が姿を現した。
化け物から腕のようなものが生えてカイルに襲い掛かってきた。カイルは炎の短剣を手に取り切りつけた。燃えない……泥は通り抜けたが手に付いた泥から痛みが走った。化け物からさらに腕が伸びてきた。
「エレナ、後ろへ」エレナを誘導しながら白い光の短剣に持ち替えた。
短剣で切りつけた。バチッ、と弾け飛んだ。目が一つ消えた。
――効いた!!
しかし、消えた場所から新しい目が浮かび上がった。
腕のような泥は襲い掛かる。バチッ、バチッ、何度も弾くが一向に減らなかった。切り続けるたびに短剣が熱くなる。再び弾いた瞬間、カイルは化け物の背後が揺れているのに気付いた。
――あそこから来てるのか……何とかしなくちゃ。
壁と天井の魔石のきらめきが目に入った。
――暴発したら都市一つが吹き飛ぶ。
ベルトの言葉が浮かんだ。
「エレナ、下がって」
――イチかバチかだ!
「大丈夫」魔法を唱えようとするが発動が遅い。
「……ごめん、魔力が……」
カイルは襲ってくる腕を弾きながらエレナに叫んだ
「違うんだ、後ろに、エレナ走って!」
そのとき、化け物から無数の腕が飛び出てカイルを襲った。
――まずい!!
無数の腕が迫りくる。動けなかった。
バン!
一瞬の出来事だった。カイルを貫こうとしていた腕が四方に飛び散った。
何が起こったのか分からなかった。しかし、カイルはこの隙を見逃さなかった。
短剣を背後の壁へ投げた。さらに炎の短剣を手に取り、壁へ投げた。
すぐに振り向き、走り出した。エレナも走りだしていた。
白い短剣が壁に当たった。
カツーン!
バチッ! 弾かれた短剣の先からプラズマが発生した。瞬く間にプラズマは壁と天井の魔石に反応し始めた。
バチバチバチ――プラズマは一瞬で蜘蛛の巣状に広がりまばゆい光を発する。
そこに炎の短剣が飛び込んだ。
背中を、壁のようなものが叩いた。音は背後から来た。
バーーン!!
強烈な轟音とともに大爆発が起こった。
爆発の瞬間、カイルたちは何かに押し出されるように遠くへ吹っ飛んだ。痛みはなかった。かなり遠くまで吹っ飛び、前のめりで顔から地面にぶつかった。
「うぅ……エレナ……」
カイルは起き上がりながら声を発した。耳鳴りがした。目が見えなかった。
「カイル、どこ?」
エレナの手がカイルの体に触れた。カイルはエレナの手を握った。やがて視力が戻ってきた。カイルの周りには黒い魔石が沢山落ちていた。カイルは背後に光を感じ、エレナの手を握りながら後ろを振り返った。
崩れた壁の奥、まだ、黒い光が脈打っていた。そして、泥が、また盛り上がり始めた。
――短剣はもうない。エレナは魔力切れだ。もうだめか……
そのとき、カイルの影が動き出し、伸びた。影が盛り上がった。
瞬く間に人の姿が現れた。
布だった。白いシルクのマントが、風もないのに揺れている。日に焼けた腕。防具は何もつけていない。顔を上げると、白紫の髪が斜めに逆立っていた。口元は布で覆われ、眼だけがこちらを見ていた。
「……ったく、危なっかしくて見てらんねぇ」男はそう言って振り返り、泥の化け物に向かって歩き始めた。
泥が再び腕を伸ばしてくると、男は腕を上げ横に振った。
泥が割れ消滅した。
手のひらを前に突き出し、黒い壁に向けて何かを唱え始めた。
壁の表面に、薄い膜が張られていく。
黒い光は、膜の下でまだ脈打っている。やがて膜が濁り、光は見えなくなった。
どこかで聞いた言葉だった。
――ラザロだ。ラザロが村で唱えていたのと、同じ響きだ。
あたりが暗闇に包まれた。
男の手のひらから球状の光が浮かび上がった。光の玉が浮き上がり、洞窟一帯を明るくした。男は振り返り、カイルたちの元まで来た。
「フッ、ガキ共、見てらんねぇから助けてやったよ。礼はいらねぇ」
「え?……」カイルは、思わず声が漏れた。
「あの爆発だよ。俺が押し出さなきゃ、今ごろ肉片だ」
「俺の名はシャドム! 人は俺のことを『闇のプリンス』と呼ぶ!!」
シルクのマントと髪をなびかせ、その男は自信満々にいった。
沈黙が流れた。
――闇のプリンス……ダ、ダサイ……ダサすぎる、どうしよう?
エレナに助けを求めようと横を向いた。
――目元が三日月に歪んで、うつむいているぞ。笑いをこらえようとしているのか……
カイルは目のやり場に困り、エレナと目を合わせられなかった。
「ん……どうした。体の具合でも悪いのか?」
カイルは、深呼吸をした。
「い、いえ。シャドムさ……いえ、闇のプリンス様、お助けいただきありがとうございます」
「シャドムでいい」
「ありがとうございます、シャドム様、突然のことで何が起こったのか、いつからここに居られたのですか?」
「うーん、話をすると長くなる。大岩が揺れたとき、お前の影に潜んだ」
「それより、さっきの間はなんだ? 妙な空気が漂ったぞ。正直に言ってみろ」
――変に鋭いぞ、こいつ。
「はい、最近、二つ名を使う人は珍しくなっていますので、ちょっと戸惑いました」
「そうなのか。八百年くらい前までは、結構いたんだがな、最近は使わないのか」
――八百年、何を言っているんだ。
そのとき、バサバサバサっと何かが飛んできた。
カラスだった。
そのカラスは、少し背の高い岩の上にとまった。




