「絶対者同士の衝突」
「望むところだ」
ゼスの返答を聞いたゼルクロノスは、口元に笑みを浮かべた。
絶対性が成立するための条件。そのものが、ゼスには通用しない。これまで数多の存在を圧倒してきたゼルクロノスにとって、それは初めて直面する未知だった。
だからこそ、確かめる必要がある。
目の前にいる存在が、どこまで自分の絶対性を超えているのかを。
「行くぞ、ゼス」
ゼルクロノスが一歩踏み出した瞬間、絶対地の空間が揺れた。
次の瞬間、ゼルクロノスはゼスの眼前に迫っていた。拳を振り抜く。攻撃が命中するという結果を確定させ、回避も防御も許さない一撃。しかし、その拳はゼスに届かなかった。
いや、正確には、攻撃が届くという結果そのものが成立していなかった。
「なるほど。今度は力任せか」
「試しているだけだ」
ゼルクロノスは拳を引き、間髪入れずに能力を発動させた。
ドミニオンオーバーヘブン。
絶対地の空間も、そこに存在する法則も、すべてを支配下に置く。ゼスが存在する場所そのものを掌握し、逃げ道を封じる。
だが、ゼスは動かなかった。
「無駄だ。お前が支配できるものは、すべてお前の支配が成立する範囲にある」
「なら、その範囲ごと支配すればいい」
ゼルクロノスは全ての決定権の掌握を発動した。ゼスの行動も、攻撃の結果も、勝敗さえも、自らの決定によって上書きする。
ゼルクロノスが勝利する。
その結末を確定させようとした。
――しかし、何も起こらなかった。
ゼスは能力を打ち消したわけではない。抵抗したわけでもない。ただ、ゼルクロノスの決定が届くという前提そのものが、ゼスには通用しなかったのだ。
「お前はまだ、同じことを繰り返している」
ゼスが静かに告げた。
「能力を強くする。支配する範囲を広げる。結果を確定させる。だが、それらはすべて、能力が相手に届くことを前提にしている」
「……分かっている」
「本当に分かっているのか?」
ゼルクロノスは答えなかった。
理解したつもりではいた。しかし、実際にやっていることは、これまでの戦いと何も変わっていない。相手が強ければ、さらに強い力を使う。それでも駄目なら、より上位の権限で押し通す。
絶対者になってから、ゼルクロノスはそうやってあらゆる存在を超えてきた。
だが、ゼスにはそのやり方自体が通用しない。
問題は能力の強さでも、支配できる範囲の広さでもない。ゼルクロノスの絶対性が、成立するための条件を持っていること。それこそが、目の前の敵との決定的な違いだった。
「なら、聞かせろ。お前は一体、何者なんだ?」
ゼルクロノスが問いかけると、ゼスはわずかに沈黙した。
「お前の世界では、私は存在しないはずのものだ」
「存在しない?」
「お前が知っている世界の法則にも、階層にも、記録にも、私は含まれていない」
その言葉に、ゼルクロノスは眉をひそめた。
存在しないはずのものが、なぜここにいるのか。
絶対地に侵入したからというだけでは説明がつかない。そもそも、ゼスは侵入してきたというより、最初からそこに存在していたかのようだった。
「お前は、どこから来た?」
「この世界の外側だ」
「それはもう聞いた」
「なら、もう一つ教えてやる」
ゼスはゼルクロノスを見据えた。
「お前が世界のすべてだと思っているものは、世界のすべてじゃない」
その瞬間、ゼルクロノスの思考が止まった。
世界の外側。絶対性の前提。自分の知らない場所から現れた存在。
それらを結びつけようとしたとき、説明のつかない感覚が胸の奥をかすめた。まるで、知るはずのない何かを、ずっと以前から知っていたかのような感覚だった。
「……お前、ゼルクロノスのことをどこまで知っている?」
「お前が思っている以上に」
「ゼルクロノスが何者なのかもか?」
「お前自身が、まだ知らないことまでな」
ゼルクロノスは目を細めた。
ゼスは挑発しているのだろうか。いや、少なくとも、その声に揺らぎはなかった。知っていることを誇示しているというより、ゼルクロノスがまだたどり着いていない答えを、すでに理解しているようだった。
ゼルクロノスの能力についてか。
それとも、絶対性そのものについてか。
あるいは――この世界についてか。
「ゼルクロノス」
ゼスの声が思考を遮った。
「考えるのは後にしろ。今のお前に必要なのは、答えを聞くことじゃない」
「なら、何だ?」
「自分で答えにたどり着くことだ」
ゼルクロノスはゼスを睨んだ。
腹立たしい言い方だった。だが、否定はできない。ゼスから答えを聞いたところで、それだけで勝てるようになるわけではないのだ。
必要なのは、ゼスの能力を上回る力を探すことだけではない。
自分が絶対者であるという、その意味そのものを見直すことだ。
「……いいだろう」
ゼルクロノスは拳を握り直した。
「なら、俺自身で見つけてやる。お前の前提の外側に、俺の絶対性を届かせる方法をな」
ゼスは、ほんのわずかに目を細めた。
「その答えにたどり着けるなら、見せてみろ」
ゼルクロノスは再び構えた。
まだ勝てない。今のままでは、ゼスに届かない。
しかし、それでいい。
ゼルクロノスはこれまで、あらゆる存在を超越してきた。敵がどれほど強大であろうと、最終的には自らの絶対性によってねじ伏せてきた。
だが、今は違う。
目の前には、力を増すだけでは超えられない壁がある。そして、その壁の向こうに何があるのか、ゼルクロノス自身にも分からない。
それでも、退く理由にはならなかった。
「ゼス。まだ終わりじゃないぞ」
「ああ。始まったばかりだ」
二人の視線が交差する。
絶対地には、依然として二人以外の存在はない。
その静寂の中で、ゼルクロノスは初めて、自分が立っている場所のさらに向こう側を意識していた。
自らがすべてだと信じていた世界。その外側には、何があるのか。
そして、なぜゼスはそこから来たのか。
その答えは、まだ見えない。
だが、この戦いの先にあるのは、単なる勝敗だけではない。
ゼルクロノスが絶対者であることの意味を覆す、未知への第一歩だった。
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