「絶対者を縛るもの」
「想像するだけで終わると思うな」
ゼスの言葉を聞いたゼルクロノスは、わずかに目を細めた。
「……つまり、実際に俺の力を奪うつもりか?」
「そうしてほしいのか?」
「質問に質問で返すなよ」
ゼルクロノスは苦笑した。
だが、ゼスの目を見た瞬間、その笑みは消えた。
冗談を言っているようには見えない。
「いいぜ。やれるものならやってみろ」
「そうか」
ゼスが手を持ち上げた。
その瞬間、ゼルクロノスは自分の内側に異変を感じた。
――いや、違う。
力が消えたわけではない。九つの能力は確かに存在している。全ての運命を支配する力も、全ての決定権を掌握する力も、百パーセントの奇跡も失われてはいない。
それなのに。
「……何をした?」
「何もしていない」
「嘘をつけ。今、何かが――」
「お前は、自分の力を失うことを想像しろと言ったはずだ」
ゼスの声が、ゼルクロノスの言葉を遮った。
「私は、その答えを待っている」
「……っ」
ゼルクロノスは舌打ちした。
能力を使えばいい。
そう考え、全ての決定権を掌握する力に意識を向けた。
自分の意思で、今の状況を変える。
それだけのことだ。
だが、彼はそこで動きを止めた。
――本当に、今この能力を使う必要があるのか?
その疑問が、頭をよぎった。
ゼスに挑発されたから能力を使うのか。それとも、自分自身の意思で能力を使いたいと思ったのか。
そんなことを考える必要はないはずだった。
それでも、一度生まれた疑問は消えなかった。
「……くだらねえ」
ゼルクロノスは顔を上げた。
「俺は、自分の意思で能力を使う。お前に何を言われようと、それは変わらない」
「なら、使ってみろ」
「言われなくてもな!」
ゼルクロノスの周囲で、空間が揺らいだ。
ドミニオンオーバーヘブン。
空間も、天地も、物理法則も、彼の意志によって支配される。
絶対地の空間がゼルクロノスの権能に応じて変化し、ゼスを包み込もうとした。
だが、届かない。
ゼスはそこに立っていた。
何も変わらず、何も失わず、ただゼルクロノスを見つめている。
「……やっぱり、そうか」
ゼルクロノスは目を細めた。
「お前は、俺の能力を無効化しているわけじゃない。能力が成立するための前提そのものを超越している」
「ああ」
「だったら、話は簡単だ」
ゼルクロノスは笑った。
「その前提を超えられない今の俺に、できることは一つしかない」
「何だ?」
「お前のいる場所まで、俺自身が変わることだ」
その言葉と同時に、ゼルクロノスの表情から余裕が消えた。
彼は初めて、自分の能力を使うことではなく、自分自身を見つめた。
運命を支配できるから、運命の外側にいる相手にも勝てる。
決定権を掌握できるから、あらゆる結末を決められる。
奇跡を百パーセントの確率で起こせるから、望む結果を得られる。
これまでの彼は、そう考えてきた。
だが、それらの力が成立することを前提としている限り、その前提の外側に立つゼスには届かない。
ならば。
「……絶対性そのものが、前提に縛られているってことか」
ゼスは答えなかった。
それでも、その沈黙が答えのように感じられた。
ゼルクロノスは拳を握る。
「なら、俺はその前提を超える」
「どうやって?」
「今、考えてるところだよ」
ゼルクロノスは笑った。
「けど、一つ分かった。お前は俺より強いから、俺の能力が通用しないわけじゃない」
「……」
「お前は、俺の絶対性が届かない場所にいる。だったら、俺が変えるべきなのは能力の威力でも、数でもない」
彼は、ゼスを正面から見据えた。
「絶対性が成立するための条件、そのものだ。」
初めて、ゼスの目がわずかに動いた。
ほんの一瞬。
だが、ゼルクロノスは見逃さなかった。
「……今、反応したな?」
「気のせいだ」
「はっ。そういうことにしておいてやるよ」
ゼルクロノスは一歩踏み出した。
まだ、進化したわけではない。ゼスの能力を破ったわけでもない。
しかし、これまでとは違う。
勝つために、ただ力を振るうのではない。
自分の絶対性が届かない理由を理解し、その仕組みそのものを超える。
その道筋が、ようやく見え始めていた。
「ゼス」
「何だ?」
「次は本気でやる。お前も、もう試すだけなんて言ってられないぜ」
ゼスは静かにゼルクロノスを見つめた。
「望むところだ」
その短い返答を合図に、二人の間を流れる空気が変わった。
ゼルクロノスの力が、絶対地を揺るがす。
そして彼は、自らの絶対性を根底から変えるための一歩を踏み出そうとしていた。
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