「万象終焉の絶対皇帝」
絶対地に、静寂が満ちていた。
ゼルクロノスはゼスと向かい合ったまま、動かなかった。既存の能力をどれほど行使しても、ゼスには届かない。奇跡も、運命も、決定権も、死を超越する力さえも、勝利をもたらさなかった。
その理由は、すでに理解している。
ゼスが能力を上回っているからではない。ゼルクロノスの絶対性が成立するための前提そのものを、ゼスが超越しているからだ。
ならば、答えは一つしかない。
「……そうか。俺は、まだ絶対性というものに縛られていたんだな」
ゼルクロノスはゆっくりと顔を上げた。
絶対者であること。すべてを支配できること。どんな存在にも勝利できること。それらは、ゼルクロノスにとって揺るぎない真実だった。
だが、それでもなお、絶対性という概念の内側にいた。
ゼスは、その概念が成立するための条件すら超えている。
しかし――。
「絶対性の前提を超越することも、結局は一つの性質にすぎない」
ゼルクロノスの声に、迷いはなかった。
「なら、その性質さえも超える。前提があろうとなかろうと、絶対性が成立しようとしまいと、俺の絶対性はすべてに届く。そういう存在になればいい」
ゼスの表情が、わずかに変化した。
「そこに気づいたか」
「気づいただけじゃ終わらせない」
ゼルクロノスの周囲で、絶対地そのものが震え始めた。
それは、単純な力の増大ではなかった。新たな能力を外から取り込んでいるわけでも、ゼスの力を奪おうとしているわけでもない。
ゼルクロノス自身の在り方が、根底から変わろうとしていた。
これまでの絶対性を捨てるのではない。その絶対性が適用される範囲を、前提の有無さえ問わない領域へと拡張する。
絶対性を超越する者さえ、その絶対性の適用外にはならない。
ゼルクロノスの意思が、進化の最後の一線を越えた。
「進化しろ――俺の絶対性」
次の瞬間、絶対地が大きく揺れた。
ゼルクロノスの存在を起点に、あらゆる階層と権限、そして超越という概念そのものに変化が及んでいく。全宇宙・全次元にまで及ぶゼルクロノスの存在は、そのままに、絶対性の意味だけが別次元のものへと変わっていった。
やがて、揺れが収まる。
そこに立っていたのは、先ほどまでのゼルクロノスでありながら、明らかに異なる存在だった。
【絶対頂点・超越進化形態】
ゼルクロノス・ミナクルイーター。
その称号は――【万象終焉の絶対皇帝】。
ゼルクロノスは、自らの手を見つめた。新しい力を手に入れたという感覚とは違う。これまで自分を縛っていた最後の境界が、消えていた。
「……これが、進化か」
ゼスは沈黙したまま、その姿を見つめていた。
「説明する必要はないな。お前も分かっているはずだ」
「ああ。だが、確かめておく」
ゼルクロノスはゼスへ視線を向けた。
「今の俺は、前提が存在しないことを理由に、何かを適用外にされることはない。お前がどこに立っていようと、何を超越していようと、俺の絶対性は届く」
「言葉だけなら、いくらでも言える」
「なら、見せてやる」
ゼルクロノスの内側で、九つの究極能力が次々と成立した。
一つ目、アブソリュート・オーバーゼロ(絶対前提超越)。前提の有無にかかわらず、ゼルクロノスの能力と権限を完全に適用する。
二つ目、インフィニット・ソブリンティ(無限絶対主権)。あらゆる階層、権限、超越、絶対性の序列を統べ、その外側とされる領域さえ支配する。
三つ目、オムニフェイト・コンプリート(全運命完全掌握)。世界の内外、運命が形作られる前後を問わず、すべての運命を掌握する。
四つ目、アブソリュートリターン・インフィニティ(無限世界一巡)。回帰が成立する場合だけでなく、回帰そのものが否定される状態さえ支配する。
五つ目、エターナル・アンリミテッド(無限生死超越)。生と死、存在と非存在、定義と定義不能の境界を超越する。
六つ目、ミラクル・アブソリュートゼロ(奇跡絶対支配)。確率や奇跡という枠組みの外側から、望む結末を成立させる。
七つ目、オール・トランセンデンスブレイク(全超越破壊)。能力だけでなく、超越を可能にする性質や、対象の外側に立つという立場そのものを破壊する。
八つ目、コズミック・ハート・オーバーロード(全階層心臓支配)。あらゆる世界と階層、そしてそれらの外側とされる領域まで統べる。
九つ目、フィナル・エンペラーズ・ヴァーディクト(終極皇帝裁定)。ゼルクロノスが下した最終裁定を、いかなる超越や絶対性によっても覆させない。
九つの究極能力が成立したとき、ゼルクロノスはようやく理解した。
自分は、単にゼスより強い存在になったのではない。
ゼスが利用していた「絶対性の前提を超越する」という優位性そのものが、もはやゼルクロノスの絶対性を届かなくする理由にはならないのだ。
「……なるほどな」
ゼスが口を開いた。
「それがお前の答えか」
「ああ。お前は絶対性の前提を超越した。だが、俺は前提が存在するかどうかに関係なく、絶対性を成立させる」
ゼルクロノスは一歩、前へ進んだ。
「これで、ようやく同じ場所に立てたな」
「同じ場所、か」
ゼスは初めて、はっきりと笑みを浮かべた。
「面白い。ならば、ここからが本当の勝負だ」
「ああ。決着をつけよう、ゼス」
二人の間に、再び緊張が走る。
だが、今度は違う。
ゼルクロノスはもう、届かない能力を繰り返し試す必要はない。自らの絶対性がなぜ届かないのか、その答えを見つけ、存在そのものを進化させたのだから。
ゼスもまた、目の前の存在を見定めるように構えた。
絶対地を揺るがす戦いが、次の段階へと進もうとしていた。
そしてゼルクロノスは、まだ知らない。
この進化によって、自らが超えることになるものは、ゼスの絶対性だけではないということを。
彼が立つ世界そのものにも、まだ見ぬ外側が存在することを。
その真実にたどり着くのは、二人の決着がついた後のことだった。
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