「終極皇帝の裁定」
「来い、ゼス」
ゼルクロノス・ミナクルイーターが告げた。
その姿から放たれる圧力は、進化前とは明らかに異なっていた。絶対地の空間が震えているのではない。空間という概念そのものが、ゼルクロノスの存在を前にして意味を変えようとしていた。
対するゼスは、静かに目を細めた。
「進化したからといって、勝利が決まったわけじゃない」
「分かっている。だから、ここで決める」
ゼルクロノスが手を掲げる。
発動したのは、アブソリュート・オーバーゼロ。
絶対性が成立するための前提が存在しなくても、ゼルクロノスの能力と権限は適用される。ゼスがどれほど前提を超越しようと、その超越を理由に干渉を免れることはできない。
「――捉えた」
ゼルクロノスの意思がゼスへと届いた。
初めてだった。
これまで何度能力を行使しても、その効果が成立する前提を超越されていた。しかし今、ゼルクロノスの絶対性は、その壁を越えていた。
ゼスは自身の周囲にインフィニット・アンタッチャブルを展開する。あらゆる干渉が届くという前提を超越し、干渉そのものを成立させない。
だが、ゼルクロノスの力は止まらなかった。
「前提を超越する能力も、超越を可能にする性質も、俺の絶対性の適用外にはならない」
ゼルクロノスが指を握る。
オール・トランセンデンスブレイクが発動した。
ゼスの干渉前提超越が揺らぐ。能力を支えていた性質だけでなく、干渉の外側に立つという優位性そのものが、ゼルクロノスの絶対性によって捉えられていく。
それでも、ゼスは退かなかった。
「ならば、結末そのものを決める」
ゼスの声が響いた。
フィナル・エンドポイント。
ゼスが結末を定めれば、あらゆる継続手段が終わる。能力も、存在も、回帰も、復活も、その裁定を覆すことはできない。
「ここで終わりだ、ゼルクロノス」
絶対地の静寂が、一瞬だけ深まった。
ゼスは勝利という結末を定めた。だが、その結末は確定しなかった。
ゼルクロノスの前に、九つ目の究極能力が成立する。
フィナル・エンペラーズ・ヴァーディクト――終極皇帝裁定。
「残念だったな、ゼス」
ゼルクロノスは真っすぐに相手を見据えた。
「お前が結末を決められるように、俺も結末を決められる。そして、俺の裁定はお前の超越でも覆せない」
「……そうか」
ゼスの表情から、笑みが消えた。
「お前は、自分の絶対性を変えたんじゃない。絶対性が届かないという可能性そのものを、成立させなくしたのか」
「その通りだ」
ゼルクロノスは一歩踏み出した。
「これで終わりにする」
全運命完全掌握が、ゼスの運命の内外を捉える。奇跡絶対支配が、確率や奇跡の枠組みを超えて結末を定める。そして、無限絶対主権が、あらゆる超越と権限を統べる。
ゼスは最後まで抵抗した。
自身の存在をあらゆる次元から独立させ、生命と死、存在と非存在、勝利と敗北の概念さえ超えようとする。だが、そのすべてがゼルクロノスの絶対性の前に適用されていく。
もはや、超越することは逃げ道にならなかった。
ゼルクロノスは拳を握った。
「ゼス・ミナクル。お前は俺に、絶対者であることの意味を教えてくれた。だからこそ、俺がこの戦いを終わらせる」
「……ならば、見せてみろ。お前がたどり着いた答えを」
「ああ」
ゼルクロノスの声が、絶対地に響いた。
「終極皇帝裁定――俺の勝利を確定する」
その瞬間、勝敗が定まった。
ゼスが持つ九つの能力は、ゼルクロノスの絶対性を覆すことができなくなった。最後まで超越を試みたゼスだったが、どこへ立とうと、何を超えようと、その事実は変わらない。
ゼルクロノスが勝利したのだ。
長い沈黙の後、ゼスはゆっくりと顔を上げた。
「……負けたか」
「ああ。俺の勝ちだ」
ゼスは反論しなかった。
「ゼルクロノス。一つ、伝えておく」
「何だ?」
「お前は、まだ自分が何者なのかを知らない」
ゼルクロノスは眉をひそめた。
「またその話か。まだ何かあるのか?」
「ある。私がどこから来たのか。その答えを、お前はまだ知らない」
ゼスの姿が、静かに揺らぎ始めた。
「私がいた場所は、お前が想像しているような階層の外側じゃない。絶対地のさらに上に、別の世界があるという話でもない」
ゼルクロノスは黙って聞いていた。
「お前の世界そのものが、すべてだと思うな」
「……どういう意味だ?」
ゼスは答えなかった。
その姿が薄れていく直前、ゼルクロノスをまっすぐ見つめた。
「いつか、自分で知ることになる」
そして、ゼスは消えた。
絶対地に静寂が戻る。
ゼルクロノスはしばらく、その場から動かなかった。
勝利した。絶対性の前提を超越する存在に勝ち、進化を完成させた。これまでなら、それだけで十分だったはずだ。
だが、ゼスが最後に残した言葉が、頭から離れなかった。
自分の世界そのものが、すべてではない。
「……世界の外側、か」
ゼルクロノスは空を見上げた。
絶対地の上に、何かがあるのか。それとも、ゼスの言葉はまったく別の意味を持つのか。
まだ分からない。
ただ一つ確かなことがあった。
ゼルクロノスは、あらゆる存在を超えた先に、さらに問いかけるべきものがあると知ったのだ。
そして、その問いは力だけでは解決できないのかもしれなかった。
最強であることの証明は、終わった。だが、ゼルクロノス自身の物語は、まだ終わっていなかった。
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