「絶対者は本当に自由なのか」
「そしてゼス・ミナクルは、次に試すものを告げるため、ゆっくりと口を開いた。」
「ゼルクロノス」
「何だ?」
「お前は、自分の意思で行動していると思っているか?」
あまりにも唐突な質問だった。
ゼルクロノスは一瞬だけ目を瞬かせ、それから肩をすくめた。
「何だよ、そんなことか。もちろんだ。俺が何をするか、誰と戦うか、何を望むか。それを決めるのは俺自身だ」
「本当にそうか?」
「……何が言いたい?」
ゼスは答えず、ゼルクロノスを見つめていた。
その視線には、挑発するような色も、相手を見下すような感情もない。ただ、ゼルクロノスの答えそのものを確かめようとしているようだった。
「お前は、全ての運命を支配できる」
「ああ」
「全ての決定権を掌握できる」
「それも事実だ」
「望む奇跡を、百パーセントの確率で起こすこともできる」
「当然だな」
ゼルクロノスは迷いなく答えた。
それらは自分の力だ。今さら疑う理由などない。
しかし、ゼスはそこで言葉を切った。
「では、聞こう」
静かな声が、絶対地に響く。
「お前は、自分の力を使わずにいることを、自分の意思で選べるのか?」
「……は?」
ゼルクロノスの表情から、笑みが消えた。
「何を言ってる。使わないと決めればいいだけだろ」
「なら、今ここで試してみろ」
「何を?」
「全ての運命の支配を、使わずにいろ」
ゼルクロノスは、すぐには答えなかった。
能力を使わない。それ自体は難しいことではないはずだ。
必要がなければ使わなければいい。そう考えるのが当然だった。
だが――。
「……分かった」
ゼルクロノスは、自分の内側へ意識を向けた。
全ての運命を支配する力。
それを使わない。何も操作しない。何も決定しない。ただ、自分の意思で何もしないと決める。
そう考えた瞬間だった。
ゼルクロノスは、違和感を覚えた。
自分が何かを決めようとするたび、その決定が世界に影響を及ぼす。
何かを望めば、その望みが結果へと結びつく。何かを考えれば、その思考さえも運命に干渉し得る。
彼の存在そのものが、あまりにも大きすぎるのだ。
その存在があるだけで、全宇宙と全次元は崩壊へと向かう。
ゼルクロノスは、今も絶対地に立っている。
それでも、その存在が及ぼす影響は、彼の立つ場所だけに収まるものではなかった。
「……っ」
ゼルクロノスは、眉間にしわを寄せた。
「どうした?」
「黙ってろ。今、考えてる」
「そうか」
ゼスはそれ以上、口を挟まなかった。
ゼルクロノスは、自分の意思だけで何も起こさない状態を作ろうとした。
だが、何もしないと決めることさえ、彼にとっては一つの決定だった。
そして、その決定が何の影響も及ぼさないと、どうして言い切れる?
「……ふざけんなよ」
思わず、低い声が漏れた。
ゼスの言うとおりなら、自分は本当に自由なのか。
望む結果を必ず手に入れられることと、何も強制されずに選べることは、同じなのか。
「俺は、自分で決めている」
ゼルクロノスは、改めて言った。
「誰かに命令されているわけじゃない。俺は俺の意思で動いている」
「誰かに命令されているかどうかは、問題ではない」
ゼスは静かに返した。
「お前自身の力が、お前の意思を含めた全てに影響を及ぼしている。その状態で、本当に何の制約もなく選べるのか。それを聞いている」
「……」
「お前は、望む結果を得られる。だが、望まない結果をそのまま受け入れることもできるのか?」
その言葉が、ゼルクロノスの胸に突き刺さった。
望まない結果。
それは、彼にとってほとんど意味を持たない言葉だった。
結果が気に入らなければ、運命を変えればいい。決定を覆せばいい。奇跡を起こせばいい。
死んだとしても、アブソリュートリターンが発動すれば世界は死ぬ前へ戻る。
どんな結末であっても、自分には覆す手段がある。
だからこそ、彼は考えたことがなかった。
覆せる結果を、あえて覆さない。それを本当に自分の意思で選べるのか。
「……お前は、俺に何をさせたいんだ?」
ゼルクロノスの声から、先ほどまでの余裕が薄れていた。
「何もさせるつもりはない」
「だったら、何でこんなことを聞く?」
「お前が、自分を理解していないからだ」
ゼスの答えは短かった。
「お前は、絶対者としての力を理解している。だが、その力を持つ自分自身については、何も疑っていない」
「俺が自分を疑っていないのは、疑う必要がないからだ」
「ならば、答えられるはずだ」
ゼスは一歩、ゼルクロノスへ近づいた。
「お前は、自分の力が存在しなかったとしても、今と同じ選択をするのか?」
「……!」
その瞬間、ゼルクロノスは言葉を失った。
力が存在しなかったとしたら。
運命を支配することも、決定権を掌握することも、百パーセントの奇跡を起こすこともできなかったとしたら。
自分は、何を望むのだろう。
何を選び、何を選ばず、どこへ向かうのだろう。
そんなことを考えたことはなかった。
力を持たない自分など、想像する必要すらなかったからだ。
「……くだらねえ」
ゼルクロノスは吐き捨てた。
「俺は俺だ。力があろうとなかろうと、俺が俺であることに変わりはない」
「そうか」
ゼスは、あっさりと頷いた。
「ならば、その答えを忘れるな」
「何?」
「お前が本当に自分の意思で選んでいるのなら、これからも同じ答えを出せるはずだ」
ゼルクロノスはゼスを睨んだ。
腹が立つ。
何が正しいのか分からないからではない。
自分が当然だと思っていたことに、答えを出せなくなったからだ。
「……ゼス」
「何だ?」
「お前、俺を弱くしたいのか?」
「違う」
「じゃあ、何で俺の力を否定するようなことばかり言う?」
「力を否定しているわけではない」
ゼスは淡々と告げた。
「お前の力が絶対であることと、お前自身が自由であることは、別の話だ」
ゼルクロノスは、黙った。
その言葉に反論したかった。
だが、反論するためには、まず自分が自由であることを示さなければならない。
そして今の彼には、その方法が分からなかった。
絶対地の静寂の中、二人は向かい合っていた。
これまでゼルクロノスにとって、力とは疑う必要のないものだった。
しかし今、初めて疑問が生まれていた。
自分は、全てを支配できる。
それなのに――。
全てを支配できる自分は、本当に自分自身を自由にできているのか。
ゼルクロノスは、ゆっくりと拳を握った。
「……いいぜ」
その顔に、再び笑みが浮かぶ。
先ほどまでの笑みとは違う。答えを見つけた者の笑みではない。
答えの見つからない問いに、正面から挑もうとする者の笑みだった。
「そこまで言うなら、証明してやる。俺が自分の意思で選んでいるってことをな」
「どうやって?」
ゼスの問いに、ゼルクロノスは一瞬だけ言葉を詰まらせた。
具体的な方法など、まだ思いついていなかった。
それでも、目を逸らすつもりはなかった。
「……これから考える」
「そうか」
ゼスは、それ以上何も言わなかった。
だが、その沈黙が終わる直前。
ゼスは、最後に一つだけ告げた。
「ゼルクロノス。次は、お前が最も恐れていないものを試す」
「俺が、最も恐れていないもの?」
「ああ」
ゼスの視線が、まっすぐにゼルクロノスを捉える。
「お前は死を恐れていない。死んでも世界を戻せるからだ」
「……それがどうした?」
「ならば、次に試すのは死ではない」
ゼスは静かに言った。
「お前が死んでも失わないと信じているものだ。」
ゼルクロノスの笑みが、止まった。
それは何なのか。
自分の存在か。力か。それとも、何度でもやり直せるという確信か。
答えを探すゼルクロノスに、ゼスはまだ何も教えなかった。
ただ、次の試練が始まろうとしていた。
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