「死を超越する者その先へ」
「いいぜ。次は、俺の時間を巻き戻す力を見せてやる」
ゼルクロノスは、不敵な笑みを浮かべていた。
アブソリュートリターン。
自分が死んだとき、死ぬ前の状態へ世界を戻す能力。任意に発動できるわけではない。死という結果を迎えたとき、初めて発動する。
そして、ゼルクロノスはその能力を疑っていなかった。
たとえ自分が敗北しようと、死んだとしても、世界が巻き戻れば再びやり直せる。それが彼の持つ九つの能力の一つだった。
「お前、さっきから俺の能力が届かない理由を説明しているよな」
「ああ」
「だったら、これも同じなのか?」
ゼルクロノスは、ゼス・ミナクルの目を見た。
「俺が死ねば世界が戻る。お前が俺を殺したとしても、その結果は巻き戻される。何度だってな」
「そうか」
「……本当に、それだけか?」
「お前がそう言うなら、確かめればいい」
ゼスは、いつもの調子で答えた。
その落ち着き払った態度に、ゼルクロノスは思わず笑いそうになった。
こいつには、恐怖という感情がないのだろうか。
いや、そうではないのかもしれない。恐怖を感じる必要がない。そう考えた方が、まだ納得できた。
「なら、試してみろよ」
ゼルクロノスは両腕を広げた。
「俺を殺してみろ。アブソリュートリターンが発動したとき、何が起こるのか。お前自身の目で確かめればいい」
「……いいだろう」
ゼスが答えた。
次の瞬間、ゼルクロノスの意識が途切れた。
死。
それは、確かに訪れた。
そして――世界が巻き戻った。
ゼルクロノスは、再び絶対地に立っていた。
「……っ!」
一瞬、息が詰まる。
自分が死んだ感覚は残っている。だが、今は生きている。死ぬ前の状態へ世界が戻ったのだ。
「ははっ……!」
ゼルクロノスは笑った。
「どうだ! これがアブソリュートリターンだ! 俺が死ねば世界が戻る。お前が何をしようと、俺は死ぬ前の状態へ戻ってくる!」
ゼスは、ゼルクロノスを見つめていた。
「確かに、発動したな」
「当たり前だろ」
「なら、もう一度だ」
ゼルクロノスの笑みが止まった。
「……何?」
「もう一度、確かめる」
その言葉の意味を問い返すより早く、ゼルクロノスは再び死んだ。
そして、世界が巻き戻る。
ゼルクロノスは復活した。
「……なるほどな」
ゼスが呟いた。
「お前の能力は、死をきっかけに世界を死ぬ前の状態へ戻す。死ぬ前に自分の意思で発動するものではない」
「そうだ。だから何だ?」
「いや。確認しただけだ」
ゼルクロノスは、わずかに眉をひそめた。
確認しただけ。
たったそれだけのために、二度も自分を殺したというのか。
「お前、本当に何がしたいんだ?」
「お前の限界を確かめている」
「俺の限界?」
「そうだ」
ゼスは一歩も動かずに答えた。
「お前は、自分が絶対者だと考えている。ならば、その絶対性がどこまで通用するのか。自分自身で確かめてみればいい」
ゼルクロノスは黙り込んだ。
言い返そうと思えば、いくらでも言い返せる。
自分は絶対者だ。九つの能力を持ち、あらゆる運命と決定を支配できる。死んでも世界が戻る。
それは、今も変わらない事実だ。
それなのに、目の前の存在を前にすると、その事実だけでは何も解決しなかった。
「……お前、俺を倒したいのか?」
「さあな」
「またそれかよ」
ゼルクロノスは呆れたように息を吐いた。
「少しくらい本音を話したらどうなんだ?」
「お前が知りたいのは、私の目的か。それとも、自分の能力が通用しない理由か?」
「……両方だ」
「ならば、まずは自分のことを知れ」
ゼスの言葉に、ゼルクロノスは口を閉ざした。
自分のことを知れ。
そんなことは、とっくに知っているつもりだった。
自分が何者なのか。どれほどの力を持っているのか。何ができて、何ができないのか。
誰よりも理解していると思っていた。
だが、本当にそうなのだろうか。
「……いいぜ」
やがて、ゼルクロノスは笑みを浮かべた。
「そこまで言うなら、最後まで付き合ってやる」
「そうか」
「ただし、勘違いするなよ。俺は自分が最強だという事実を疑っているわけじゃない」
ゼルクロノスの瞳に、強い光が宿った。
「俺が知らないものがあるなら、知りたいだけだ。お前が俺の能力の外側にいるというのなら、その外側に何があるのか、確かめてやる」
ゼスは答えなかった。
ただ、ゼルクロノスを見つめていた。
その沈黙を肯定と受け取ったのか、ゼルクロノスは再び口を開いた。
「次は何を試せばいい?」
「次は、お前が自分の存在をどう考えているのか。それを確かめる」
「俺の存在?」
「そうだ」
ゼスは、静かに告げた。
「お前は、自分が何者なのか、本当に理解しているのか?」
ゼルクロノスは、眉を寄せた。
「……どういう意味だ?」
「言葉どおりだ」
ゼスはそれ以上、説明しなかった。
ゼルクロノスはしばらく相手を見つめていたが、やがて小さく笑った。
「いいぜ。だったら、見せてやるよ」
彼は、自らの内側に意識を向けた。
自分という存在。
全宇宙と全次元を崩壊させるほどの力。あらゆる運命を支配する権能。死を迎えれば世界を巻き戻す能力。
そして、絶対地に君臨する絶対者としての自分。
それらすべてが、ゼルクロノスを形作っている。
「俺はゼルクロノスだ。それ以上でも、それ以下でもない」
ゼスは、わずかに目を細めた。
「……そうか」
「何だよ。その反応は」
「いや」
ゼスは視線を逸らさず、言った。
「ならば、次で確かめるとしよう」
ゼルクロノスは笑みを深めた。
まだ、答えは見えない。
だが、今まで何も変わらなかった世界で、初めて自分の知らない何かが目の前にある。
それだけで、先へ進む理由には十分だった。
絶対地に、静寂が戻る。
そしてゼス・ミナクルは、次に試すものを告げるため、ゆっくりと口を開いた。
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