「100%の奇跡が届かない」
「俺が最も頼りにしているもの……?」
ゼルクロノスは、ゼス・ミナクルの言葉を繰り返した。
空間を支配する力。あらゆる運命を操る力。自分の意思によって勝敗を決定する力。どれもゼルクロノスにとって欠かせない能力だ。
だが、その中でも一つだけ、特別なものがある。
どんな状況であろうと、自分の望む結果を確実に引き起こす能力。
「……まさか」
ゼルクロノスの口元に笑みが浮かんだ。
「100%の確率で起こる奇跡、か?」
「そうだ」
ゼス・ミナクルは短く答えた。
「お前は、それを頼りにしている」
「当たり前だろ。俺が望んだ結果は、100%の確率で起こる。可能か不可能かなんて関係ない。どんな状況だろうと、俺が望めば奇跡は起こるんだ」
ゼルクロノスは胸を張った。
これだけは譲れない。
運命を支配できない相手がいようと、決定権が通用しない相手がいようと関係ない。望む結果を奇跡として成立させればいいのだ。
それこそが、ゼルクロノスの持つ絶対的な切り札だった。
「お前にも、これだけは覆せないはずだ」
「……試してみろ」
ゼス・ミナクルは静かに告げた。
その言葉を聞いた瞬間、ゼルクロノスの目が輝いた。
「言ったな?」
「ああ」
「後悔するなよ」
ゼルクロノスは右手を掲げた。
「100%の確率で起こる奇跡!」
その瞬間、絶対地が震えた。
空間が歪んだわけではない。運命が書き換えられたわけでもない。何かが破壊されたわけでもなかった。
ただ、ゼルクロノスの望む結果が、確実なものとして定められた。
彼が望んだのは、ただ一つ。
ゼス・ミナクルに対する、自分の完全な勝利。
それ以外の結果はあり得ない。
失敗はない。偶然もない。可能性の揺らぎすらない。
奇跡は100%の確率で起こる。
ゼルクロノスは確信していた。
これで終わりだ、と。
「……どうだ?」
彼はゼス・ミナクルを見つめた。
しかし。
何も起こらなかった。
ゼス・ミナクルは、先ほどと同じ場所に立っていた。傷一つなく、姿勢すら変わっていない。
「……あ?」
ゼルクロノスは目を細めた。
「おい。何が起きた?」
「お前が奇跡を起こした」
「だったら、なんでお前は平然としてる?」
「私が平然としていることと、お前が奇跡を起こしたことは矛盾しない」
「……何?」
ゼルクロノスの笑みが消えた。
確かに、能力は発動した。失敗した感覚もない。奇跡そのものが妨害されたわけでもない。
それなのに、望んだ勝利だけが成立していなかった。
あり得ない。
いや、あり得ないはずなのだ。
「もう一度だ」
ゼルクロノスは、再び奇跡を発動させた。
今度は、ゼス・ミナクルの存在そのものを完全に自分の支配下へ置くという結果を望む。
100%。
疑いようのない確率。
だが、結果は変わらなかった。
ゼス・ミナクルは、そこに立っている。
「……もう一度!」
三度目。
四度目。
五度目。
ゼルクロノスは、何度も奇跡を発動させた。
そのたびに、奇跡は確実に起きている。
それでも、ゼス・ミナクルを相手にした勝利だけが手に入らない。
「ふざけるな……!」
ゼルクロノスの声に、初めて苛立ちが混じった。
「俺の奇跡は100%だ! 失敗する可能性なんて存在しない! なのに、なんで結果が変わらないんだ!」
ゼス・ミナクルは、そんなゼルクロノスを見つめていた。
そして、淡々と告げた。
「パーフェクト・カウンターファクト」
ゼルクロノスの動きが止まる。
「奇跡が100%の確率で起こる。その能力自体を否定しているわけじゃない」
ゼス・ミナクルは続けた。
「お前の奇跡は、お前の望む結果を確実に引き起こす。だが、その奇跡が成立するための前提を、お前は理解していない」
「……前提?」
「そうだ。お前は、奇跡が成立すれば、その結果が私にも通用すると考えている」
ゼス・ミナクルの声に、感情の揺らぎはなかった。
「だが、私は奇跡が成立するための前提、その外側にいる」
ゼルクロノスは拳を握り締めた。
「つまり……俺の奇跡が、お前には通用しないってことか?」
「違う」
ゼス・ミナクルは即座に否定した。
「お前の奇跡は通用している。だが、お前が望む結末を、私に対して確定させることはできない」
「同じことだろうが!」
「同じではない」
ゼス・ミナクルは、静かに言い切った。
「奇跡が100%起こることと、その奇跡がお前の望む結末をもたらすことは別だ」
その言葉が、絶対地に響いた。
ゼルクロノスは何も言わなかった。
理解はできる。
言葉の意味も分かる。
だが、それを認めることはできなかった。
100%とは、絶対に起こるということだ。
絶対に起こるものが、望んだ結果をもたらさない。
そんなことが成立するのなら、自分の考える絶対とは何なのか。
「……はは」
ゼルクロノスは、小さく笑った。
「ははは……そうか。そういうことか」
彼は顔を上げた。
その瞳には、先ほどまでとは違う光が宿っていた。
「お前は、俺の能力を壊しているわけじゃない。無効化しているわけでもない。俺が絶対だと思っていたもの、その成立条件の外側にいるんだな」
「ようやく理解したか」
「だったら、なおさら面白い!」
ゼルクロノスは笑った。
先ほどまでの苛立ちは、いつの間にか消えていた。
自分の能力が通用しない。
その事実は変わらない。
だが、目の前の存在は、自分の能力を破壊したわけでも、奪ったわけでもない。
自分の絶対性が成立する領域の外側から、ただそこに立っている。
それが、どれほど異常なことなのか。
ゼルクロノスには分かり始めていた。
「ゼス・ミナクル。お前、本当に何者なんだ?」
「さっき名乗ったはずだ」
「名前を聞いてるんじゃない。お前の存在そのものを聞いてるんだ!」
ゼス・ミナクルは、わずかに目を細めた。
「知りたいのか?」
「当然だろ」
「ならば、覚えておけ」
ゼス・ミナクルは、一歩も動かずに告げた。
「私は、お前が知るすべての世界や階層が成立するための前提、その外側にいる」
ゼルクロノスは黙って聞いていた。
「お前が絶対地の頂点に立っていることは否定しない。お前の能力が絶対的であることも否定しない」
「……」
「だが、それらが成立する領域の外側まで、お前の絶対性が及ぶとは限らない」
ゼルクロノスは、ゆっくりと拳を開いた。
「……なるほどな」
その表情から、笑みが消えていた。
代わりに浮かんでいたのは、純粋な好奇心だった。
自分が最強であることを疑ったことはない。
そして今も、自分の強さを疑っているわけではない。
ただ、知りたい。
自分の絶対性の外側に、何があるのか。
自分が知らない領域に、どんな存在がいるのか。
「なあ、ゼス」
「何だ?」
「お前には、まだ能力があるんだろ?」
ゼス・ミナクルは答えなかった。
「空間も、運命も、決定権も、奇跡も。俺の能力は、お前には届かなかった」
ゼルクロノスは、まっすぐに相手を見つめた。
「なら、次は何を見せてくれる?」
しばらくの沈黙の後、ゼス・ミナクルが口を開いた。
「次は、お前が死を超越しているという事実を試す」
その一言で、ゼルクロノスの表情が変わった。
死。
それは、彼にとって恐れるものではない。
たとえ自分が死んだとしても、アブソリュートリターンによって世界を死ぬ前の状態へと戻すことができる。
死を超越するだけではない。
死という結果そのものを、なかったことにできるのだ。
「……アブソリュートリターンか」
ゼルクロノスは呟いた。
「俺が死んでも、世界は死ぬ前に戻る。俺が敗北しても、その結果を覆せる。お前が何をしようと、俺には何度でもやり直す手段がある」
「そう思っているのか」
「事実だ」
ゼス・ミナクルは、静かにゼルクロノスを見つめた。
「ならば、次で確かめるといい」
その言葉を最後に、ゼス・ミナクルは口を閉ざした。
ゼルクロノスは、彼から目を離さなかった。
100%の奇跡でさえ、望む結末を確定させられなかった。
ならば、死を超越する力はどうなるのか。
もし、それすらも通用しないのだとしたら。
自分の絶対性は、一体どこまで届くのだろうか。
ゼルクロノスは、ゆっくりと笑みを浮かべた。
「いいぜ。次は、俺の時間を巻き戻す力を見せてやる」
絶対地の静寂の中、二人は向かい合っていた。
そしてゼス・ミナクルは、次に試す能力の名を、まだ口にしていなかった。
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