「絶対地に現れた異物」
絶対地。 ゼルクロノスは、先ほど何かが揺らいだ場所を見つめていた。 そこには何もない。空間の歪みも、次元の裂け目も、異常なエネルギー反応も存在しなかった。いつもと変わらない、静寂に包まれた絶対地だった。 「気のせい……というわけではないな」 ゼルクロノスは目を細めた。 彼の能力は、あらゆる事象を支配する。認識した対象の存在を崩壊させることも、相手の能力を破壊することも、運命そのものを書き換えることも可能だ。 それなのに、先ほどの現象だけは、何が起きたのかさえ把握できなかった。 「久しぶりに調べてみるか」 ゼルクロノスは右手を軽く掲げた。 「ドミニオンオーバーヘブン」 その瞬間、絶対地の空間が変化した。 空間、天地、物理法則。そのすべてがゼルクロノスの意思に従い、周囲のあらゆる情報が彼の認識へと流れ込んでくる。絶対地の隅々までが支配下に置かれ、異常の有無が確認されていく。 しかし。 「……ない?」 何も見つからなかった。 先ほど確かに感じた揺らぎが、どこにも存在しないのだ。 ゼルクロノスは、今度は運命を探った。 「全ての運命の支配」 あらゆる存在の過去、現在、未来。その運命をたどり、異常の原因を突き止めようとする。 だが、結果は同じだった。 何もない。 まるで、最初から何も起きていなかったかのように。 「妙だな……」 その時。 「探しているのは、私か?」 背後から声がした。 ゼルクロノスは動かなかった。 振り返る必要などなかった。声の主が誰であろうと、彼の能力ならば即座に把握できるはずだったからだ。 だが、認識できない。 気配も、存在の輪郭も、運命の痕跡も。 何一つとして捉えられなかった。
「……誰だ」
ゼルクロノスが問いかける。
「私の名を知る必要はない」
声の主が答えた。
「お前は、ゼルクロノスだろう?」 「そうだが」 「ならば、話は早い」
次の瞬間、ゼルクロノスの目の前に、一つの人影が現れた。 人型ではある。だが、その姿は奇妙だった。輪郭ははっきりしているにもかかわらず、顔だけが認識できない。黒い衣をまとい、ただ静かにゼルクロノスを見つめている。 ゼルクロノスは相手を観察した。 存在の規模は測定不能。 能力の有無も不明。 運命は確認できず、過去も未来も見通せない。 それどころか、相手がそこに存在しているという事実すら、彼の能力では正確に捉えられなかった。
「お前、何者だ?」 「さあな」 人影は、わずかに首を傾けた。 「ただ、一つだけ教えてやろう」 「何だ?」 「お前は、自分が最強だと思っている」 ゼルクロノスの表情がわずかに変わった。 「事実だ。全宇宙、全次元、観察層、神階。そのすべてを超えた絶対地にいるのは私だ。私を上回る存在などいない」 「そうか」 人影は淡々と答えた。 そして、一歩踏み出す。
「ならば、試してみるか?」 ゼルクロノスは笑った。 久しく忘れていた感情が、全身を駆け巡る。 挑戦。 敵意。 そして、未知。 「いいだろう」 彼は右手を掲げた。 「まずは、お前の存在を消してやる」 「ディザスターデコンポーズ」 認識した相手を分子レベルで崩壊させる力が発動する。 本来なら、対象は抵抗する間もなく崩壊する。どれほど強大な存在であろうと、ゼルクロノスが認識した時点で終わりだ。 しかし。 何も起きなかった。 人影は、その場に立っていた。 「……ほう?」 ゼルクロノスは目を細める。 「ならば、これならどうだ」 「アビリティブレイク」 相手の能力を無効化し、破壊する力が放たれる。 それでも、人影は動かなかった。 「効かないのか?」 「効く必要がない」 人影は答えた。 「お前の力がどれほど絶対的であろうと、それはお前のいる場所での話だ」 ゼルクロノスの笑みが消えた。 「何を言っている?」
「簡単なことだ」 人影は、ゆっくりと右手を上げた。 「お前が頂点だと思っている場所。その外側に、私がいる」
その瞬間。 絶対地が、揺れた。 ゼルクロノスが初めて目にする現象だった。 彼の意思によって動くはずの空間が、彼の意思とは無関係に歪んでいく。天地も物理法則も、彼の支配を無視するかのように変化していた。
「……何だと?」 ゼルクロノスは即座に、全ての決定権の掌握を発動した。 相手の行動を上書きし、自らの勝利を確定させようとする。 だが、勝敗は決まらなかった。 それどころか、ゼルクロノスの能力が発動したという事実すら、相手には届いていないようだった。 「馬鹿な……」 ゼルクロノスは初めて、言葉を失った。 自分の能力が通用しない。 運命も、決定権も、奇跡も、相手には届かない。 そんなことは、あり得ないはずだった。 人影はゼルクロノスを見つめ、静かに告げた。 「さあ、絶対者よ」 「お前の本当の限界を、教えてやろう」 そして、敵は一歩、ゼルクロノスへと近づいた。
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