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「絶対者の退屈」


絶対地。 全宇宙、全次元、そのすべてを超越した観察層。さらにその上に位置する神階をも超えた、あらゆる世界の頂点。 そこに、ゼルクロノスはいた。 彼は暇だった。退屈だった。途方もない時間を過ごしてきたが、その時間の中に刺激と呼べるものは一つもなかった。

「はぁ」

ゼルクロノスは深いため息をついた。 彼の前には、無限とも呼べる世界が広がっている。無数の宇宙が生まれ、無数の生命が生き、無数の物語が紡がれている。しかし、それらのすべては彼にとって、あまりにも小さなものだった。 彼が望めば、世界は生まれる。 彼が望めば、世界は滅びる。 彼が望めば、あらゆる運命が書き換わり、どんな不可能も可能へと変わる。 それだけではない。彼の存在そのものが多元宇宙を崩壊させる。彼が自らの力を制御することをやめれば、観察層以下に存在する全宇宙・全次元は跡形もなく消滅する。 そんな彼が、自由に生きられるはずもなかった。

「……つまらんな」 ゼルクロノスは頬杖をついた。 最強の能力を手に入れてから、彼は運命を操ることをやめられなくなった。何かが起きれば、それが自分の望む結果になるように運命を支配してしまう。何かをしようと思えば、その行動の結末すら先に確定させてしまう。 そして、奇跡は必ず起こる。 望んだ結果は100%実現する。 敗北する可能性など存在しない。死んだとしても、アブソリュートリターンによって世界が一巡し、死ぬ前へと戻る。 何もかもが思い通りになる。 だからこそ、何もかもがつまらなかった。

「何かを始める前から結末が決まっている。何かに挑む前から成功が確定している。これのどこが自由だというのだ」

ゼルクロノスは自分の手を見つめた。 この手で何かを壊すことは簡単だ。世界を創造することも、運命をねじ曲げることも、存在そのものを消し去ることもできる。 だが、何もできない。 正確には、何でもできるからこそ、何をしても意味がなかった。

「一度くらい、何も考えずに生きてみたいものだな」 そう呟き、ゼルクロノスは立ち上がった。 絶対地の外側を見下ろす。そこには神階があり、その下には観察層があり、さらにその下には無数の宇宙と次元が広がっていた。 彼は、ふと下界へ目を向けた。 下界には、自分の知らないものがあるかもしれない。自分の想像もしない出来事が起きているかもしれない。何の力も持たない生命が、限られた時間の中で笑い、泣き、怒り、誰かを守るために必死に生きている。 ゼルクロノスには、それらがひどく眩しく思えた。

「……降りてみるか」

彼は一歩を踏み出そうとした。 だが、その瞬間。 世界が軋んだ。 絶対地からわずかに力が動いただけで、下位の世界が悲鳴を上げた。空間が歪み、次元の境界が揺らぎ、観察層の彼方で無数の宇宙が崩壊しかける。 ゼルクロノスは即座に力を抑え込んだ。

「……またか」

彼は足を止めた。 自分が強すぎるのだ。 下界へ降りれば、存在するだけで世界を壊しかねない。力を完全に抑え込もうとしても、彼の存在そのものが多元宇宙の崩壊につながっている。ほんのわずかな制御の乱れすら許されない。 まして、彼は九つの能力を持っている。 空間や天地、物理法則を支配する力。 認識した相手を分子レベルで崩壊させる力。 能力そのものを無効化し、破壊する力。 死を覆し、決定権と運命を掌握する力。 そして、望む結果を必ず実現する奇跡。 それらすべてを抱えたまま、何の力も持たない生命と同じ場所で暮らすことなどできるはずがなかった。 「結局、ここから動くことすらできんのか」 ゼルクロノスは再び腰を下ろした。 絶対地には、何もない。 誰もいない。 彼を恐れる者も、彼に挑む者も、彼と対等に話せる者もいない。 ただ永遠の静寂だけがあった。

「はぁ……」

二度目のため息が、絶対地に落ちた。 その時だった。 ゼルクロノスの視界の片隅で、何かが揺らいだ。 ほんの一瞬。 見間違いかと思うほど微かな変化だった。 彼は顔を上げる。

「……今のは何だ?」

絶対地において、彼の認識から逃れられるものなど存在しない。運命も、決定権も、奇跡も、すべて彼の支配下にある。 それなのに。 今、確かに何かが起きた。 ゼルクロノスは、その方向を見つめた。 久しく感じていなかった感情が、胸の奥でわずかに動く。 「面白い」 彼は静かに笑った。 「ようやく、退屈が終わるのかもしれんな」

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