「世界を描く者」
敵が消えた後も、絶対地に現れた線は残っていた。
ゼルクロノスは、その線を見つめていた。
先ほどの戦いで、作者の権限とゼルクロノスの絶対性は競り合った。敵を別の作品の世界へ吹き飛ばすことで決着はついたが、肝心の存在については、まだ何も分かっていない。
この世界を描いている者。
ゼルクロノスの知らない場所から、物語そのものに関与できる存在。
「おい。聞こえているんだろう?」
ゼルクロノスが呼びかける。
返事はなかった。
「さっきまで、お前の権限は俺の行動に反応していた。俺が何をするのか、少なくとも見てはいるんだろう」
線は動かない。
ゼルクロノスは少し考えた後、別の行動に出た。
進化後の能力、**オムニフェイト・コンプリート(全運命完全掌握)**を発動する。
世界の内側だけではない。物語が形作られる前後を含め、あらゆる運命を掌握する力。
ゼルクロノスは、その力を使って作者の居場所を探ろうとした。
しかし、結果が出るより先に、線がわずかに揺れた。
ゼルクロノスは能力を止めない。
すると、線のそばに新たな線が描かれた。
そこには、ゼルクロノスの行動を妨げるような反応があった。だが、完全な拒絶ではない。能力が無効化されたわけでもなかった。
運命を掌握しようとするゼルクロノスと、それに対して世界の外側から働きかける作者の権限。
再び、両者の力が競り合っていた。
「……やっぱり、そう簡単には教えてくれないか」
ゼルクロノスは能力を解除した。
無理に探り続けても、同じ競り合いが続くだけだろう。
ならば、別の方法を試す。
「お前は、この世界を描いているんだろう?」
ゼルクロノスは線へ向かって話しかけた。
「なら、俺が今こうして話していることも、お前には見えているはずだ」
沈黙。
「俺は、自分が生まれた世界のすべてを知っていると思っていた。全宇宙も、全次元も、その先にある階層も。だが、お前はその外側にいる」
ゼルクロノスは、わずかに笑った。
「面白いじゃないか」
彼にとって、未知は恐怖ではなかった。
むしろ、これまで知り得なかったものに触れられることが、純粋に興味深かった。
圧倒的な力を持ちながら、自由を感じられなかった日々。
何をしても結果が分かり、何を望んでも実現できる。そんな世界で、ゼルクロノスには本当の意味で未知と呼べるものがなかった。
だが、今は違う。
自分の知らない世界がある。
そして、その世界には自分の行動を見ている存在がいる。
「一つだけ答えてくれ」
ゼルクロノスの声が、静かな絶対地に響いた。
「お前は、俺をどうしたい?」
その問いの直後だった。
線が、初めて大きく動いた。
一本だった線のそばに、文字のようなものが現れかける。
ゼルクロノスは目を凝らした。
だが、文字が形になる前に、その動きは止まった。
まるで、何かを書こうとして、思いとどまったかのようだった。
「……答えられないのか。それとも、答えるつもりがないのか」
ゼルクロノスは腕を組んだ。
しばらく待っても、線に変化はなかった。
やがて、彼は小さく息を吐いた。
「いいだろう。今すぐ答えを聞き出す必要はない」
ゼルクロノスは背を向けかけ、ふと足を止めた。
「ただし、覚えておけ」
再び、線へと顔を向ける。
「俺は、お前が描いた世界の中だけで満足するつもりはない。お前が何者なのか、なぜ俺の世界を描いているのか。いつか必ず確かめる」
線は何も答えなかった。
それでも、ゼルクロノスは確信していた。
自分の言葉は届いている。
そして、作者はそれを聞いている。
ゼルクロノスは、今度こそ線から目を離した。
まだ知らない世界があるのなら、そこへ至る方法を見つければいい。
それが、彼の新たな目的となった。
そのとき、ゼルクロノスの背後で、線が静かに消えた。
彼は振り返らなかった。
線が消えた理由も、作者が何を考えているのかも、今は分からない。
だが、ひとつだけ確かなことがある。
ゼルクロノスはもう、ただ与えられた世界の中で退屈しているだけの存在ではなかった。
彼は、自分の世界の外側へ進もうとしていた。
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