「競り合う権限」
絶対地に現れた一本の線は、まだ消えていなかった。
ゼルクロノスがその線を見つめている間に、敵は体勢を立て直した。先ほどまでの余裕は薄れ、その表情には焦りが浮かんでいる。
「お前……本当に、あのお方に接触するつもりなのか?」
「そのために、ここまで来たんだろう」
ゼルクロノスは敵へ視線を戻した。
「お前との戦いで分かったことがある。俺の能力は通用する。だが、お前の背後にいる存在の権限が、それに対抗している。なら、その権限を持つ者について知る必要がある」
「簡単に言ってくれる……!」
敵が地面を蹴った。
今度は拳を振るうのではなく、ゼルクロノスの懐へ潜り込み、その身体を掴もうとする。
ゼルクロノスは一歩だけ横へずれた。
敵の手が空を切る。その直後、ゼルクロノスの掌底が敵の腹部に叩き込まれた。
「ぐっ!」
敵の身体が折れ曲がり、後方へ飛ぶ。
しかし、地面に激突する寸前、敵の身体が不自然に軌道を変えた。衝撃を受けるはずだった結果が変わり、敵は地面へ降り立つ。
ゼルクロノスは追撃の構えを崩さなかった。
「今のも作者の権限か」
「そうだ! お前がどれほど私を追い詰めようと、あのお方の加護がある限り、私はまだ戦える!」
「なら、どこまで耐えられるか試してみるか」
ゼルクロノスの姿が消えた。
敵が振り返るより早く、その背後に現れる。
拳が振り抜かれた。
敵は防御しようと腕を上げたが、間に合わない。強烈な一撃を受け、再び吹き飛ばされた。
それでも、敵は倒れなかった。
作者の権限が介入し、戦いは続く。
だが、ゼルクロノスの攻撃も確実に敵へ届いていた。敵の身体は衝撃を受け、そのたびに体勢を崩している。加護は攻撃を完全に無効化しているのではなく、決定的な結果が確定することに対抗していた。
ゼルクロノスは、その様子を見極めていた。
「なるほど。お前を完全に倒す結果を確定させるには、作者の権限が邪魔になる。だが――」
彼は右手を敵へ向けた。
「戦いの結末を、別の形にすることはできる」
敵の表情が強張った。
「何をするつもりだ?」
ゼルクロノスは答えず、進化後の能力を発動した。
フィナル・エンペラーズ・ヴァーディクト(終極皇帝裁定)。
ゼルクロノスの裁定が、戦いの結末を定めようとする。
敵の背後で、世界を描く線が揺らいだ。
作者の権限が対抗する。
ゼルクロノスの裁定が押し通そうとする結果と、それを阻もうとする権限が真正面から衝突した。絶対地の空間が軋み、両者の間に強烈な歪みが生じる。
「ぐああっ……!」
敵が叫んだ。
自分の身体を支えていた加護が、ゼルクロノスの裁定と激しく競り合っている。その衝突に巻き込まれ、敵の足元に空間の裂け目が生じた。
「この程度で……私をどうにかできると思うな!」
敵は踏みとどまろうとした。
だが、ゼルクロノスは手を下ろさなかった。
「お前を倒す必要はない」
「何……?」
「お前がここにいることが問題なら、ここからいなくなればいい」
ゼルクロノスの視線が、敵の足元へ向けられる。
空間の裂け目が広がった。その向こうに見えるのは、絶対地でも、その下に連なる世界でもない。
まったく異なる世界だった。
異なる物語が存在する、別の作品の世界。
敵はそれを見て、初めて明確な恐怖を浮かべた。
「待て……! そこは――!」
「決着だ」
ゼルクロノスが裁定を下す。
作者の権限が最後まで対抗する。しかし、ゼルクロノスの絶対性もまた、押し負けてはいなかった。
二つの権限が競り合った末、敵の身体が裂け目へ引き寄せられる。
「おのれえええっ!」
敵は必死に踏みとどまろうとしたが、足元の空間が崩れ、身体が宙へ浮いた。
そして次の瞬間、敵は別の世界へと吹き飛ばされた。
裂け目が閉じる。
絶対地に、静寂が戻った。
ゼルクロノスはしばらく、その場所を見つめていた。
「……これで終わりか」
敵の気配は、もう感じられない。
倒したわけではない。消滅させたわけでもない。
ただ、この世界から排除したのだ。
ゼルクロノスはゆっくりと顔を上げた。
世界を描く線は、まだそこにあった。
「さて……」
彼は小さく笑った。
「次は、お前と話をする番だな」
線の向こう側から、返事はない。
しかし、ゼルクロノスはもう待つつもりはなかった。
敵との戦いは決着した。
そして今度は、世界の外側にいる存在との対話が始まろうとしていた。
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