「不可能を可能にする加護」
敵が地面を蹴った。
ゼルクロノスとの距離が、一瞬で消える。
「また正面からか」
ゼルクロノスは右手を掲げた。
敵の拳が届くより早く、その行動を支配する。相手が拳を振るうという選択も、攻撃が命中するという結果も、ゼルクロノスの権限の下に置く。
通常なら、それだけで決着していた。
しかし――。
「殴る!」
敵が叫んだ。
拳が、ゼルクロノスの腹部に突き刺さった。
「ぐっ……!」
ゼルクロノスの身体が後方へ吹き飛ぶ。彼は空中で体勢を立て直し、足を止めた。表情から笑みが消えている。
まただ。
攻撃が成立するはずのない状況で、攻撃が成立した。
「今のも加護か?」
「ああ。お前が攻撃を防ぐことも、私の攻撃を成立させないことも、本来なら可能だったんだろうな」
敵は拳を握り直した。
「だが、あのお方は、それを不可能にしなかった。私が殴るという結果を、可能にしたんだ」
「……随分と都合のいい力だな」
「都合がいい? 当然だ。あのお方が私を生み出したのだからな!」
敵が再び走り出す。
ゼルクロノスは、今度は攻撃を避けなかった。
敵の拳が迫る直前、七つ目の究極能力――オール・トランセンデンスブレイクを発動する。相手の力を支えている性質だけでなく、超越を成立させる仕組みそのものを破壊する能力だ。
しかし、敵には破壊すべき能力がない。
それでも、ゼルクロノスは能力を止めなかった。
敵の拳が届く。
その瞬間、ゼルクロノスの絶対性が敵の存在に適用された。
「――捉えた」
敵の動きが止まる。
初めて、加護によって成立していた攻撃が阻まれた。
敵は目を見開いた。
「何……?」
「お前に能力がないことは分かった。だが、お前が何によって行動しているのかは、別の話だ」
ゼルクロノスは敵を見据えた。
「お前自身に力がないのなら、その不可能を可能にしているものは、お前の外側にある。俺は今、その加護によって成立する結果を捉えた」
「馬鹿な……!」
敵が力を込める。
拳を動かそうとするが、動かない。
ゼルクロノスは確信していた。自分の絶対性が、ようやく加護の影響に届いたのだ。
だが、その直後だった。
敵の身体が、突然動き出した。
ゼルクロノスの拘束を振りほどいたのではない。拘束が破壊されたわけでもない。
拘束されているという状況のまま、敵は動いた。
「なっ……!」
敵が拳を振り抜く。
ゼルクロノスは咄嗟に腕を交差させた。凄まじい衝撃が走り、彼の足元に亀裂が広がる。
「ははっ……! そうか、そういうことか!」
敵は笑っていた。
「お前は私を捉えた! 確かに捉えたんだ! だが、あのお方の加護が、それでも動けるようにした!」
ゼルクロノスは敵から距離を取った。
拘束は成立していた。能力も届いていた。それでも、敵は動いた。
つまり、加護はゼルクロノスの絶対性を超越するものではない。ゼルクロノスの絶対性が作用した後でさえ、通常なら成立しない結果を可能にしているのだ。
「……能力の強さを競っているわけじゃないのか」
ゼルクロノスが呟いた。
「そうだ! 私に能力はない! お前のような力もない! それでも、お前を殴ることができる!」
敵が胸を張った。
「それが、あのお方の加護だ!」
ゼルクロノスは黙った。
ゼスとの戦いでは、絶対性が成立する前提を超越されていた。だからこそ、ゼルクロノスは前提の有無に関係なく絶対性を適用できる存在へと進化した。
しかし、今回は違う。
自分の能力は届いている。相手の行動も捉えられる。それでも、加護によって結果が変わる。
この現象を、単純に能力で上書きし続けても意味がない。
必要なのは、加護が何を可能にしているのかを見極めることだった。
「一つ聞く」
ゼルクロノスは敵に問いかけた。
「お前を生み出した者は、俺がこうして戦うことまで予想していたのか?」
敵の笑みが、わずかに消えた。
「……分からない」
初めて、敵は即答しなかった。
「私に与えられたのは、あのお方の加護だ。何を考えているのか、何を望んでいるのか、私には分からない」
「そうか」
ゼルクロノスは視線を上げた。
敵を生み出した者は、ゼルクロノスの予想外の行動に反応した。そして、この存在を送り込んだ。
だが、その目的はまだ分からない。
ゼルクロノスを止めるためなのか。それとも、彼がどこまで進めるのかを試しているのか。
あるいは――。
「なら、直接確かめるしかないな」
「何を言っている?」
「お前の加護がどれほどのものなのか。そして、お前を生み出した者が何を望んでいるのか。その両方をな」
ゼルクロノスの周囲に、再び力が満ちる。
敵もまた、拳を構えた。
「いいだろう! ならば、見せてやる! あのお方の加護が、どれほどの不可能を可能にするのかを!」
ゼルクロノスは正面から敵を見据えた。
彼はまだ、加護の正体を完全には理解していない。
だが、一つだけ分かったことがある。
この敵を倒すだけでは、根本的な解決にはならない。
加護を与えた存在がいる限り、同じ現象が再び起こる可能性がある。
そして、その存在は、この世界の外側からゼルクロノスを見ている。
「来い」
ゼルクロノスが告げた。
「今度は、俺から行く」
絶対地が震えた。
二人は同時に動き出す。
一方は、あらゆる前提を超えて絶対性を適用する皇帝。
もう一方は、能力を持たず、作者の加護によって不可能を可能にする存在。
その衝突の先に、ゼルクロノスは何を見つけるのか。
まだ、誰にも分からなかった。
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