「作者の加護を受けし者」
ゼルクロノスが次の言葉を口にしようとした、その瞬間だった。
敵の姿が消えた。
「――っ!」
気づいたときには、目の前にいた。
敵の拳が、ゼルクロノスの顔面へと叩き込まれる。
衝撃が走った。
ゼルクロノスの身体が後方へと押し飛ばされ、絶対地の空間が大きく揺れる。だが、彼はすぐに体勢を立て直した。
そして、敵を見た。
驚愕していた。
「……何だと?」
ゼルクロノスは、自分の顔に触れた。
確かに殴られた。幻覚でも、認識を誤らされたわけでもない。敵の拳がゼルクロノスに命中し、その衝撃が伝わったのだ。
だが、おかしい。
ゼルクロノスは、【絶対頂点・超越進化形態】へと進化した。あらゆる前提を超越する存在にも絶対性を適用できる。干渉の前提を超越する能力さえ、その適用を免れることはできない。
それなのに、目の前の敵はゼルクロノスを殴った。
能力を使った様子もない。
特別な力を発動した気配もなかった。
ただ、拳を振るっただけだった。
「……何故だ?」
ゼルクロノスが問いかける。
敵は拳を下ろし、淡々と答えた。
「私には能力はない」
「何?」
「特殊な力も、世界を支配する権限もない。お前のような絶対性も持っていない」
敵は一歩、ゼルクロノスへ近づいた。
「だが、あのお方の加護がある」
ゼルクロノスは黙って敵を見つめた。
あのお方。
この世界を描いている存在のことだろう。
敵は、まるで当然の事実を語るように続けた。
「要するに――不可能を可能にするということだ!」
その言葉と同時に、敵が再び踏み込んだ。
ゼルクロノスは即座に迎え撃とうとした。相手の動きを捉え、攻撃の結果を支配しようとする。
だが、敵の拳が再び迫る。
ゼルクロノスは腕を上げて防いだ。
衝撃が腕を伝い、足元がわずかに揺れる。
「……ッ!」
防げた。
だが、それ以上に重要なことがあった。
敵の攻撃は、ゼルクロノスの絶対性を破壊したわけではない。能力を無効化したわけでもない。
本来なら成立しないはずの結果が、成立していた。
ゼルクロノスがどれほどの絶対性を持っていようと、敵は拳を届かせた。能力がないという敵自身の言葉が正しいのなら、その理由は一つしかない。
敵の言う「あのお方」の加護だ。
「なるほど……」
ゼルクロノスは腕を下ろした。
「お前自身に、俺を超える力があるわけじゃない。お前を生み出した存在が、お前に不可能を可能にする加護を与えているのか」
「理解が早いな」
「だが、妙だな」
ゼルクロノスは敵を見据えた。
「俺はすでに、絶対性の前提を超越する存在にも干渉できるようになった。お前がどんな性質を持っていようと、俺の絶対性が届くはずだ。それなのに、なぜお前の攻撃は成立する?」
敵は笑った。
「お前はまだ分かっていない」
「何がだ?」
「私の攻撃が成立する理由を、お前は能力や性質の問題として考えている。だが、私には能力がない。お前が干渉できるような力そのものを持っていないんだ」
敵は拳を握った。
「私が拳を振るう。お前に命中するはずがない。それでも命中する。あのお方が、そうなることを可能にしているからだ」
ゼルクロノスの表情が険しくなった。
能力を破壊しても意味がない。
運命を支配しても意味がない。
結果を確定させようとしても、その結果が成立する前提そのものを問う必要がある。
いや、違う。
今回の敵は、ゼスとも異なっていた。
ゼスは、絶対性が成立する前提そのものを超越していた。
だが、目の前の敵は、絶対性を超越しているわけではない。
ただ、作者の加護によって、不可能なことを可能にしている。
「……お前を倒すことも、不可能ではないということか」
「さあな」
敵は再び構えた。
「それも、あのお方が可能にしてくださるかもしれない」
ゼルクロノスは、静かに息を吐いた。
ゼスとの戦いを終えたばかりだというのに、また新たな問題が現れた。
しかも今回は、絶対性を超越する能力を持つ敵ではない。能力すら持たない存在が、作者の加護によってゼルクロノスに拳を届かせているのだ。
この違いは大きい。
ゼルクロノスは敵を見つめた。
「いいだろう。なら、その加護がどこまで不可能を可能にするのか、確かめてやる」
敵は不敵に笑った。
「望むところだ」
二人の間に、再び緊張が走る。
ゼルクロノスは、まだ気づいていなかった。
この戦いで問われるのは、絶対性の強さだけではない。
世界の中でどれほど絶対的な存在になろうとも、世界を描く者の意思が介入したとき、何が起こるのか。
その答えを知るための戦いが、今、始まろうとしていた。
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