「歴史に刻まれた新たな存在」
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ゼルクロノスが歩みを進めようとした、その時だった。
目の前の空間に、変化が生じた。
今度は、線が現れたわけではない。空間が揺らいだわけでも、何らかの能力が発動したわけでもなかった。
ただ、そこに何者かが現れた。
ゼルクロノスは足を止めた。
「……誰だ?」
目の前に立つ存在は、ゼルクロノスの知らない人物だった。
初めて見る顔。初めて感じる気配。これまでの歴史にも、その存在を示す痕跡はなかったはずだ。
だが、ゼルクロノスはすぐに違和感を覚えた。
目の前の存在は、確かに今この瞬間に生まれた。
それなのに――。
この世界の歴史を振り返れば、すでにずっと前から存在していたことになっている。
矛盾していた。
誕生した瞬間と、歴史に存在していた時間。その二つが、何の問題もなく両立している。
まるで、最初からそうだったと世界そのものが認めているかのように。
「……なるほど。お前は、今ここで生まれた存在なのか」
ゼルクロノスが呟く。
「それでいて、歴史上はすでに存在していた。違うか?」
相手は答えなかった。
ただ、ゼルクロノスを見つめている。
その沈黙が、かえって違和感を強めた。
ゼルクロノスは、あらゆる運命を掌握できる。歴史に刻まれた事実を調べることも、存在の成り立ちを見極めることもできる。
しかし、目の前の存在について調べようとすると、奇妙な結果が返ってきた。
誕生したのは、つい先ほど。
一方で、歴史上の記録には、遥か以前から存在していたことが示されている。
どちらも間違いではない。
世界は、その矛盾を矛盾として扱っていなかった。
「誰が、お前を生み出した?」
ゼルクロノスが尋ねると、相手はようやく口を開いた。
「私を生み出した者は、この世界の外側にいる」
その言葉を聞いた瞬間、ゼルクロノスの表情が変わった。
「……やはり、そうか」
ゼスの言葉。景色に現れた奇妙な線。そして、目の前の存在。
それらが、一本の線でつながり始めていた。
この世界を外側から描いている者がいる。
そして、その存在は今、ゼルクロノスの目の前に新たな存在を生み出したのだ。
いや、単に生み出しただけではない。
誕生したばかりの存在を、歴史上は以前から存在していたことにした。
世界の中で起きる出来事を操作したのではない。世界が持つ歴史そのものに、最初からその存在が含まれていたことにしたのだ。
ゼルクロノスは、目の前の存在を見据えた。
「お前を生み出した者は、俺のことを知っているのか?」
「知っている」
「なら、なぜお前をここへ送った?」
相手は少しだけ間を置いて答えた。
「お前が、予想されていなかった動きをしたからだ」
ゼルクロノスは黙った。
予想されていなかった動き。
ゼスとの戦いを経て、ゼルクロノスは世界の外側を疑い始めた。絶対性の前提を超越する存在に勝利し、その先にあるものを知ろうとした。
そして、世界が何者かによって描かれている可能性に気づいた。
もし、その世界を描いている者が存在するのなら。
ゼルクロノスの行動は、その者にとっても予想外だったのかもしれない。
「……俺が世界の外側に気づいたことが、そんなに意外だったのか?」
「私には分からない。ただ、私を生み出した者は、お前の動きに反応した」
相手の声に感情はほとんどなかった。
「そして、私をこの場所に存在させた」
「今この瞬間に生み出し、歴史には以前から存在していたことにした。そういうことか」
「そうだ」
ゼルクロノスは、小さく笑った。
「面白いな」
世界を支配することと、世界の歴史そのものを描くことは違う。
ゼルクロノスは、その違いを理解し始めていた。
どれほどの能力を持っていても、世界の内側に存在する限り、歴史はすでに定められたものとして扱われる。
だが、外側から描く者は、その歴史そのものを作り出せる。
そして今、その者はゼルクロノスの前に新たな存在を送り込んだ。
「一つ聞かせろ」
ゼルクロノスは相手を見た。
「お前を生み出した者は、俺を止めたいのか?」
相手は、すぐには答えなかった。
その沈黙を、ゼルクロノスは見逃さなかった。
やがて、相手は静かに口を開く。
「分からない。ただ、お前がこれ以上進めば、今までとは違うことが起きる。それだけは確かだ」
ゼルクロノスは目を細めた。
止めたいのか。それとも、ただ様子を見たいのか。
まだ分からない。
だが、一つだけ確かなことがあった。
この世界を描いている者は、ゼルクロノスの存在を認識している。
そして、その行動に反応している。
「なら、伝えておけ」
ゼルクロノスは、目の前の存在に向かって告げた。
「俺は、まだ何も終わらせるつもりはない。世界の外側に何があるのか、この世界を誰が描いているのか。その答えを、自分の目で確かめる」
相手は何も言わなかった。
ただ、その場に立ち続けていた。
ゼルクロノスは、その存在を見つめながら考えた。
目の前の人物は、今生まれた。
しかし、歴史上は以前から存在していた。
その矛盾を生み出せる者がいる。
ならば、世界の歴史も、ゼルクロノスが歩んできた道も、すべて同じように作られたものなのだろうか。
その問いに、まだ答えはない。
だが、ゼルクロノスはもう、世界の外側をただの仮説として扱うことはできなかった。
自分の行動に反応する者がいる。自分の知らない場所から、世界そのものに手を加えられる者がいる。
そして、その存在は今、ゼルクロノスの目の前に新たな謎を送り込んだのだった。




