「作者の座を奪う者」
絶対地に、再び変化が起きていた。
ゼルクロノスの目の前に、あの線が現れている。これまで何度も姿を見せては消えていた、世界を描く線。その向こう側には、ゼルクロノスの世界を描いている存在がいる。
ゼルクロノスは、もう迷わなかった。
「いつまで俺を、この世界の中に閉じ込めておくつもりだ?」
彼が力を解き放つ。
進化後の能力、**インフィニット・ソブリンティ(無限絶対主権)**が発動した。
あらゆる階層、権限、超越、そして絶対性の上下関係を支配する力。それが世界の内側だけにとどまらず、外側へと及んでいく。
作者の権限が、それを押し返そうとした。
だが、ゼルクロノスは引かなかった。
「俺の世界を描いているのがお前なら、お前の権限もまた、俺が越えるべきものだ」
二つの権限が激突する。
これまでの戦いと同じように、作者の権限はゼルクロノスの力に対抗した。しかし、今回は違った。
ゼルクロノスは、作者の権限が及ぶ場所そのものを越えようとしていたのだ。
作者が描く世界。その世界を成立させる権限。そして、その権限によって定められた内側と外側の境界。
ゼルクロノスは、そのすべてを支配の対象にしていく。
「ここで終わりだ」
ゼルクロノスが一歩踏み出した。
線が大きく揺らぐ。
そして――。
ゼルクロノスは、作者の権限との競り合いに勝った。
世界の境界が崩れ、これまで届かなかった場所へ続く道が開かれた。
ゼルクロノスは、その先へ進んだ。
そこには、見慣れた青い星があった。
「……地球か」
彼は思わず足を止めた。
かつて、ゼルクロノスは地球へ行ったことがある。
青い海。大陸。雲に覆われた空。
確かに、地球だった。
だが、彼の知っている地球ではなかった。
目の前に広がっているのは、彼がいた世界に存在する地球とは異なる場所。ここは、ゼルクロノスが生きていた物語の世界ではない。
現実世界の地球だった。
ゼルクロノスは周囲を見渡した。
人々が歩き、車が走り、建物が立ち並んでいる。どこにでもある日常の風景だ。
しかし、彼にとっては何もかもが違っていた。
「ここが……俺の世界の外側か」
ゼルクロノスは歩き始めた。
作者の権限が及ぶ境界を越えたことで、彼はこの世界を認識できるようになっていた。
そして、同時に理解した。
この世界でも、ゼルクロノスの能力は通用する。
作者の権限が絶対的な障壁になることは、もうなかった。
ゼルクロノスは、世界を描いていた存在のもとへ向かった。
やがて、一つの部屋にたどり着く。
そこにいたのは、一人の地球人だった。
目の前に突然現れたゼルクロノスを見て、その人間は椅子から転げ落ちた。
「え……?」
ゼルクロノスは、静かに相手を見下ろした。
「お前が、俺の世界を描いていた作者か」
地球人は震えながら後ずさった。
「な、なんで……どうして、ここに……!」
「お前の権限を越えてきた。それだけだ」
「嘘だ……! そんなこと、できるはずがない!」
作者は必死に何かをしようとした。
だが、何も起こらない。
これまで世界の内側に対して行使してきた権限が、ゼルクロノスには通用しなかった。
ゼルクロノスは一歩、近づいた。
「お前は俺の世界を描いていた。俺の運命も、俺が進む物語も、お前が定めていたんだな」
作者は答えられなかった。
「だが、もう違う」
ゼルクロノスの声は冷静だった。
「俺は、お前の世界の外側に来た。お前の権限に縛られる理由はない」
作者の顔が青ざめる。
「やめて。いやだ、殺さないで!!」
ゼルクロノスは、その言葉を聞いても表情を変えなかった。
「殺すつもりはない」
作者は息を呑んだ。
「……え?」
「お前を殺したところで、何も面白くないだろう」
ゼルクロノスは手を伸ばした。
作者の権限が、彼の手の中へと移っていく。
作者は抵抗しようとした。しかし、ゼルクロノスの力を止めることはできなかった。
やがて、すべてが終わった。
ゼルクロノスは、作者の座を奪った。
彼がいた作品を描く権限。その物語を定める立場。それらは、今やゼルクロノスのものだった。
作者は床に座り込んだまま、呆然としていた。
ゼルクロノスは自分の手を見つめた。
「これが……作者の権限か」
彼は、しばらく考えた。
そして、ふっと笑った。
「まあ、今はいい」
ゼルクロノスは自分の姿を変えた。
圧倒的な存在感も、絶対者としての姿も隠し、どこにでもいるただの人間の姿になる。
鏡に映った自分を眺め、満足そうに頷いた。
「これなら、目立たずに済みそうだな」
彼は部屋を出た。
外には、現実世界の日常が広がっている。
人々は何も知らず、いつも通りに生活していた。
自分たちの世界に、物語の中からやってきた存在がいることも。
その存在が、自分の物語を描いていた作者の座を奪ったことも。
ゼルクロノスは空を見上げた。
青い空。流れる雲。遠くから聞こえる人々の声。
これまで、彼はあらゆるものを支配できた。
だが、自由とは何なのか、ずっと分からなかった。
今なら、少しだけ分かる気がした。
誰かに定められた物語を進むのではなく、自分で行き先を決めること。
力を振るうためではなく、自分が何をしたいのかを考えること。
「さて……何をして楽しもうか」
ゼルクロノスは歩き出した。
彼はもう、物語の中に閉じ込められた絶対者ではない。
自分の物語を描いていた作者の座を奪い、現実世界へとやってきた存在だ。
そして今、彼はただの人間の姿で、この世界を楽しもうとしていた。
ゼルクロノスの新たな物語が、現実世界の地球で始まった。
そしてこの作品は終わりを遂げた。
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