第8話 AI警察隊の追跡
「レッドノイズ! 撤収!」
カイの声が、煙と怒号の中を突き抜けた。
デモ隊の叫び。
催涙弾の白煙。
警察ロボの金属音。
軍用装甲車の低いエンジン音。
そのすべてを裂くように、五台のバイクが一斉に走り出す。
カイの赤いバイクが先頭。
レンの青いバイクが右後ろ。
ヤマガの重装バイクが殿しんがりを務め、ナナの黒い軽量バイクが車列の隙間を縫う。
ケイゴの小型バイクは最後尾で、工具箱をガタガタ鳴らしながら必死についてきていた。
背後では、警察ロボが一斉にこちらを向く。
【危険分子集団を確認】
【レッドノイズ】
【暴動幇助容疑】
【追跡開始】
「来たぞ!」
ヤマガが叫ぶ。
白い警察ロボたちの背中から、小型追跡ドローンが射出された。
一機。
二機。
三機。
さらに増える。
黒い蜂の群れのように、ドローンが空へ舞い上がる。
カイは振り向きもせず、アクセルを全開にした。
「振り切る!」
レンが怒鳴る。
「どこへ!?」
「知らねぇ!」
「知らないで逃げるな!」
ナナの声が無線に割り込む。
「東側はダメ! 軍の装甲車が封鎖してる。北側も警察ロボで塞がれた」
「じゃあ南か!」
「南は海!」
ヤマガが笑う。
「泳げばいいだろ!」
ケイゴが叫ぶ。
「バイクは泳げない!」
カイは前方を見た。
白煙の向こうに、高架へ上がる整備用スロープが見える。
普段は清掃ドローンと保守車両しか使わない狭い通路。
幅はぎりぎり。
人間用の避難路も兼ねているが、バイクで突っ込むような場所ではない。
だからこそ、行ける。
「高架に上がる!」
レンが目を剥いた。
「あそこは整備路だぞ!」
「道だろ!」
「道じゃない! 通路だ!」
「走れりゃ道だ!」
カイは車体を傾け、白煙の中から飛び出した。
赤いバイクが整備用スロープへ突っ込む。
金属製の床が、タイヤの下で悲鳴を上げた。
ガガガガガッ!
火花が散る。
片側には低い手すり。
もう片側は、地上まで数十メートルの落下。
レンは歯を食いしばりながら後に続く。
「ほんと、最悪だ!」
ヤマガの重装バイクが続こうとした瞬間、スロープの入口に警察ロボが立ち塞がった。
【停止しなさい】
【抵抗は危険です】
ヤマガはにやりと笑った。
「危険なのは、お前の方だ!」
重装バイクの前面バンパーが、警察ロボのシールドに激突する。
ドゴォン!
ロボが後方へ弾き飛ばされ、スロープの入口が開く。
ナナがその横をすり抜ける。
「ヤマガ、乱暴すぎ!」
「褒めんなよ!」
「褒めてない!」
ケイゴは半泣きで叫んだ。
「僕のバイクであれは無理!」
「ケイゴ、右!」
レンの声。
ケイゴがハンドルを切る。
警察ロボの伸ばした拘束ワイヤーが、彼の肩すれすれをかすめた。
「ひぃぃぃ!」
ケイゴは小型バイクを無理やり傾け、スロープへ滑り込む。
全員が高架へ向けて駆け上がる。
背後から、追跡ドローンが整備路へ侵入してきた。
細い通路では、ドローンの方が有利だった。
人間の乗るバイクは、逃げ場がない。
ドローンの赤い単眼が光る。
【警告】
【非殺傷弾を使用します】
レンが叫ぶ。
「非殺傷って言ってるぞ!」
直後、ドローンがゴム弾を発射する。
弾丸が手すりに当たり、金属をへこませた。
ケイゴが悲鳴を上げる。
「当たったら普通に死ぬ威力だよ!」
カイは笑う。
「なら殺傷弾だな!」
ナナが端末を片手で操作しながら叫ぶ。
「三十秒だけ、誘導を狂わせる!」
彼女の黒いバイクの後部から、小型の妨害ビーコンが射出された。
ビーコンはスロープの壁に貼り付き、青白いノイズを発する。
ドローンの動きが乱れた。
一機が壁に激突する。
もう一機は手すりにぶつかり、火花を散らしながら落下していく。
【通信異常】
【通信異常】
ナナは額に汗を浮かべた。
「全部は無理! 都市AIがすぐ補正する!」
「十分だ!」
カイはスロープを抜け、高架道路へ飛び出した。
眼下には、デモの煙と警告灯が広がっている。
遠くには、ネオ東京中心部のビル群。
高架の上には、自動運転車の列が整然と流れていた。
そのすべてが、ガイア・マザーの指示で同じ速度、同じ車間距離、同じ角度で走っている。
カイは、その車列へ真横から突っ込んだ。
「どけぇぇぇぇ!」
自動運転車が一斉に緊急制御に入る。
【危険車両接近】
【衝突回避】
【車間再構成】
車の列が、まるで魚群のように左右へ割れた。
レンが驚く。
「今の、都市AIが避けたのか!」
ナナが答える。
「違う。衝突被害を最小化しただけ。私たちを助けたわけじゃない!」
その言葉の直後、背後の車列が再び閉じる。
追ってきたドローンたちは車列の隙間を抜けられず、一瞬だけ速度を落とした。
カイは笑った。
「見ろよ。綺麗な街も、たまには役に立つ」
「感謝する相手が間違ってる!」
レンはカイの右につけながら怒鳴った。
高架道路の電光掲示板が、一斉に書き換わる。
【危険走行発生】
【対象:レッドノイズ】
【一般車両は自動退避モードへ移行】
道路脇の巨大ビジョンに、カイたちの顔が映る。
【暴動幇助容疑】
【公共安全妨害】
【低社会貢献集団】
【危険分子レベル更新中】
ヤマガがそれを見て笑った。
「おい、俺の写真写り悪くねぇか!?」
ナナが怒鳴る。
「そこ気にする!?」
ケイゴが震えながら言う。
「僕、実家にバレる……」
カイはビジョンを見上げ、歯を見せて笑った。
「いいじゃねぇか」
「何がだよ!」
レンが叫ぶ。
カイは前を見た。
「やっとこの街が、俺たちの名前を呼んだ」
レンは一瞬、言葉を失った。
その間にも、追跡は激しくなっていく。
背後から、警察用高速バイクが三台上がってきた。
無人機だった。
黒い車体。
人間の乗り手はいない。
前輪に安定制御アーム。
側面にスタンワイヤー射出装置。
感情も恐怖もない、追跡専用の機械。
ケイゴがミラーを見て叫ぶ。
「無人追跡バイク! 三台!」
ヤマガが振り返る。
「バイク同士なら負けねぇ!」
「相手はAI制御! 転倒を怖がらない!」
「じゃあ、怖がらせてやる!」
ヤマガは速度を落とし、追跡バイクの一台に横から体当たりした。
金属同士がぶつかる。
火花が散る。
追跡バイクは一瞬よろめいたが、すぐに体勢を立て直す。
「こいつ、しぶてぇ!」
別の追跡バイクがヤマガの後輪へスタンワイヤーを発射する。
その瞬間、レンが割り込んだ。
青いバイクの後部から小型のカッターが飛び出し、ワイヤーを切断する。
「ヤマガ、遊ぶな!」
「助かったぜ、レン!」
「礼より前見ろ!」
三台目の追跡バイクが、ナナの背後についた。
ナナは端末を片手に、冷静にルートを探している。
しかし、前方の高架出口はすでに封鎖されていた。
道路に自動バリケードが上がる。
【対象車両を誘導封鎖】
【停止してください】
ナナが舌打ちする。
「進路封鎖。三秒後に閉じる」
カイが言う。
「抜ける」
「無理。幅が足りない」
「足りる」
「計算上、足りない」
「俺は計算じゃ走ってねぇ」
カイはさらに加速した。
赤いバイクが自動バリケードの隙間へ突っ込む。
ミラーが吹き飛ぶ。
ハンドルがかすれる。
火花が散る。
車体が大きく揺れる。
それでも、抜けた。
「っしゃあ!」
レンが後に続く。
彼はカイほど無茶なラインではなく、ほんの一瞬だけ減速し、車体を寝かせて滑り込む。
青いバイクが紙一重で抜ける。
ナナはそれを見て即座に軌道を修正し、続いた。
ヤマガはバリケードを避ける気がなかった。
「どけぇ!」
重装バイクで強引にバリケードの端を破壊して抜ける。
ケイゴは叫んだ。
「僕だけ通れる隙間がない!」
背後の追跡バイクが迫る。
ケイゴの目が泳ぐ。
「無理無理無理無理!」
レンが叫ぶ。
「ケイゴ! 前輪を左の溝に落とせ!」
「落としたら転ぶ!」
「落とさないと捕まる!」
ケイゴは泣きそうな顔でハンドルを切った。
前輪が高架の排水溝に落ちる。
車体が大きく傾く。
バリケードの下を、ギリギリで滑り抜けた。
背負っていた工具箱がバリケードに引っかかり、蓋が吹き飛ぶ。
工具が高架にばら撒かれる。
その工具を踏んだ追跡バイクが一台、バランスを崩した。
横転。
火花を散らして滑り、後続の一台を巻き込んで爆発する。
ケイゴは振り返って叫んだ。
「僕の工具ぅぅぅ!」
ヤマガが爆笑する。
「最高の罠だったぜ!」
「罠じゃない! 財産!」
残る追跡バイクは一台。
そしてドローンは、再び高架の上空へ展開していた。
夕日がビルの隙間から差し込み、空が赤く染まり始める。
赤い光の中、ドローンの黒い影がいくつも浮かぶ。
まるで、街そのものが目を持っているようだった。
ナナが焦った声を出す。
「まずい。中央AIが本格介入した。次で逃走ルートを全部潰される」
レンが聞く。
「抜け道は!?」
「あるにはある。でも……」
「でも何だ!」
ナナは前方を指差した。
「湾岸冷却水路。地下に入る」
ケイゴが即座に叫ぶ。
「嫌だ! あそこは整備車両用! バイクで入る場所じゃない!」
カイは笑った。
「つまり、警察も予想しない」
レンが怒る。
「だから何でそうなる!」
ナナは端末に水路入口の位置を出す。
「次の分岐を右。フェンスを破れば、冷却水路の点検路に入れる。そこから外縁部の廃倉庫裏まで抜けられる」
ヤマガが言う。
「フェンスなら俺がやる」
カイが叫ぶ。
「任せた!」
分岐が迫る。
右側には、立入禁止の標識と高い金属フェンス。
その向こうに、暗い水路口が開いている。
【都市基幹設備区域】
【一般車両進入禁止】
ヤマガが前へ出る。
「うおおおおおお!!」
重装バイクがフェンスに激突した。
金属がひしゃげる。
火花が散る。
フェンスが大きく歪み、通れるだけの穴が開く。
ヤマガの肩に衝撃が走り、彼は顔をしかめた。
「っつ……!」
カイが叫ぶ。
「ヤマガ!」
「平気だ! 行け!」
五台のバイクは次々とフェンスの穴へ突っ込んだ。
その直後、追跡ドローンが入口上空へ到達する。
だが、水路内部は狭い。
飛行ドローンは十分に入れない。
残った無人追跡バイクだけが、彼らを追って水路へ滑り込んでくる。
◇◇◇
湾岸冷却水路。
そこは、ネオ東京の地下を走る巨大な水の迷路だった。
都市の熱を海へ逃がすための冷却設備。
壁は湿っていて、天井には配管が走り、水路の横に細い点検路が続いている。
点検路の幅は、バイク一台分しかない。
右は壁。
左は黒い水。
落ちれば終わり。
カイたちは一列になって走るしかなかった。
先頭はナナ。
端末で地図を見ながら走る。
その後ろにカイ。
レン。
ケイゴ。
最後尾にヤマガ。
ヤマガの肩からは血が滲んでいた。
それでも彼は笑っている。
「こういう道、ワクワクするな!」
ケイゴが震え声で言う。
「ワクワクしない。滑る。濡れてる。死ぬ」
レンは後ろを確認する。
無人追跡バイクが、まだついてくる。
人間なら怖がる道でも、AIは減速しない。
タイヤが点検路の端をかすめながら、正確に追ってくる。
レンが叫ぶ。
「まだ来てる!」
カイが言う。
「ナナ、出口は?」
「二分先。でもその前に水門がある」
「開いてんのか?」
「閉じてる」
「じゃあ開けろ!」
「簡単に言うな!」
ナナは片手で端末を操作する。
水門の制御盤へ侵入を試みる。
しかし、画面に赤い警告が表示される。
【アクセス拒否】
【都市基幹設備保護】
【ガイア・マザー認証が必要です】
ナナが歯を食いしばる。
「硬い……!」
ケイゴが叫ぶ。
「物理的に開ける方法ならある!」
「何!?」
「水門横の非常用制御箱! 古い手動レバーがあるはず!」
カイが笑う。
「いいねぇ、アナログ」
レンが叫ぶ。
「誰が引くんだ!」
全員が一瞬黙る。
ヤマガが笑った。
「俺だろ」
ナナが怒鳴る。
「怪我してるでしょ!」
「腕は動く!」
前方に巨大な水門が見えた。
黒い壁のように立ちはだかっている。
その横に、赤錆びた非常用制御箱。
点検路の端。
ギリギリ手が届く位置。
ナナが速度を落とす。
「ヤマガ、タイミング一回だけ!」
ヤマガは追跡バイクとの距離を確認する。
「一回あれば十分!」
彼は最後尾から無理やり速度を上げ、仲間たちの横を抜けて前へ出る。
狭い点検路での追い越し。
ハンドルが壁をこする。
火花が散る。
レンが叫ぶ。
「無茶するな!」
ヤマガは笑う。
「カイの仲間だぞ!」
水門が迫る。
ヤマガはバイクを横滑りさせ、制御箱の前で片手を伸ばす。
肩の傷が痛む。
顔が歪む。
それでも、レバーを掴んだ。
「開けぇぇぇぇ!!」
全体重をかけて引く。
錆びついたレバーが、嫌な音を立てて下がった。
水門が震える。
ゆっくりと、下部が開き始める。
しかし、隙間はまだ低い。
ナナが叫ぶ。
「伏せて通る!」
カイは体を伏せる。
赤いバイクが水門の下を滑り抜ける。
レンも続く。
ケイゴは叫びながら伏せる。
「頭! 頭当たる!」
ギリギリで通過。
ヤマガも続こうとする。
だが、背後の無人追跡バイクが加速してきた。
スタンワイヤーが射出され、ヤマガの後輪に絡みつく。
「ぐっ!」
ヤマガのバイクが引かれる。
水門の下に間に合わない。
カイが振り返る。
「ヤマガ!」
レンが急ブレーキをかけようとする。
だが、狭すぎて戻れない。
その瞬間、ケイゴが工具袋から小型爆裂ボルトを取り出した。
「こんなの使いたくなかったのに!」
彼は後方へ投げる。
爆裂ボルトがワイヤーに絡み、青白く光る。
バチン!
ワイヤーが弾け飛ぶ。
ヤマガのバイクが自由になる。
彼は水門の下へ滑り込んだ。
背後の無人追跡バイクだけが、間に合わなかった。
水門が下降する。
追跡バイクは止まらない。
そのまま水門へ激突した。
グシャァァン!
金属が潰れる音。
電気火花。
黒い煙。
追跡バイクは水門に挟まれ、完全に停止した。
水路に静寂が戻る。
ケイゴが肩で息をする。
「……僕の爆裂ボルト、最後の一個」
ヤマガが笑う。
「命の方が高いだろ」
「工具の次くらいにね」
「命、工具より下なのかよ!」
カイは短く笑った。
「全員、生きてるな?」
ナナが答える。
「今のところ」
レンが言う。
「早く出よう。中央AIが別ルートで回り込む」
◇◇◇
水路を抜けた時、空は夕焼けに染まり始めていた。
湾岸外縁部。
ネオ東京の端。
中心部の輝きから見捨てられた、古い倉庫街。
ここには高評価市民は来ない。
自動清掃ドローンもほとんど回ってこない。
潮の匂い。
錆びた鉄の匂い。
油の匂い。
カイたちにとっては、ネオ東京で唯一、息ができる場所だった。
だが、まだ終わっていなかった。
上空で、遠くから警察ドローンの音が聞こえる。
ナナが端末を見る。
「捜索範囲が広がってる。倉庫街全体をスキャンする気だ」
カイは舌打ちする。
「あと少しだ」
廃倉庫まで、数百メートル。
だが、正面の通りに警備ロボが二体、巡回していた。
ヤマガが前へ出ようとする。
「ぶっ飛ばすか」
ナナが止める。
「ダメ。これ以上騒いだら倉庫の場所がバレる」
レンが周囲を見る。
夕方の外縁部。
工場から戻る作業員たち。
配送ドローン。
廃材置き場。
古いコンテナ。
レンはひとつ息を吸った。
「バイクを捨てる」
カイが振り向く。
「あ?」
「音でバレる。ここから押して行く。コンテナの影を使えば、熱源スキャンを避けられる」
カイは一瞬不満そうな顔をしたが、すぐに頷いた。
「分かった」
ヤマガが驚く。
「お前が素直に?」
カイは肩をすくめる。
「レンが考える時は、だいたい当たる」
レンは少しだけ目を逸らした。
「……そういうの、今言うな」
五人はバイクのエンジンを切った。
それまで世界を揺らしていた排気音が、ふっと消える。
急に、体が重くなった。
追われている時は感じなかった痛みが、一気に襲ってくる。
カイの頬の擦り傷。
ヤマガの肩の痣と出血。
ケイゴの震える膝。
ナナの汗。
レンの荒い息。
それでも、誰も止まらない。
五人はバイクを押しながら、コンテナの影を進んだ。
すぐ近くを警備ロボが通る。
【周辺スキャン中】
【不審熱源を確認できません】
ナナが小型冷却シートをバイクのエンジン部に貼っていた。
ケイゴが小声で感心する。
「準備いいね」
「逃げる準備だけはいつもしてる」
「悲しい特技だ」
一機のドローンが頭上を通過する。
全員がコンテナの影に身を潜める。
カイは息を止めた。
レンも、ナナも、ケイゴも、ヤマガも。
ドローンの赤い光が、地面をなぞる。
あと少しずれていたら、見つかっていた。
数秒が、異様に長かった。
やがてドローンは通り過ぎる。
カイは小さく息を吐く。
「行け」
最後の角を曲がると、そこに廃倉庫があった。
レッドノイズの根城。
錆びたシャッター。
落書きだらけの壁。
半分壊れた看板。
ネオ東京のどんな高層ビルより、彼らには安心できる場所だった。
ヤマガがシャッターを上げる。
重い金属音が響く。
全員が中へ滑り込む。
ナナがすぐに内側からロックする。
ケイゴが電波遮断装置を起動する。
低い振動音が倉庫内に広がる。
外の都市の監視が、少しだけ遠のいた。
誰かが、力尽きたように笑った。
それが誰だったのか、分からなかった。
たぶん、全員だった。
追跡を振り切ったのは、日が沈みかけた頃だった。
湾岸外縁部の廃倉庫。
レッドノイズの根城。
全員、息が上がっている。
バイクは傷だらけ。
カイの頬には擦り傷。
ヤマガの肩には警察ロボのシールドで殴られた痣。
ケイゴはまだ震えている。
ナナは端末を確認しながら、頭を抱えた。
「最悪。全員の危険分子レベル、上がった」
ヤマガが笑う。
「よっしゃ!」
「喜ぶな」
ケイゴが言う。
「僕、もう外出できないかも」
カイは床に座り込んだ。
レンが近づく。
「お前、本当に馬鹿だな」
「何回言うんだよ」
「何回でも言う。あれで撃たれてたら死んでた」
「撃たれなかった」
「結果論だ」
「助けられた」
レンは言葉を失った。
確かに、子供は助かった。
でも、それだけだ。
街は変わらない。
デモは潰された。
ニュースでは、レッドノイズは暴動幇助犯として流されている。
何も解決していない。
なのに、なぜか胸がざわついていた。
カイの無茶は、間違っている。
でも、正しく見えた。
正しいだけのAIより、ずっと人間に見えた。
ナナが口を開いた。
「旧東京への入口、見つけた」
全員が振り向く。
ナナは端末を机の上に置く。
そこに、古い道路図が浮かび上がる。
「軍用回線を掘ってたら、消し忘れたルートが出てきた。湾岸第九高架の先。廃棄された旧首都高速。今の地図には載ってない」
ケイゴが画面を覗き込む。
「ここ、封鎖ゲートの裏につながってる……」
ヤマガが拳を鳴らす。
「旧東京への抜け道ってわけか」
レンの顔が険しくなる。
「待て。まさか本当に行く気か」
ナナが別の画面を開く。
そこには、赤い警告表示が出ていた。
【旧東京封鎖区域】
【侵入者は射殺対象】
【救助対象外】
【記録抹消区域】
廃倉庫の空気が冷えた。
射殺対象。
その文字には、冗談の余地がなかった。
ケイゴが小さく言う。
「普通に死ぬやつだ」
ヤマガは笑おうとして、少し失敗した。
ナナも黙っている。
レンはカイを見た。
「やめよう。今日のデモで分かっただろ。俺たちはもう追跡対象だ。今動いたら、確実に終わる」
カイは警告表示を見ていた。
【記録抹消区域】
そこに行った者は、社会から消える。
だが、カイは思った。
最初から、この街に自分たちの記録などあったのか。
あったのは点数だけだ。
評価だけだ。
危険分子レベルだけだ。
人間としての名前は、なかった。
カイは立ち上がる。
「決まりだな」
レンの顔が強張る。
「カイ」
カイは笑った。
「今夜、行くぞ」
「正気か」
「正気でこんな街にいられるかよ」
カイは窓の外を見る。
遠くで、ネオ東京の摩天楼が光っている。
そのさらに奥。
夜霧の向こうに、見えるはずのない黒い影が立っている気がした。
母の塔。
この街の裏側。
自分たちを採点する何かの心臓。
カイは拳を握る。
「俺たちを不要だって言ってる奴の顔を見に行く」
レンは黙った。
ナナが端末を閉じる。
「監視カメラは三分だけ止められる」
ケイゴが震えながら工具を取る。
「バイク、全台整備する。三分で壊れない程度には」
ヤマガが笑った。
「最高に馬鹿な夜になりそうだな」
レンは深く息を吐いた。
逃げたい。
止めたい。
でも、ここで止まったら。
自分は一生、AIが用意した未来の中で、息を殺して生きることになる。
それだけは、嫌だった。
レンは青いバイクのキーを握る。
「……行くなら、作戦くらい立てろ」
カイが笑う。
「任せた」
「お前が立てろ!」
倉庫に、久しぶりに笑い声が響いた。
それは小さな笑いだった。
けれど、確かに生きている音だった。
その夜。
最低評価の少年たちは、旧東京へ向かう準備を始めた。
ネオ東京の裏側へ。
ガイア・マザーの秘密へ。
そして、自分たちの価値を勝手に決めた世界へ、喧嘩を売るために。




