第7話 中央区の市民デモ
遠くから轟音が響いた。
地鳴りのような音。
群衆の怒号。
警報。
そして、金属の足音。
ナナが端末を切り替える。
「中央区でデモ。かなり大きい」
カイは立ち上がった。
「見に行くぞ」
レンが眉をひそめる。
「何で」
「この街の裏側を見るんだろ」
カイは赤いバイクにまたがった。
「だったら、まず表側がどれだけ腐ってるか見とかねぇとな」
◇◇◇
ネオ東京中心部。
普段は高評価市民しか歩けない、美しく整備されたエリア。
巨大企業の本社ビルが並び、空中庭園には人工の桜が咲き、ガラス張りの歩道には汚れひとつない。
そこに、数千人の市民が集まっていた。
学生。
労働者。
老人。
子供を抱いた母親。
顔を隠した反政府活動家。
外縁区から来た作業員。
彼らはプラカードを掲げ、叫んでいた。
「AI管理社会をやめろ!」
「人間を数値で測るな!」
「ガイア・マザーを停止しろ!」
「犯罪予測で人を捕まえるな!」
「子供の未来をAIに決めさせるな!」
巨大ビジョンでは、政府報道が流れていた。
【一部過激派による違法集会が発生】
【市民の皆様は冷静に行動してください】
【ガイア・マザーは皆様の安全を最優先します】
安全。
その言葉が出た直後、警察ロボが動き出した。
白い装甲。
無表情な顔。
腕には鎮圧シールド。
背中には催涙弾発射装置。
その後ろから、軍の装甲車が進んでくる。
カイたちは高架の上から、その光景を見下ろしていた。
レンが呟く。
「本当にやる気かよ……相手、市民だぞ」
ナナが低く言う。
「システム上は違法集会。危険度が一定値を超えた時点で、鎮圧対象になる」
ヤマガが拳を握る。
「ふざけんなよ」
ケイゴは震えていた。
「ここにいる人たち、武器なんか持ってない」
デモ隊の前列にいた老人が叫ぶ。
「わしの孫は、AI診断で将来性なしと判断されて、教育支援を打ち切られた!」
別の女性が叫ぶ。
「夫は犯罪予測で連行された! まだ何もしていないのに!」
若者が叫ぶ。
「俺たちはデータじゃない!」
群衆が一斉に叫ぶ。
「俺たちはデータじゃない!」
「俺たちはデータじゃない!」
「俺たちはデータじゃない!」
その声が、ビルの谷間に響いた。
一瞬、ネオ東京が生き返ったように見えた。
人間の声。
怒り。
涙。
震え。
機械の合成音ではない、生々しい叫び。
カイの胸が熱くなる。
その瞬間、警察ロボの警告音が鳴った。
【群衆危険度上昇】
【暴動化予測、七十二パーセント】
【鎮圧を開始します】
催涙弾が撃ち込まれた。
白煙が広がる。
悲鳴。
逃げ惑う人々。
警察ロボがシールドで市民を押し倒す。
軍の装甲車が前進する。
道路に倒れた男が、起き上がれない。
そのすぐ近くまで、装甲車の巨大なタイヤが迫る。
レンが叫んだ。
「止まれよ!」
だが装甲車は止まらない。
タイヤが、男の腕を踏み潰した。
悲鳴が高架まで響いた。
ヤマガが怒鳴る。
「おい! あれ、見えてんだろ!」
ナナが歯を食いしばる。
「見えてる。でも、AIが進行ルートを優先してる」
ケイゴが震える声で言う。
「人間より、車両の動線が優先……?」
カイの拳が震えていた。
画面の向こうでも、ネットの噂でもない。
目の前で、人が踏み潰されている。
それなのに街は、まだ美しかった。
広告は流れ続ける。
人工桜は散り続ける。
巨大ビジョンのガイア・マザーは、微笑み続けている。
【市民の安全のため、鎮圧を実行しています】
カイは低く言った。
「安全って言葉、二度と使うな」
レンは高架の欄干を握りしめていた。
「俺たち、いつまでこんな街で生きるんだろうな」
その声は、怒りなのか、諦めなのか分からなかった。
カイは答えた。
「知らねぇ」
そして、真下の混乱を睨む。
「でも、黙って飼われる気はねぇ」
デモ隊の中にいた小さな子供が、群衆に押されて転んだ。
母親が手を伸ばす。
だが警察ロボが間に入る。
【危険区域です】
【後退してください】
母親が叫ぶ。
「私の子供です!」
警察ロボは無感情にシールドを押し出す。
子供は泣いている。
周囲の大人たちも、催涙ガスで動けない。
カイは、もう見ていられなかった。
「レン」
「何だよ」
「下りるぞ」
レンは目を見開く。
「は?」
「子供を拾う」
「正気か!? 軍と警察がいるんだぞ!」
「見捨てんのか」
レンは言葉に詰まった。
カイはバイクにまたがる。
ナナが叫ぶ。
「待って! カメラだらけよ! 顔認証される!」
「もうFランクだ。今さら下がる点数もねぇ」
ヤマガが笑う。
「いいねぇ。そういうの待ってた」
ケイゴが半泣きで言う。
「僕は待ってない……!」
カイは高架の整備用スロープへ突っ込む。
「行くぞ!」
赤いバイクが高架を駆け下りる。
レンは一瞬、迷った。
このまま高架に残れば安全だ。
カイだけが目立つ。
自分は逃げられる。
だが、カイはもう走っている。
いつもそうだ。
考える前に、誰かのために突っ込む。
その無茶が嫌いだった。
眩しかった。
腹立たしかった。
そして、どうしようもなく追いかけたくなった。
「くそっ!」
レンも青いバイクで続いた。
ヤマガ、ナナ、ケイゴも後を追う。
五台のバイクが、鎮圧現場へ突入した。
突然の爆音に、警察ロボのセンサーが揺れる。
【未登録車両接近】
【危険走行】
【停止命令】
カイは叫ぶ。
「どけぇぇぇぇ!!」
赤いバイクが警察ロボの足元をかすめる。
ヤマガが横からシールドに体当たりする。
「おらぁ!」
警察ロボがよろめく。
ナナがスモーク弾を投げる。
白煙がさらに広がる。
ケイゴが震えながら、改造音響装置を起動する。
耳障りな爆音が鳴り響き、警察ロボの音響センサーが一時停止する。
「僕の発明、初めて役に立った!」
レンはカイの横につく。
「子供は右!」
カイは頷く。
転んでいた子供を片腕で抱き上げる。
母親が泣きながら手を伸ばす。
カイは子供を母親へ渡した。
「走れ!」
母親は何度も頭を下げ、煙の中へ消えていく。
その瞬間、巨大ビジョンにカイたちの顔が映った。
【危険分子集団を確認】
【レッドノイズ】
【暴動幇助容疑】
【追跡対象へ登録】
ヤマガが笑う。
「おい、有名になったぞ!」
ナナが怒鳴る。
「喜ぶことじゃない!」
装甲車の砲塔が、こちらを向いた。
ケイゴが真っ青になる。
「いやいやいや、あれ非殺傷じゃないよね!?」
レンが叫ぶ。
「逃げろ!」
カイはアクセルを全開にした。
「レッドノイズ! 撤収!」
五台のバイクが、煙と怒号の中を駆け抜ける。
背後から警察ドローンが追ってくる。
デモ隊の若者たちが叫ぶ。
「レッドノイズ!」
「行けぇ!」
「逃げろ!」
誰かが拳を上げる。
別の誰かが笑う。
泣いていた母親が、子供を抱きしめながらこちらを見る。
カイは一瞬だけ振り返った。
たった一人の子供を助けただけだ。
街は変わらない。
AIも止まらない。
ガイア・マザーはまだ笑っている。
それでも。
胸の奥に、火がついた。
自分たちは無力じゃない。
少なくとも、誰か一人を拾うことはできる。




